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有即無 無即有 有無即空 空即空 空空空 正空 (清水空雲)

随想 空即空(連載148)兵役拒否を巡って

清水正  

 

 鑑三は論を進めるにあたって慎重である。まず鑑三は〈実際に行ひ難き基督の教訓〉は山上の教訓に限らず、キリスト教全体が〈最も高潔なる道徳〉を人に要求していると説く。いずれにしても鑑三はキリストの要求が人間には実践困難であることを認めている。実戦困難であるなら、それを自覚した時点でキリスト教から離れるのがまともな常識的判断と思うのだが、鑑三はキリスト教は〈超自然的なる〉ものであり〈神の定め給ふた宗教〉であるから、その求める道徳が実戦し難いのは当然だとし、「故に若し行ふに難いとて無抵抗主義を教ゆる此言葉を棄つるならば、吾等は新約聖書の殆んど全躰を棄てなければならないに至るであらふ」と書いている。まさに、イエスの山上の教訓の実戦困難を自覚し、それに従うことのできない者は新約聖書全体を棄てるほかはないであろう。しかし鑑三は、ここで常識的な判断の側に立つことなく、あくまでも〈神の定め給ふた宗教〉に帰依する立場を固持している。しかしこのことで、イエスの教訓に従って非戦論を唱え、絶対平和主義を高らかに宣言した鑑三が、にも拘わらず徴兵を拒否しなかったことを正当性化することはできない。

    鑑三の言う〈無抵抗主義〉が国家権力の要請に対しても抵抗しないというのであれば、いったいなんのための無抵抗なのかということが改めて問われるだろう。キリスト教は理性や知性では理解不可能な超自然的なものであり、神が定めた宗教であるから、神の言葉には無条件で従わなければならないというのなら、すべての議論は徒労ということになろう。そもそもわたしが問題にしているのは、神は「汝、殺すなかれ」と命じながら、同時に「殺せ」とも命じていることである。神のこの矛盾した言葉にどのように従ったらいいのか。神の言葉に忠実であろうとすれば気が狂ってしまうであろう。神の矛盾した言葉をそのままに受け入れるのが真のキリスト教徒なのだ、などと言われても困る。人間の肉体は一つであり、同時に〈あれ=殺してはならない〉も〈これ=殺せ〉も同時に受け入れるわけにはいかないのである。わたしはこういった常識的な地点から鑑三の文章を読んでいる。宗教が本来的に備えている〈幻想性〉に安易に誑かされることだけは極力回避したいと思っている。できないことはできないし、できないからと言って〈幻想〉に逃げ込むことはしたくない。

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清水正  

 

  内村鑑三は「無抵抗主義の教訓」(明治37年5月19日『聖書研究』52号)で、「マタイ福音書」5章38~42節を引いた後で「是れは疑ひもなき基督の言葉である」「是れは無抵抗を教へた言葉である」と断言し、その上で「然しながら其解釈は決して容易くはない。爾うして其困難い理由は之を実際的に行ふに困難なるに在る、斯かる教訓は是れ実際に行はれ得るものなる乎、基督は之を文字通りに実行せよとて、之を弟子に伝へ給ひし乎、或は是れ単に理想として伝へられしものであつて、其、実際に於ては到底行はれないものであることは基督に於ても予め承認せられし乎、是れ聖書の此言葉に就て起る難問題である」と書いている。

    わたしはすでにイエスのこれらの言葉に従うことは人間には不可能であり、このイエスの言葉に従ったキリスト教徒はいないと書いた。いたとしてもそのキリスト教徒は自らの死を甘受しなければならない。鑑三は微塵の疑いもなき、これらの〈基督の言葉〉の実践に関して、一義的な解釈を採ることができず、その〈難問題〉の前に佇んでいる。はたして鑑三はどのような〈解釈〉に帰着するのか。

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随想 空即空(連載146)兵役拒否を巡って

清水正  

 

