『江古田文学』107号ドストエフスキー特集号刊行 

江古田文学』107号ドストエフスキー特集号刊行 

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ドストエフスキー特集を組むにあたって
ドストエフスキーとわたしと日大芸術学部清水正(「江古田文学」107号に所収)

 今年はドストエフスキー生誕二百周年、日大芸術学部創設百周年にあたる。これを記念してわたしは今年二月に編著『ドストエフスキー曼陀羅 松原寛&ドストエフスキー』、五月に『清水正ドストエフスキー論全集』第11巻をD文学研究会より刊行した。
 わたしが本格的にドストエフスキー論を書き始めたのは文芸学科に入学した一九六八年、『ドストエフスキー体験』を刊行したのが一九七〇年である。副手時代に同人誌「ドストエフスキー狂想曲」(全7冊)を刊行、助手・専任講師・助教授・教授時代にゼミ雑誌「ドストエフスキー研究」(全28冊)を刊行、「雑誌研究」の機関誌として「ドストエフスキー曼陀羅」(全9冊)を刊行した。
 一九八七年一月一日、D 文学研究会を発足、ドストエフスキーに関する著作を刊行し始める。機関誌として「Д文学通信」(一九九一年一月一日創刊)を刊行、ドストエフスキー宮沢賢治に関する批評を掲載する。最新刊は1430号(二〇一七年十一月三日)、総頁は7372頁となる。
 「江古田文学」編集長時代には12号(一九八七年五月)に「鼎談・ドストエフスキーの現在」(小沼文彦・江川卓清水正)を、20号(一九九一年六月)に「特集 ドストエフスキー」を組んだ。34号(一九九八年一月)から「『カラマーゾフの兄弟』を読む」を12回連載し、48号(二〇〇一年十月)で連載を中断する。
 その他「江古田文学」には「遠藤周作ドストエフスキー」(6回連載)、「朔太郎とドストエフスキー」、「ドストエフスキー派から見たチェーホフ」(座談会)、「団塊世代が読むドストエフスキー」(座談会)、「現在進行形のドストエフスキー」(対談)、「椎名麟三ドストエフスキー――椎名麟三の読む『白痴』『悪霊』『未成年』をめぐって」、「清水正VS中村文昭 〈ネジ式螺旋〉対談 ドストエフスキーin21世紀」、「動物で読み解く『罪と罰』の深層」(7回連載)などを掲載した。
 二〇一八年十一月九日、ロシア・サンクトペテルブルクドストエフスキー文学記念博物館で『清水正ドストエフスキー論全集』全10巻の寄贈式が行われ、ソコロワ山下聖美氏による「想像を超える現象としてのドストエフスキー――清水正の仕事――」が発表された。同年十一月十三日から三十日まで、日大芸術学部芸術資料館で「清水正ドストエフスキー論執筆50周年」を記念して「ドストエフスキー曼陀羅」展が開催された。 
 十九歳で『白痴』論を書いてから今年で五十三年目、わたしのドストエフスキー論は学生時代から教師時代まですべて日芸を根拠地としている。なんの因縁かはわからないが、半世紀に渡ってドストエフスキーを読み、講義し、批評し続けてきた。教え子たちも文芸学科の教授、講師、助教、助手となって研究と後進の指導に当たっている。ドストエフスキーと文芸学科は切り離せない深い関係を築き上げてきた。今回の特集を組むにあたっては教え子も含めすべて日芸関係者に依頼した。
 ドストエフスキーの文学は人類が消滅しない限り永遠の命を保っている。人間の神秘を解き明かそうとして五十九年の生涯を全うしたドストエフスキーの文学が滅びることはない。人間とは何か、神とは、永遠とは……これらの問題はわたしたち現代を生きる者達にとっても避けることのできない問題である。文学を志す者は、言葉によって神秘に立ち向かわなければならない。畢竟、神秘を解き明かすことはできないかもしれない。しかし、解き明かせない神秘と共にあることはできる。書き続けるとはそういうことである。日大芸術学部文芸学科が名実ともにドストエフスキー研究のメッカになることを期待している。(二〇二一年五月)


