アニメ『TOM THUMB』(NIKOLAY LICHTENFELD and IVAN KOSTIURIN)を観る アニメ版・二十一世紀の黙示録(連載6)

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アニメ『TOM THUMB』(NIKOLAY LICHTENFELD and IVAN KOSTIURIN)を観る

アニメ版・二十一世紀の黙示録

清水正

連載6


 画面は真っ暗になる。無限の深さを思わせる闇の彼方から一つの光る球形のものが回転しながら近づいてくる。画面一杯に映し出されたものは無数の小枝が絡み合ってできている。それは鳥の巣のようにもみえるが、特定できない何か神秘的なものを感じさせる。拍動的に回転しているこの球体は画面一杯にアップされ、その直後に女の館にいた六人の女たちが手をつないで囲み、六芒星の形になって反時計周りに回転し始める。


 三回ほど回転すると今度は時計回りに回転する。六角の場所には女三人とそのあいだにシカ、クマ、オオトカゲが置かれている。三回ほど回転するうちに蟷螂の顔が大きく画面一杯に映し出される。彼らはお互いに手を繋いで回転し、あたかも親和的な関係を取り結んでいるように見える。が、次の瞬間、闇の中に女たちの館が出現し、明るく開かれた入り口が、まるでギロチンのような戸によって遮断される。


 画面は再び真っ暗に変わり、空から様々なかたちの帽子が〈六つ〉舞い降りる。画面変換、その〈六つ〉の帽子は一つ一つ食卓の皿の上に置かれている。次の瞬間、画面一杯に崩れかけた醜い老人の顔がアップされ、口が大きく開かれるとその広大な闇の中に女の館の内部を構成していたものたちが次々に現れては消えていく。電灯、額に入った写真、絵本、マリ、〈2〉を刻まれた積み木、手紙、椅子、ネックレス……そして最後に館から帽子を被った老人の化身らしい大きな影が画面左へと飛び出して行く。

 

 

 この場面は圧巻である。神秘的な謎をたっぷり抱え込んだ場面であり、様々な解読を許容する場面でもある。

 

 〈六つ〉の帽子が食卓の皿に置かれた場面を見たとき、わたしはすぐにチャップリンの『ゴールド・ラッシュ』の一場面(腹をすかしたチャップリンが自分が履いていた革靴を煮込んで柔らかくして食する場面)を想起した。人間は飢えると何でも食べる。そこでは人間ですら補食の対象となる。また皿にのせられた〈帽子〉を絶対的な権威の象徴と見れば、〈蟷螂〉はここで自分以外の絶対的なるものを食して滅ぼし、自らの絶対性の獲得保持を狙ったとも解釈できる。

 〈六〉を重要視すればその〈悪魔性〉が際だつことになる。〈祈祷師=晩餐の主宰者=蟷螂〉は信徒〈六人〉(最初、テーブルに着いていたのは女六人で、後から子供のような女が主宰者の向こう正面に座る。この七番目の女はウサギに変容したり、謎の多い存在である)を前にした第〈七〉番目の神的存在であると同時に、帽子の〈六〉に象徴される〈悪魔〉の貌も隠し持っている。さらに〈六芒星〉の如き得体の知れない球体の神秘的な動きを見れば、祈祷師〈蟷螂〉が世界破壊を企む悪魔的存在であったとも言えよう。〈蟷螂〉の所持していた〈2〉は世界の調和と平和を実現する数字ではなく、そうと見せて実は世界を呑み込み破壊する力を意味していたことになる。〈蟷螂〉は木こり、森に住む動物、館の女たちすべてを希望のない闇の世界へと呑み込んでいる。〈蟷螂〉は六芒星の中心に位置する邪悪なる魔術師であったということ、この悪魔的存在に関してはさらに考察を進めなければならないだろう。

 数秘術的減算による数字をもとにテキストを解読しようとすると、その多義性の余り、こじつけの感を否めないこともある。しかし、テキストが豊饒な世界を構築している場合は、作者自身すら意図していなかった神秘的光景が現出する場合もある。『罪と罰』のロジオンなどはその名前からして多義的象徴性を備えている。フルネーム「ロジオン・ロマーノヴィチ・ラスコーリニコフ」(Родион Романович Раскольников)のイニシャル〈РРР〉を下から上にそのままひっくり返せば〈666〉(悪魔)となるが、この〈666〉を数秘術的減算すると〈九〉(神)となる。また〈РРР〉を右から左にひっくり返せば〈999〉となり、これを数秘術的減算すれば〈九〉となる。ロジオンが〈神と悪魔〉の戦場を生きていた分裂者であったことは言うまでもない。アニメの〈蟷螂〉も〈昆虫〉〈巡礼者〉〈祈祷師〉〈最後の晩餐の主宰者〉〈悪魔〉〈風〉として〈六〉〈七〉〈八〉〈九〉といった様々な貌を隠し持っていた。