 聖書を読んでいて特に思うのは、旧約の神と新約の神をどのように受け止めたらいいのかという問題である。ユダヤ教徒の場合は、神エホバが絶対であるから、基本的にはその命令に従っていればいいということになる。が、キリスト教徒の場合、父なる神をどのように理解しているのだろうか。旧約の神は試みる神であり、裁き罰する神であり、これは愛と赦しを説く新約の神イエス・キリストとは明らかに異なっている。さらにわかりにくいのは三位一体の教義である。父なる神も聖霊も地上の世界にその姿を現すことがないが、三位一体の教義を受け入れればイエスその人が神ということになる。が、だとしても、それならなぜイエスは〈父なる神〉からこの地上の世界に遣わされた神の独り子などとなるのだろう。〈父なる神〉と〈神の独り子〉が同等同一の存在であるなら、キリスト教における〈父なる神〉は明らかに旧約の神とは異なっている。異教徒の殲滅を命令する妬みと報復の旧約の神が、愛と赦しを前面に押し出す新約の神と同じであるわけがない。キリスト教の教義において、旧約の神との決定的な決別宣言がなされないかぎり、〈旧約の神〉と新約の〈父なる神〉との境界はきわめて曖昧であり、恣意的な解釈を許すことになる。

 イエスは山上の垂訓において「昔の人々に、『人を殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません」(「マタイ福音書」5章21~22節)と言っている。

 イエスは実際に「人を殺してはならない」と言っているばかりでなく、「腹を立てる」だけでも裁きを受けなければならないと言っている。これは姦淫についても同じである。イエスは言う「『姦淫してはならない。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです」(「マタイ福音書」5章27~28節)と。

 イエスの言葉をそのまま受け止めれば、これに従える者などただの一人もいないということになろう。わたしはいつも不思議に思うのは、こういったイエスの言葉を受け止めきれない者が、何故にキリスト教徒を名乗れるのかということである。「ルカ福音書」には「あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行ないなさい。あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。あなたの片方の頬を打つ者には、ほかの頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着も拒んではいけません。すべて求める者には与えなさい。奪い取る者からは取り戻してはいけません」(6章27~31節)とある。

 ここに語られているイエスの言葉を文字通り受け入れたキリスト教徒が存在するのだろうか。すべての人間が一度にこれらイエスの言葉を受け入れたら、一種の理想郷が現出するかもしれない。が、現実においてイエスの言葉を受け入れ実践した者は、自らの死を甘受しなければならないだろう。戦争において汝の敵を愛すことはできないし、もしできたとすれば、敵を愛しながら殺すという矛盾を受け入れなければならない。上着を奪われて下着を与えた人、民族、国家は滅びる運命にある。イエスの言葉は現実離れのした言葉であり、現実を生きていない者にしか通用しない。厳しい現実を生きる者たちにとって「歯には歯を」こそが説得力のある教えであり、イエスの言葉は肉体なき理想国に生きる者にしか通用しない。戦争において旧約の神の命令(異教徒を殲滅せよ)に従う信者に迷いはない。しかし戦争において「汝の敵を愛せよ」という新約の神の命令に従う者には精神分裂の危機が襲うであろう。鑑三が非戦論を唱えながら、兵役拒否を拒み、キリスト教徒の戦争参加を受け入れたことは、イエスの言葉を完全に裏切っている。裏切っていながら、鑑三には自分を背教者と見なす視点がない、まことに不思議なことである。

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 山本泰次郎は第二の問題に関しては次のように書いている。

 

 山本泰次郎は鑑三の抱え込んでいる矛盾は鑑三ひとりのものではなく、聖書にも、神にも矛盾はあると言って鑑三の矛盾を擁護している。この擁護にわたしはなにも説得力を感じない。矛盾は矛盾であって、鑑三の矛盾を聖書と神の矛盾によって正当化することはできない。聖書にも神にも矛盾があるなら、それを直視し、改めて矛盾の神そのものと向き合わなければならない。そうでなければ矛盾を抱えた鑑三の教訓はご都合主義と批判されても仕方がないだろう。