江古田文学ドストエフスキー特集・収録論考
清水正……「ドストエフスキー特集を組むにあたって――ドストエフスキーとわたしと日大芸術学部
ソコロワ山下聖美……サンクトペテルブルク~美しく、切ない、芸術の街~
齋藤真由香……理想の人生を降りても
高橋実里……子どもとしての存在――『カラマーゾフの兄弟』と宮沢賢治
伊藤景……ドストエフスキーとマンガ――手塚治虫版「罪と罰」を中心にして――
坂下将人……『悪霊』における「豆」
五十嵐綾野……寺山修司ドストエフスキー~星読みをそえて~
猫蔵……三島由紀夫ドストエフスキー~原罪

下原敏彦……「ドストエーフスキイ全作品を読む会」五十周年に想う

牛田あや美……ドストエフスキー文学の翻訳とメディア化

岩崎純一……ドストエフスキーニーチェ──対面なき協働者──

清水正……ソーニャの部屋ーーリザヴェータを巡ってーー

 

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清水正ドストエフスキー論全集

 

清水正の著作の購読申込、課題レポートなどは下記のメールにご連絡ください。
shimizumasashi20@gmail.com

清水正ドストエフスキー論全集』第11巻(D文学研究会A5判上製・501頁が出来上がりました。

購読希望者はメールshimizumasashi20@gmail.comで申し込むか、書店でお求めください。メールで申し込む場合は希望図書名・〒番号・住所・名前・電話番号を書いてください。送料と税は発行元が負担します。指定した振込銀行への振り込み連絡があり次第お送りします。

 

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定価3500円+税

 これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk

六月一日から開催予定だった「清水正・批評の軌跡」展示会はコロナの影響で九月一日から9月24日までと変更となりました

 会期:2021年9月1日(水)~9月24日(金)

 会期中開館日:平日のみ。午前9時30分~午後4時30分(完全予約制)

 ※ご来場の際は事前に公式HP(https://sites.google.com/view/shimizumasashi-hihyounokiseki)にご確認ください。

九月一日から日大芸術学部芸術資料館に於いて清水正・批評の奇跡──ドストエフスキー生誕二〇〇周年記念に寄せて──』展示会が開催される。1969年から2021年まで五十余年にわたって書き継がれてきたドストエフスキー論、宮沢賢治論、舞踏論、マンガ論、映画論などの著作、掲載雑誌、紀要、Д文学通信などを展示する。著作は単著だけでも百冊を超える。完璧に近い著作目録の作業も進行中である。現在、文芸学科助手の伊藤景さんによって告知動画も発信されていますので、ぜひご覧になってください。

 

 

村上玄一『ZOOMに背を向けた大学教授――コロナ禍のオンライン授業』(二〇二一年七月 幻戯書房)を読む

 

村上玄一『ZOOMに背を向けた大学教授――コロナ禍のオンライン授業』(二〇二一年七月 幻戯書房)を読む
村上玄一氏より『ZOOMに背を向けた大学教授――コロナ禍のオンライン授業』(二〇二一年七月 幻戯書房)が二十七日に送られてきた。さっそく読み始め、翌日の午後八時過ぎに読み終えた。一気に読み終えたのは、この著書がわたしにとっても関心のある諸問題を扱っていたことと、著者村上氏が日芸文芸学科の同期によることもある。入学したのは一九六八年、大学紛争が勃発、大学改革を唱える活動家たちによって江古田校舎は封鎖され、授業は一、二回しか開かれなかった。わたしは一年次、段ボール工場でアルバイトしながらもっぱらドストエフスキー論を書いていた。翌年から授業は平常に戻ったが、わたしは大学の授業には見切りをつけ、出席のうるさい授業のほかはすべて欠席した。当時、文芸学科にはジャーナリズム研究会、言語研究会、現代詩研究会などのサークルがあったが、村上氏はジャーナリズム研究会に属していたかもしれない。断定できないのは、なにしろわたしは大学四年間のあいだ、一度も村上氏に会ったことがない。わたしの唯一の友人は詩人の山形敬介だけであった。それでも村上氏が野坂昭如の研究をしているということは風のうわさで伝わってきていた。

