アニメ『TOM THUMB』(NIKOLAY LICHTENFELD and IVAN KOSTIURIN)を観る アニメ版・二十一世紀の黙示録(連載12)

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アニメ『TOM THUMB』(NIKOLAY LICHTENFELD and IVAN KOSTIURIN)を観る

アニメ版・二十一世紀の黙示録

清水正

連載12

〈双頭の鷲〉の紋章をめぐって


 最初の方に小屋から出てきた男が切り株に刺さった〈斧〉を担いでいくシーンがある。この男は木こりの親方のように見える。彼の後に続く六人の男たち、そしてさらにその後にTOMがついた。この時点で〈斧〉を所持しているのは先頭の男だけだが、森の中に入った彼らは〈斧〉を使って大木を伐採する仕事をしている。伐採された大木は鋸で切られたりして製材所に送られ、やがて電信柱として利用される。〈斧〉は森の中の大木を伐採(殺す)する道具であるが、この伐採は人間の文明の発展にも寄与している。


 本編では〈殺し〉の象徴としての数字〈2〉に言及したが、この数字は同時に和解、調和の象徴的意味も担っている。伐採された大木を二人一組で鋸で切る場面は〈2〉の両義性を端的に示している。切られた丸太は次々に積まれていくが、その年輪を露わにした丸太は文字通り〈丸〉であり、これは調和、全を意味している。

 文明を発展させるためには森の木々を伐採しなければならない。破壊の中に発展があり、発展の中に破壊がある。その両義性を遺憾なく発揮していたのが〈斧〉である。やがてこの〈斧〉は森の中に住む動物たちにも向けられ、壮絶なバトルにおける有力な武器となっている。戦いは、結局すべての人物たちを団子状に呑み込んで幕を下ろすが、先にも指摘したように、このアニメの世界では死者は当然の如く復活し、さらなる舞台で再び三たび活躍することになる。

 ところで、終幕近く、様々な冒険を経て小屋に帰還した木こりたちの姿が映し出されるが、この場面において木こりの親方の姿が見えない。と言うよりか、その存在が曖昧に処理されている。つまり視聴者は親方が帰還したのかどうかを確認することができないのである。森の中では率先して伐採の任務をはたしていた親方が謂わば行方不明なのである。このことをどう理解したらいいのだろうか。


 森の奥が開かれ、彼方に女の館がその姿を現した時、それを森から眺めていたのは四人の木こりで、その中にTOMや親方は含まれていなかった。女の館を最初に訪ねて受け入れられたのはTOMであり、その後に〈巡礼者=蟷螂〉が訪れている。蟷螂による祈祷・晩餐式に出席しているのは木こり集団のなかではTOMだけである。後に六芒星のようなものが回転した後の第二次晩餐会で木こりたちも登場しているが、そこにも親方の姿は見えない。いつの間にか親方は、その姿を消しているのである。が、よほど注意深く映像を追っていかないと、視聴者はそのことにさえ気づかないことになる。親方は殺されたのか、それとも。


 親方の正面をアップでとらえた場面がある。よく見るとこの男の左胸に〈双頭の鷲〉の徽章が付いている。〈双頭の鷲〉はロシア帝国の象徴でもある。つまり木こりの親方は地上世界の絶対専制君主としてのロシア皇帝をも象徴しており、彼が肩に担いだ〈斧〉は皇帝が持つ王笏の意味をも担っている。要するに彼は単なる木こりの親方ではなく、神に匹敵する地上の王でもあったというわけだ。


 そこで改めて気になるのが、〈巡礼者=蟷螂〉が切り株に刺された〈斧〉の傍らを通り過ぎる場面である。もしかしたら、この時点で木こりの親方は〈蟷螂〉に同化したのかもしれない。霊的存在である蟷螂は皇帝をも呑み込んで、女の館に向かって急いでいたとも受け取れるのである。

 すでに何度も指摘しているように、このアニメには至る所に謎が仕掛けられている。第二次晩餐の後に、〈主宰者=蟷螂〉の抜け殻が映し出されるが、この抜け殻の頭部にはバケツが被されている。バケツは最初、農婦が収穫物を入れるためのものとして描かれている。次にバケツは案山子の頭に被さっており、案山子の脅しに屈しないカラスはその左腕の藁を執拗につついている。やがてカラスはその中から紐のついたブローチのようなものを嘴にくわえる。いったいこれは何なのか。これはTOMが手にした透明石と同じような霊験あらたかなものなのであろうか。この様子を遠くから見届け、吹き矢のようなものでカラスを追い払ったのがTOMである。

 紋章とバケツ繋がりで見ると、親方は蟷螂やウサギやTOMと同様の人智を超えた霊的能力を授けられたもののように見える。

 

 女の館で祈祷式の席についた男が外套を脱ぐ場面がある。その外套のボタンをよく見ると、そこには〈斧〉がデザインされている。ここで晩餐の主宰者〈蟷螂〉が木こりの親方(斧=皇帝)と融合した存在であったことが暗示されている。


 そこでもう一度、バケツを頭に被った案山子に注意してみると、なんと案山子の左肩に〈鷲〉を描いたワッペンが張り付いている。つまり〈バケツを被った案山子〉は〈斧を担いだ木こりの親方〉や〈蟷螂〉と象徴的次元で繋がっていたことになる。


 さらにバケツにこだわれば、ウサギもまた第二次晩餐の席でバケツを被っていた。このウサギは緑色の〈透明石〉をつぶれた左目にあてがったりするが、その時の右目は〈双頭の鷲〉がデザインされたコイン状のものとなっている。このウサギもまた〈案山子〉〈斧を担いだ親方〉〈蟷螂〉と同様、人智を超えた霊的な存在として登場していたことになる。