 聖書の矛盾、神の矛盾をそのまま認める信仰とはいったいなんなのだろう。聖書を読んだこともない文盲の信者が、聖書の矛盾、神の矛盾に気付かずに信仰しているのならまだしも、近代的知性や理性を身につけた知識人が、聖書に矛盾を発見しながら、それを看過して全面的に受容するとはどういうことなのか、わたしにはさっぱりわからない。まずは神の矛盾というものをしっかりと見ておく必要があろう。

 「殺してはならない」これは「出エジプト記」20章13節の神の言葉である。この言葉は神の言葉であるから絶対である。しかしこの言葉の意味するところは明確ではない。誰が、何を殺してはならないのか具体的に示されていない。具体的に指示されていないことによって様々な解釈が生じることになる。同じ唯一絶対の神を信じる者を殺してはならないが、異教徒は殺してもかまわないと言っているのか。もしそうだとすれば「殺してはならない」の言葉のうちに「殺してもよい」という命令が潜んでいることになる。現に旧約の神は異教徒の殲滅をはっきりと断言している。

 「ヨシュア記」を読めば、神の残酷さは徹底していることを誰もが納得せざるを得ないだろう。「出エジプト記」20章5節には「あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし」と書いてある。旧約の神は〈妬む神〉〈報復する神〉であることを自らの口から発している。しかも「出エジプト記」で神は「殺してはならない」と命じながら、同時に「殺す」ことを許してもいる。

 「出エジプト記」21章12節~17節には「人を打って死なせた者は、必ず殺されなければならない。ただし、彼に殺意がなく、神が御手によって事を起こされた場合、わたしはあなたに彼ののがれる場所を指定しよう。しかし、人が、ほしいままに隣人を襲い、策略をめぐらして殺した場合、この者を、わたしの祭壇のところからでも連れ出して殺さなければならない。自分の父または母を打つ者は、必ず殺されなければならない。人をさらった者は、その人を売っていても、自分の手もとに置いていても、必ず殺さなければならない。自分の父または母をのろう者は、必ず殺されなければならない」と書かれている。要するに「殺してはならない」はどんな場合にも適用される絶対命令ではない。ここに引用した場合においては「必ずころされなければならない」のである。

 殺しの都度、神が顕現して裁きの言葉を発するのなら問題はなかろうが、そうでない場合、その〈殺し〉が神の意に叶っているのかそうでないのか、いったい誰が裁定にあたるのだろうか。神の言葉の矛盾に関して、信者はもはやお手上げだろう。

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 山本泰次郎は第二の問題に関しては次のように書いている。

 

  内村は非戦論を説くときには実に勇敢であるが、その実践には当たらないのである。事実、非戦主義に殉じて幸徳秋水堺枯川と同時に朝報社を去ったが、その後は全く行動を共にしていない。これは不徹底であるばかりか、矛盾である。実に大きな矛盾である。その理由として、内村が生来臆病な性質であったためであろうとか、彼のうちに残っていた古い封建時代の倫理観のためであろうとかいうことも、考えられる。しかし事は余りにも重大であり、内村の誠実な人柄に照らしても、そのような考え方は不当である。内村はキリストの福音と聖書とに立って、彼の信仰の生命と全名誉とを賭して非戦主義を唱えると同時に、彼の信仰の全名誉を賭して、斉藤の態度を聖書の曲解であると反対するのである。内村はここに、矛盾と知りつつ、あえてその矛盾を犯しているのである。

  たしかにこれは大きな矛盾である。内村ほどの鋭い頭脳の持ち主が、これに気付かぬはずはない。また彼ほどの誠実な人が、信者として、また伝道者として、また論客として、公に世に立ちつつ、あえてこの矛盾を犯すということは、実に不思議である。内村が生前から死後の今日に至るまで、弟子たちからさえ、謎の人だ、グレート・エックスだ、不可解な矛盾の人だ、とつぶやかれ、不徹底だ、偽善者だ、偽預言者だとまで罵られている事実は、この大きな矛盾を犯す彼にとっては、むしろ当然と言うべきである。

  しかしこの矛盾は内村だけが犯している矛盾ではない。これは実は聖書の矛盾である。聖書はその初めから終りまで、矛盾にあふれた書である。ゆえに神ご自身が矛盾の神である、とさえ言うことができる。ゆえにこの宇宙そのものが、実は矛盾であると言わねばならない。真理の矛盾である。