 本格的に村上氏と関わり合うようになったのは、わたしが「江古田文学」編集長になった一九八五年以降である。詳しいことは「江古田文学」100号記念号に「情念で綴る「江古田文学」クロニクル」で書いたが、これを書きながら、改めて村上氏が「江古田文学」のために協力を惜しまなかったかをつくづくと感じた。村上氏は第二次「江古田文学」草創期の功労者の一人であり、同志とも言える。
 村上氏は昭和六十三度から文芸学科の非常勤講師として「ジャーナリズム論」「演習Ⅱ」、「演習Ⅲ」を担当することになる。これは当時学務委員であったわたしが推薦した。わたしは村上氏には代表作となる小説を「江古田文学」に発表してもらいたいと思い、酒の席などではいつもそのことを口にしていた。が、村上氏は編集者としても活躍しており、わたしは彼には出版編集にかかわるジャーナリズム論を展開してもらいたいという思いもあった。

 「ジャーナリズム論」はサンデー毎日の編集長で映画評論家でもあった岡本博が長いあいだ担当しており、文芸学科の人気講座であった。岡本氏は「演習Ⅱ」(通称ゼミ。当時は三年生が受講対象)、「演習Ⅲ」(通称ゼミ、当時は四年生が受講対象。因みに一年生対象のゼミは「文芸基礎演習」という課目名であった)も担当していたが、今では考えられないことだが百名を越える登録者がいた。当時、文芸学科は「文芸創作」「文芸研究・教育」「ジャーナリズム」の三専攻制でカリキュラムを構成していた。最も人気の高かったのが「ジャーナリズム」専攻で、岡本ゼミは最右翼の位置を占めていた。
 岡本博が昭和六十二年度をもって定年退職(当時の非常勤講師の定年は七十五歳)することになり、村上氏はその後任として「ジャーナリズム論」「演習Ⅱ」「演習Ⅲ」を担当することになった。参考に昭和六十二年度、昭和六十三年度の「ジャーナリズム論」の講座概要を「文芸学科講座内容一覧」から引いておく。
 岡本博「ドキュメンタリーが無作意の表現のうちに現わしてしまう現代社会への疑問を見つける。その意味の拡大解釈を説きたい。作家、記録者の内在的劇性と結合する描写である。そこに現代政治と社会生活へ撃ち込みたい作家のうちの、必要欠くべからざる問題点をさまざま発見して行きたい。TVに限らず一般報道通信全体を対象とする。ドキュメンタリー作家と作品の基礎構造をなす思想と論理が打ち出せれば幸甚である」(「昭和62年度 文芸学科講座内容一覧」より)
 村上玄一「「ジャーナズム論とは何か」のテーマを根底に置き、出版ジャーナズムを中心に、出版社の特色や傾向、雑誌編集のあり方などを考えながら、現代ジャーナズムの構造を見ていきます。また、新聞・テレビにも触れながら、マスコミ人として“勇名”を馳せた人物や名編集長と呼ばれた人たちにもスポットを当てて、そのジャーナリストとしての姿勢にも言及していきたい」(昭和63年度 文芸学科講座内容一覧」より)

