アニメ『TOM THUMB』(NIKOLAY LICHTENFELD and IVAN KOSTIURIN)を観る アニメ版・二十一世紀の黙示録(連載16)

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アニメ『TOM THUMB』(NIKOLAY LICHTENFELD and IVAN KOSTIURIN)を観る

アニメ版・二十一世紀の黙示録

清水正

連載16

飛行機


 飛行機は最初の方のシーンと最後の方のシーンに登場する。飛行機は俯瞰する視点である。〈蟷螂〉の抜け殻の外套が天空から地上に落下していくのを上から見ることのできる視点である。TOMの生きる世界に交じり合うことなく、謂わば拱手傍観して客観的に観察できる立場にある。アニメで展開された出来事を冷静に俯瞰的に眺められる点において理性的であると言える。作者の自作品に向けられた眼差しは当然の事としてこの飛行機の視点及びそのさらなる上空からの視点に拠っている。


 アニメ世界はアニメ独自の秩序を持っており、それは現実世界の秩序に沿っている場合と大きく逸脱する場面を持っている。アニメの夢幻的世界をリアルな現実世界の規範で推し量ることはできない。男ばかりが住んでいる小屋、女ばかりが住んでいる館、縫いぐるみのシカやクマなどとの壮絶なバトル、様々に変容する〈蟷螂〉の存在と彼が主宰した祈祷式や晩餐会など、リアルな観点からすれば納得のいかない事柄に満ちているが、しかしこれらに仕掛けられた謎に着目し、その象徴的な意味を解読していけば、この夢幻的世界が現実世界の過去と現在とを先鋭的に反映していることが分かってくる。
 このアニメを観た子供たちや批評・解読の訓練のない者たちは、生理的感覚的次元での素朴な感想を抱くにとどまり、仕掛けられた様々な謎にさえ気づかないかもしれない。それはそれでいい。このアニメは観る者の魂に直接的に働きかけてくる。へたをすれば作品の魔術的空間に呑み込まれてしまう者もいるかも知れない。しかしそういった危険な要素を多分に秘めているからこそ、この作品は魅力的なのである。
 観る者に戦慄的な波動を送り続けているこのアニメを観て、安穏としていられる者は、作者と魂の交流をはかることはできないだろう。この作品は、視聴者の一人一人に、人間とは何か、神とは何か、いかに生きるか…といった根源的な問題を突きつけている。
 人間は思考する動物であり、創造的な存在である。世界の上空を飛び去っていく飛行機はアニメ『TOM THUMB』世界の一登場物であるが、世界を俯瞰的に冷静客観的に見るその一点において狂気的な夢幻世界の混沌に巻き込まれない〈理性〉の役割を担っていたように思える。
 飛行機の視点はTOMの世界を上空から俯瞰し、監視することはできる。が、その他の場面に眼差しを注ぐことはできない。飛行士はTOMが〈透明石〉を通してみる世界を、様々な役割を持った〈蟷螂〉が見る世界を、森の中で繰り広げられたバトルを、女の館での〈蟷螂〉主宰の祈祷式や晩餐会の模様を、ましてや女の館の地下室に暮らすネズミたちの生活ぶりを見ることはできない。アニメ世界の様々な様相を照らし出しているのはカメラである。このカメラは様々な機能を備えており、視聴者はその機能によって映し出された世界をそのまま享受することができる。
 アニメ『TOM THUMB』において人物が歌を口ずさんだりハーモニカを吹く場面はあっても、言葉を交わすことはない。従って視聴者は人物たちが何を考えているのかを言葉によって知ることはできない。視聴者は彼らの行動や仕草や表情を通して彼らの感情や心理を直感したり推測したりするほかはない。
 TOMは〈こちら側〉の世界に留まっていられる少年ではなかった。TOMは躊躇することなく、木こりたちの後に従った。このことがTOMの最初の冒険であったのか、それとも日常的に繰り返されていた行動であったのかは不明である。が、たとえ日常的なことであったにせよ、視聴者が見せられた世界がたった一回限りの世界、つまりTOMにとって未知の世界探訪であったことに間違いはない。
 日常的に繰り返されるのは森の中での伐採や野原での休息ぐらいのもので、森の中の奇妙な動物たちとの接触やバトルはすでに日常的現実を逸脱している。TOMや木こりたちは森の中で〈巡礼者=蟷螂〉に出会うこともなかったし、象徴的な意味を付与された数字や絵の前に佇むこともなかった。これら様々な象徴性を付与された人物や数字を見せられているのは視聴者である。つまり視聴者はTOMの〈冒険〉を含んださらなる謎多き神秘的な世界へと参入しているのである。

清水正著『宮沢賢治・童話の謎――「ポラーノの広場」をめぐって』(一九九三年五月 鳥影社)

清水正著『ミステリーゾーン 謎がいっぱいケンジ童話劇場』 2001年3月 鳥影社