  人は皆、矛盾をきらい、矛盾をいとう。しかし事実として、われらは矛盾の世界に生き、矛盾の中に生きているのである。そしてわれらは、矛盾と生命の現象そのものであることを知っている。矛盾は生ける生命の現われであり、生命の証拠である。矛盾は生きていることの証拠であり、死んだものには矛盾はない。聖書に矛盾があり、キリスト教に矛盾が伴うのは、それが生ける生命であり、生きて働いているからである。死んだ宗教、死んだ信仰には矛盾はない。

  ゆえに内村の非戦論に矛盾があるのは、それが生きた聖書と、生きた福音と、生きた信仰から生まれた生きた生命である証拠である。学者の頭脳や、思想家の瞑想から生まれた人間の非戦論ならば、斉藤の態度を聖書の曲解などとしないばかりか、内村自身がまっ先きに身を銃口の前にさらすであろう。しかし内村の非戦論は生ける神と、生けるキリストと、生ける福音に立つ生ける非戦論であるから、斉藤の態度を、はばかることなく、聖書の曲解と断定するのである。

  こうして花巻非戦論事件は解決された。実に大問題であって、このために内村がどれほどの祈りをささげ、またどれほどの勇気と決断とを必要としたかは、想像に余る。彼はこの時、斉藤たちと共に宇宙的の矛盾を克服し、天国の生命の喜びに入ったのである。まことに、聖霊はこの時、奥羽の野に下ったのである。内村鑑三と斉藤たちとの上に下ったのである。しかり、日本の上に下ったのである。彼の歓喜と感謝とが、実に並々ならぬものであったのも、まことに当然である。(114~116)。

 

 非戦論が実践に結びつかなければ、その非戦論は不徹底と批判されても仕方がない。ふつうに考えれば非戦論が兵役拒否に直結するのは当たり前のことで、鑑三のように戦争絶対反対を叫びながら、弟子の兵役拒否に賛同しないということは大いなる矛盾である。山本はこの鑑三の不徹底と矛盾を認めながら、しかしどういうわけか鑑三の説くところに賛同している。鑑三の不徹底と矛盾をそのまま認めてしまう山本の論の運び方には胡散臭さを感じる。論理を踏まえれば、非戦論を唱えながら兵役拒否を認めないと言うのは明らかに矛盾である。この矛盾のなんたるかを掘り下げずに、そのまま認めることは果てしなく真理からずれ込んでいくことになる。理性や論理では信仰の本質をとらえることはできないとは、よく耳にすることではある。確かにそうだろう。しかし鑑三の非戦論と兵役受容の矛盾に関しては別に論理を超えた問題ではない。鑑三は宗次郎の兵役拒否を聖書の曲解として片づけているが、その考え方自体を聖書の曲解と見ることもできる。

    宗次郎は鑑三の教訓に対して反論せず、おとなしく受け入れているが、そもそもこのことが問題である。もし宗次郎が自分の良心に従って兵役拒否を貫き通せば、鑑三の教訓の欺瞞が浮き彫りにされたであろう。鑑三は宗次郎の兵役拒否に関して世間の目をひかないように用意周到に立ち回った。その結果、〈花巻兵役拒否事件〉はごく一部の関係者だけの範囲に収まり、社会的な事件とはならなかった。〈不敬事件〉ですら、鑑三は世間から国賊扱いされ、職場から追放される憂き目にあっている。宗次郎は鑑三の弟子であり、しかもその弟子はわざわざ手紙で兵役拒否に関する鑑三の意見を求めてきた。この時点で、宗次郎の兵役拒否は師匠鑑三の兵役拒否問題ともなっている。宗次郎が兵役拒否を断行すれば、それは世間的には鑑三の兵役拒否として受け取られること必至である。鑑三がいくら弟子はとっていないと言明し、兵役拒否は宗次郎本人の問題で自分は兵役拒否には賛同していないといくら弁明したところで無駄である。世間はあんがいこういう点に関しては的確な判断を下すものである。非戦論と兵役拒否が結びつくことなど、反戦論を実践した社会主義でなくても、ふつうの思考能力を持っていれば誰にでもわかることである。