 村上氏は昨年の2020年度(2020年4月~2021年3月)をもって三十三年間の教師生活に幕をおろすことになった。わたしも昨年度、学部の講師を退任し、今は大学院の講座だけを担当している。去年一年間、面談授業はいっさい行わず、すべての担当課目(「マンガ論」「雑誌研究」「文芸批評論」)はクラスルームですませた。毎週、課題を与え、メールで送られてくるレポートを読むという、味気ない授業であった。わたしは教室内を歩き回り、学生を巻き込んでの授業を持ち味としていたので、昨年の授業はなんとなく事務的に終わった感じである。もっとも、今のわたしは2016年からの帯状疱疹後神経痛に苦しめられており、ここ数年は思うような授業を展開できなかった。神経痛は依然として続いており、ズームでの授業もほぼ不可能であった。しかめっ面を受講生に見せるわけにもいかない。
 わたしは「清水正ブログ」も開設しており、動画も発信しているのだが、だからと言ってパソコン操作に通じているわけではない。ブログ操作は手が覚えているので、頭ではまったく理解していない。動画はわたしの授業のTA、今は助手の伊藤景さんにまかせているので、自分ではなにもできない。三週間ほど前から、購入して五年ほどのパソコンが不具合で、動画の画面がしばしば停止したり、今は音声もでなくなっている。どこが悪いのか、不具合の原因はなにもわからない。基本的なパソコン操作を勉強する気にもならないので、結局は学科の助手や助教に頼らざるを得ない。

 村上氏の本にも「オンライン授業」をスムースに展開できない苦労話が綴られているが、団塊世代とひとくくりにされた老人たちがパソコンを自在に操っている姿を想像することはできない。何十年にもわたって印刷文化に接してきた者が、コンピューター文化に馴染むのは容易ではない。
 村上氏の本のタイトルは『ZOOMに背を向けた大学教授』となっているが、別に積極的にZOOM授業に背を向けたわけではない。要するにZOOM授業をこなせるだけの豊かなパソコン知識や、経験がなかったということである。

 わたしが、この本を読んでまず感動したのは、村上氏が受講学生とまっすぐに向き合って〈授業〉を進めていくその誠実な姿勢であった。コロナ禍にあって満足のいく面談授業ができないまま時は冷酷にすぎていくが、村上氏はひとりひとりの学生と真摯に向き合って、課題をだし、課題レポートの感想を書き記している。
 この本は村上氏の2020年度担当の「出版文化論」「文芸研究Ⅰ」「文芸研究Ⅱ」「文芸研究Ⅳ」「ジャーナズム実習Ⅲ」五課目の授業内容を具体的に記している。読むだけで、授業風景が鮮やかに浮かんでくる。コロナ禍にあって日本に来れない中国の一留学生のレポートに対する懇切丁寧な指導やアドバイスにも教育者としての誠実な心配りがにじみ出ている。こういった指導を受けた学生にとって村上氏は主義主張や哲学的見解を超えて忘れられない〈恩師〉となるだろう。レポートや課題創作に向けての感想などを読んでいると、村上氏の対話的精神が、高ぶることなく平常心をもって遺憾なく発揮されているように思える。
 この本は具体的に扱っているのは2020年度の授業であるが、実質は文芸学科における村上氏の三十三年間の教育実践の集大成と言える。2020年度に村上氏の授業を受けた学生はもとより、昭和63年度からの受講生全員の〈宝物〉と言えよう。また、この本は「ZOOMに背をむけた」村上氏が、不自由な目を駆使して、また胃ガン手術を克服しての、学生に向けての感謝を込めた〈贈り物〉である。
 わたしは今まで小説家としての村上玄一氏、編集者としての村上玄一氏を見てきたが、今回『ZOOMに背を向けた大学教授』を読んで、〈教師としての村上玄一〉の誠実と人間愛を強く感じた。村上氏を知る学生や同僚はもとより、より多くの編集者や教育の現場にある人たちに読んでいただきたいと思う。

2021/06/29 19:57

 

 

 

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思い出の中の恩人(芳林堂の鍋谷嘉瑞氏)

 

 