    鑑三の〈不徹底〉と〈大いなる矛盾〉をそのまま肯定するような山本の観点は、世間の大多数の者を納得させることはできない。論理は論理で徹底しなければならないし、矛盾は矛盾として直視しなければならない。その上で、ユダヤキリスト教唯一神イエス・キリストの抱えていた矛盾点を問題にしなければならない。論理的著述を展開する以上は、やはり論理的次元での順序があり、論理から突然、非論理の次元へと飛躍することは許されない。論理を徹底することで詩的次元へと参入することはあるだろう。それと同様、論理を徹底することで信仰の次元へと参入することもあり得るだろう。真理を徹底的に問いつめることが、神の領域へと近づく作業でないのならば、その徒労と空虚は予め引き受けておかなければならない。ニーチェ永劫回帰の時間論を体感する者が、直線的時間論に基づくキリスト教世界を見ているのである。鑑三のキリスト教を絶対視している者にはとうてい理解されない論理であるかもしれない。

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随想 空即空(連載143)兵役拒否を巡って

清水正  

 

 山本泰次郎は「花巻非戦論事件の解決には不可解な点がある」として二つの疑問をあげ、次のように書いている。

 

  第一は、斉藤の態度は聖書の曲解である、とする内村の断定である。これはむしろ斉藤こそ正解であって、内村のほうが曲解しているのではあるまいか、とさえ疑わせる。

  しかし冷静に、また深く聖書を読めば、内村の断定の正しいことは明らかである。

  キリストは山上の垂訓から十字架の死に至るまでの、あらゆる教えと実践とにおいて、決して斉藤のような態度を取れ、とは教えておらず、逆にそれをいましめている。またパウロを初めとする使徒たちも同様である。すなわち聖書とキリスト教とは、人を内村のような激しい、純粋な戦争否定の非戦論者にはしてしまうが、斉藤のような態度でそれを実践せよとは教えていないのみか、むしろそれを戒めているのである。これは動かすべからざる事実である。(113)

 

  最初この文章に触れたとき、山本は鑑三の〈曲解〉を徹底して検証するのかと思ったが、この期待はすぐに裏切られた。山本は却って鑑三の教訓の正しさを強調する。しかし、わたしには山本の主張は贔屓の引き倒しのような感を抱かざるを得ない。非戦論は肯定するが、その実践編とも言える兵役拒否は聖書の曲解などという理屈はとうてい受け入れ難い。宗次郎の兵役拒否を戒めるような箇所が聖書にあるなら具体的に示してもらわなければならない。山本が微塵の疑いもなく「信徒らがキリストの救いを信じつつ、聖霊に助けられつつ、天国を仰ぎ望みつつ、感謝しつつ死に就いた時、彼らの祈りにこたえて、キリストの福音と神の聖霊とが、自らその力を振って戦いたもうたのである」と書いても、わたしの胸には空しく響くだけである。

 実際に戦場にあって、〈汝の敵〉を愛しながら、殺す目的で銃弾を発するキリスト教徒の軍人の内心に〈キリストの福音と聖霊〉とはどのような働きをもたらすのか。山本の言葉は抽象的すぎて、なんらリアルではない。これは鑑三の言葉と同様、書斎上の言葉の次元を超えていない。わたしはイエスの言葉は一義性を保っており、そこに一片の弁解もゆるされない厳しさがあると思っている。非戦論は許すが、兵役拒否は認めないなどという声は、イエスのどこからも聞こえてこない。イエスが教えているのは、彼の言葉に従う者は十字架にかけられることを回避することはできないということである。

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随想 空即空(連載142)兵役拒否を巡って

清水正  

 