思い出の中の恩人(芳林堂の鍋谷嘉瑞氏)
 「人生七十古希稀なり」とはもはや昔のことで、今や七十歳を越えても元気な老人はいくらでもいる。文芸家協会から送られてくる通信の訃報欄を見ても七十歳代で亡くなられるひとはごく稀で、八十、九十歳代がほとんどである。少し皮肉を込めて言うのだが近頃、発狂とか自殺する小説家はいない。作品は発表せずとも、健康には気をつけて長生きするらしい。文学界では何一つ論争はなく、特に話題になる作品もない。じつに穏やかな日々が続いている。わたしはドストエフスキーの文学さえあればそれでいいので、積極的に、文芸誌などで発表されている小説を読む気にはならない。
 さて、今わたしは七十二歳で、ここまで生きてくれば、これからの人生よりは生きてきた過去の人生の方がはるかに長いことになる。一人で生きてきたわけではなく、とうぜん恩になったひともいる。先日、当ブログで書いた豊島書房の岡田富朗氏などは大の恩人である。なにしろ商売気なしで、いわば男気だけで『停止した分裂者の覚書――ドストエフスキー体験』を出版してくれたのだから、いくら感謝しても感謝しきれるものではない。今時、義理も人情もなく計算ずくで生きるひとも多くなったかもしれないが、わたしは受けた恩を忘れるような不義理な生き方はしたくない。ということで、今回はもう一人の恩人について書きたいと思う。
 最初の本『ドストエフスキー体験』(一九七〇年一月)は当時友人だった詩人の山形敬介の〈山〉と、わたしの苗字清水の〈清〉を採って出版元を清山書房と名付けた。江古田の段ボール工場で時給百円の肉体労働で金を貯め、それでも足りずに所沢のゴム工場で時給二百五十円で働いて、ようやく出版にこぎつけた。日芸の文芸学科に入学して丸一年をかけて書き上げたドストエフスキー論である。五百部刊行して、定価は五百円とした。
 さて、出版したはいいが、どう売りさばいたらいいかわからない。当時、「試行」「あぽりあ」「無名鬼」など商業路線とは一線を引いた独立自尊の自立誌・同人誌が文学青年たちの間で強い支持を受けていた。早稲田の古書店「文献堂」などはこういった雑誌を積極的に受け入れ、店内の目立つところに平積みしてあった。わたしもさっそく店主に掛け合ってみたところ、快く五冊ほど引き受けてくれた。なにしろ文献堂は早稲田大学の露文科のある高田馬場古書店街に店を構えているのだから、『ドストエフスキー体験』はたちまち売り切れた。その後、何回か追加で置いてもらったと記憶している。
 当時(一九七〇年代)、池袋西口に芳林堂という大書店があった。わたしは大学からの帰り、池袋駅に降りれば必ず芳林堂ビルに立ち寄り、ロシア文学コーナーを覗いた。今は大書店でも海外文学コーナーはなくなっているが、当時は英米文学、ドイツ文学、フランス文学、ロシア文学コーナーは当然のごとくあった。わたしは書店からロシア文学コーナーがなくなった頃から、書店を覗く気にもならなくなった。〈ロシア文学〉を常備していない書店など、もはや書店とも思わない。〈ロシア文学〉の凄さが分からずに、書店を開いている経営者や店員のセンスが理解できない。こう書いたからといって、別に辛辣な皮肉を発しているのではない。ごく素直な感想である。
 さて、もう一人の恩人のことだが、その前に『口笛を吹きながら本を売る 柴田信、最終授業』(二〇一五年四月 晶文社)に少し立ち止まることにしよう。この本の著者は石橋毅史である。奥付を見ると一九七〇年に東京で生まれ、日大芸術学部文芸学科を卒業している。一九七〇年は『ドストエフスキー体験』の出版年で、出身大学もわたしと同じ日芸文芸学科である。奥付を見て少なからず因縁を感じもしたが、わたしがこの本をネットで購入した理由は著者の生年や出身大学とは無関係である。
 実はわたしは芳林堂に『ドストエフスキー体験』を直で置いてもらい、百冊以上も売ってもらった。いくら池袋芳林堂が大型書店とはいえ、無名の著者の本をこれほど売り切るということは尋常ではない。当時、芳林堂で仕入れを担当していたひとの力量が大きくものを言っていたのは確かである。
 石橋毅史の本は柴田信(一九六五年四月、芳林堂書店に入社。後に岩波ブックセンター代表)の取材を元に構成されている。柴田信講談社が事務局を務める書店未来研究会が実施した懸賞論文に応募し受賞する。その受賞論文「計数による現状把握――これからの書店経営」について、柴田信は石橋毅史と次のような言葉を交わしている。