 マルメラードフが頼みとする神はまず第一に愛と赦しの神であって裁き罰する神ではない。

    キリスト教における父なる神、子なる神、聖霊の関係は曖昧で判然としない。キリスト教と一口で言っても、宗派は何百もあると言われているので、それらすべてを比較検証するすることは物理時間的次元で不可能である。半世紀以上にわたってドストエフスキーの文学を読み続けてきたわたしにとっても、ドストエフスキーが父なる神と神の独り子イエス・キリストとの関係をどのように認識していたのか明確にとらえることはできずにいる。わたしはユダヤ教徒でもキリスト教徒でもないから、彼らの信じている唯一神を絶対と思うことはない。わたしは自由な精神によって、なにものにも捕らわれずに、ドストエフスキーの文学を読み、聖書を読み、内村鑑三の著作や日記や書簡を読んでいる。疑問を信仰によって覆い隠すことはしない。疑問点は徹底して掘り下げる、そういった姿勢を曲げるつもりはない。わたしは内村鑑三キリスト教信仰を「イエスを信ずる者たちの契約」に先輩たちの強制に屈して署名した時点から疑問に思っているし、最初の妻タケを離縁したことに関しても、それはイエスの教えに反することだと思っている。鑑三の信仰の曖昧さは〈不敬事件〉において端的に露呈しているし、宗次郎の兵役拒否事件に関する教訓もまた鑑三の欺瞞と矛盾を晒していると思う。しかし、宗次郎はもとより、どうして鑑三の弟子たちはそれをはっきりと指摘しないのか。

 宗次郎の兵役拒否問題に関して丁寧な検証を施しているのは、山本泰次郎の『内村鑑三とひとりの弟子』(一九八一年 教文館)である。山本の論考は実証主義的で堅実な労作であり、鑑三と宗次郎の親密で運命的な関係性に対する敬愛の姿勢を貫いている。読むものを厳粛な気持ちにさせる著作であるが、こと兵役拒否の問題に関しては微妙な感想を抱かざるを得なかった。わたしは鑑三の〈真理と真理の応用〉に関する教訓を欺瞞と見るが、山本は鑑三の教訓を是として受け入れている。山本もまた鑑三門下のキリスト教信徒であるから、当然と言えば当然だが、しかしこの立場を貫くと「汝、殺すなかれ」の言葉の一義性は崩れることになる。「殺すなかれ」を口にし、心に思いながら戦場に就き、敵を殺すとはどういうことなのか。イエスははっきりと「汝の敵を愛せ」と言っているではないか。戦線につけば、殺されることも覚悟しなければならないし、敵とはいえ人間を殺さなければならない。軍隊にあって上官の命令は絶対であり、敵前逃亡は死刑に値する。キリスト教徒が神を絶対とするなら、なぜ神の命令に背いて上官の命令に従うのか。こういった根源的な悩みを経験しなかったキリスト教徒の軍人はいなかっただろう。戦地におけるキリスト教徒の癒し難い苦悩の声を鑑三はどのように聴いたのか。

鑑三の言葉に、ドストエフスキーのような文学の言葉がない。鑑三の著作に酔漢マルメラードフや娼婦ソーニャの、そして殺人犯ロジオン・ラスコーリニコフの生々しい血みどろの声が聴こえてこない。鑑三の非戦論が自分の発行する雑誌に発表するだけで逮捕、監禁され、極端な場合には死刑を宣告される、そういった場合を想定すればどうなったであろう。キリスト教の〈真理〉を貫くということは、究極的には自らを十字架にかけるということであって他にはない。それができなければキリスト教から離れるべきである。

 一度、自分の欺瞞を許容すれば、欺瞞を上塗りしていくしかない。鑑三の欺瞞は徹底的に突かれることもなく、根源的な次元での論争もなかったのか、この欺瞞は〈二つのJ〉として讃美されるまでに至っている。唯一絶対神を奉じるキリスト者が、イエス以外のもう一つのJを同等のものとして奉じるなどということは絶対にない。JesusとJapanとが決定的な対立関係になれば、二つのJを文字通り信じていれば精神の分裂を避けることはできまい。鑑三はこういった究極的な場に於ける二者択一を、巧妙に、激情的に、秘中の秘の次元で回避し続けた。鑑三の非戦論は最後の最後まで中学生並の理想論の次元にとどまり、なんら現実的な力とはならなかった。

 

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