 「あれだけ詳しく書けたのは、江口淳と鍋谷嘉瑞がいたから。これに尽きます。仕組みの全体を考えたのは江口。鍋谷はそれを全部メモして、社内で共有できる文書にしていた。細かいところほどちゃんとしてるのは、とにかく鍋谷がメモ魔で、江口のアイデアをまとめるのに優れていたからですよ。それを外に出すのが、私の役だよね。与えられた課題は『これからの書店経営』だが、はたして『いままでの書店経営』などというものがあったのか、そういう前提から始めるの。最初にビックリさせるわけね」
 ――この論文じたい、影武者である鍋谷さんの貢献が大きかったことは明らかです。お話をうかがいたいですね。
 「あ、この前も話してみたけどね、彼はとにかく、あなたとは会わないって。彼は偉い人でね、取材はいっさい受けないと決めてるんだよ。自分は表に出ないっていうのを、昔から徹底してるの。それはもう、見事なくらいですよ」
 ――柴田サンとは好対照ですね。鍋谷さんは、論文を発表することには反対しなかったのですか。
 「ひとつだけ言われたんだ。『これからの書店はこうすべきだとは、絶対に書かないでくれ』と。あくまでも芳林堂のやり方であって、書店全体の新しい方法なんかじゃない、方法は個別の条件のなかでやっている書店それぞれにあるあるはずなんだから、ということだよね。このアドバイスは、私にとって大きかったなあ。年を追うごとに、彼の言った意味が重くなっていったもの」(120~121)
 
 ここまで長く引用すれば、わたしが恩人と思っているひとがだれであるかわかるだろう。
 わたしが『ドストエフスキー体験』を店に置いてもらえないかと、芳林堂の書店員に頼んだとき、対応してくれたのが仕入れ担当の鍋谷嘉瑞(なべやかずい)氏であった。すぐに名刺をくれ、ずいぶんと優しく対応してくれたので、緊張もたちまちほぐれた。
 わたしがそのとき感じたのは、鍋谷氏の〈本〉と〈著者〉に対する暖かい、敬意のこもった思いであった。当時のわたしは傲岸不遜な無名の若者であったが、鍋谷氏の対応はいまふりかえってみても見事としか言いようがない。書店の現場に生きる店員が、本や著者に対する尊敬の念を忘れて営利に走れば、もはや〈書店〉としての生命線を自ら断ち切ることになろう。
 わたしは書店経営のあり方を考える立場にないし、たいして興味もない。わたしは芳林堂といえば鍋谷嘉瑞という一人の男の姿が鮮やかに浮かんでくる。わたしは彼の対応に男気や人間としての優しさを感じた。そのことで、彼の姿や言葉がわが脳裏に刻印されたのであって、彼の書店運営のアイデヤやノウハウによってではない。
 人間として最もだいじなこと、老若男女や地位や立場を越えて、優しく対応できること、鍋谷氏は書店の現場でそれを日々実践しておられたと思う。鍋谷氏の書店員としての能力は、利益に結びつくだけのアイデヤやノウハウとはまったく違う。
 わたしは鍋谷氏にたくさん本を売って貰ったが、そのことだけで感謝の念を抱いたのではない。あれから五十年の歳月が過ぎ去ったが、わたしの内によみがえる鍋谷嘉瑞は男気あふれる人間としての鍋谷嘉瑞であって、一書店員の鍋谷嘉瑞にとどまらない。「取材はいっさい受けないと決めてる」ストイックでシャイな鍋谷嘉瑞はわたしの心の内でいつまでも生きている。鍋谷氏の現在をわたしは何も知らないが、ドストエフスキー生誕二百周年に際して、わたしの思いは思いとして書き記しておきたかった。もし目に触れるようなことがあればどうかご容赦願いたい。
 2021/06/12

 

 

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豊島書房の岡田富朗氏と五十年ぶりに話す

豊島書房の岡田富朗氏と五十年ぶりに話す

 岡田富朗氏はわたしの最初の著書『ドストエフスキー体験』(一九七〇年一月)の改訂増補版を出版してくださった方である。岡田氏を紹介してくれたのが「ドストエーフスキイの会」例会で知り合った近藤承神子氏である。近藤氏は『ドストエフスキー体験』を初めて評価してくれた方で、赤羽に住んでおられた。豊島書房も当時、赤羽で古書店を経営し、出版活動もしていた。近藤氏は豊島書房の岡田氏にわたしの著作の改訂版の刊行を勧めていた。近藤氏は秋山駿やつげ義春を高く評価し、彼らの著作の刊行も推奨していたが、岡田氏はどういうわけか無名の一学生の本の出版を引き受けてくださった。改訂版『停止した分裂者の覚書――ドストエフスキー体験――』(豊島書房)は一九七一年九月、わたしが日芸文芸学科の四年生の時に刊行された。この時の喜びと感謝を忘れたことはない。
 その後、わたしは途絶えることなくドストエフスキーを読み、ドストエフスキー論を刊行してきたが、折に触れて岡田氏のことを思い、改めてお礼の言葉を伝えたいと念じていたのだが、ぼやぼやしているうちに、豊島書房が赤羽から移転し、連絡がとれなくなってしまった。ところが、昨夜パソコンンで「豊島書房」「岡田富朗」と検索したところ、現在、岡田氏は茨城県つくば市吾妻で「ブックセンター・キャンパス」という古書店を経営していることがわかった。岡田氏との連絡をほぼ諦めていたので、住所と電話番号が分かったときはうれしかった。
 本日の午前十一時過ぎに店に電話すると、岡田氏は出かけているということであった。岡田氏から電話があったのは午後一時過ぎ、実に五十年ぶりに言葉をかわすことになった。岡田氏は今年八十五歳、わたしは七十二歳である。最初に赤羽でお会いした時、わたしは二十二歳、岡田氏は三十五歳である。当時、豊島書房は近代文学派の作家や評論家の本を出版、また「辺境」という雑誌を創刊していた。赤羽の豊島書房を何度か訪ねた折にわたしが岡田氏から聞いて記憶に残っているのは「三島由紀夫氏は必ず締切日の前に原稿を送ってきます」「代表作が一作あれば小説家は歴史に残ります。どんなに多くの作品を書いて発表しても代表作がなければ消えてしまいます」。さりげなく発せられた言葉であるが、ずしんと胸に響く言葉であった。また「荒正人氏は、聞きたいことや用事があるときは、夜中の何時であろうが電話をかけてくる」という話も面白かった。
 今年はドストエフスキー生誕二百年、この年にわたしのドストエフスキー本を出版してくださった岡田富朗氏と五十年ぶりに連絡がとれ、言葉を交わすことができたことは本当にうれしいことであった。今まできちんとお礼の気持ちを伝えていなかったので、ここに記して改めて感謝申しあげる次第です。
 2021/06/10

 

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 会期中開館日:平日のみ。午前9時30分~午後4時30分(完全予約制)

 ※ご来場の際は事前に公式HP(https://sites.google.com/view/shimizumasashi-hihyounokiseki)にご確認ください。

九月一日から日大芸術学部芸術資料館に於いて清水正・批評の奇跡──ドストエフスキー生誕二〇〇周年記念に寄せて──』展示会が開催される。1969年から2021年まで五十余年にわたって書き継がれてきたドストエフスキー論、宮沢賢治論、舞踏論、マンガ論、映画論などの著作、掲載雑誌、紀要、Д文学通信などを展示する。著作は単著だけでも百冊を超える。完璧に近い著作目録の作業も進行中である。現在、文芸学科助手の伊藤景さんによって告知動画も発信されていますので、ぜひご覧になってください。

 

 

「江古田文学」107号は155頁にわたってドストエフスキー特集を組む

 

清水正の著作の購読申込、課題レポートなどは下記のメールにご連絡ください。
shimizumasashi20@gmail.com

清水正ドストエフスキー論全集』第11巻(D文学研究会A5判上製・501頁が出来上がりました。

購読希望者はメールshimizumasashi20@gmail.comで申し込むか、書店でお求めください。メールで申し込む場合は希望図書名・〒番号・住所・名前・電話番号を書いてください。送料と税は発行元が負担します。指定した振込銀行への振り込み連絡があり次第お送りします。

近況報告

江古田文学」107号は155頁にわたってドストエフスキー特集を組む。わたしは企画・編集を担当。教え子など日芸関係者に原稿を依頼。わたしは「ソーニャの部屋──リザヴェータを巡って」を掲載する。編集・校正も終わり、後は刊行を待つばかり。発刊日は7月25日である。

わたしの『罪と罰』論は依然として続いている。どこまで続くのか自分でも楽しみになってきた。

 

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定価3500円+税

 これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk

六月一日から開催予定だった「清水正・批評の軌跡」展示会はコロナの影響で九月一日から9月24日までと変更となりました

 会期:2021年9月1日(水)~9月24日(金)

 会期中開館日:平日のみ。午前9時30分~午後4時30分(完全予約制)

 ※ご来場の際は事前に公式HP(https://sites.google.com/view/shimizumasashi-hihyounokiseki)にご確認ください。

九月一日から日大芸術学部芸術資料館に於いて清水正・批評の奇跡──ドストエフスキー生誕二〇〇周年記念に寄せて──』展示会が開催される。1969年から2021年まで五十余年にわたって書き継がれてきたドストエフスキー論、宮沢賢治論、舞踏論、マンガ論、映画論などの著作、掲載雑誌、紀要、Д文学通信などを展示する。著作は単著だけでも百冊を超える。完璧に近い著作目録の作業も進行中である。現在、文芸学科助手の伊藤景さんによって告知動画も発信されていますので、ぜひご覧になってください。

 

 

『清水正・ドストエフスキー論全集』第11巻が出来上がった

 

清水正の著作の購読申込、課題レポートなどは下記のメールにご連絡ください。
shimizumasashi20@gmail.com

 これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk

近況報告

清水正ドストエフスキー論全集』第11巻(D文学研究会)A5判上製・501頁が出来上がった。購読希望者はメールshimizumasashi20@gmail.comで申し込むか、書店でお求めください。メールで申し込む場合は希望図書名・〒番号・住所・名前・電話番号を書いてください。送料と税は発行元が負担します。指定した振込銀行への振り込み連絡があり次第お送りします。

f:id:shimizumasashi:20210525161737j:plain

定価3500円+税

六月一日から開催予定だった「清水正・批評の軌跡」展示会はコロナの影響で九月一日から9月24日までと変更となりました

 会期:2021年9月1日(水)~9月24日(金)

 会期中開館日:平日のみ。午前9時30分~午後4時30分(完全予約制)

 ※ご来場の際は事前に公式HP(https://sites.google.com/view/shimizumasashi-hihyounokiseki)にご確認ください。

九月一日から日大芸術学部芸術資料館に於いて清水正・批評の奇跡──ドストエフスキー生誕二〇〇周年記念に寄せて──』展示会が開催される。1969年から2021年まで五十余年にわたって書き継がれてきたドストエフスキー論、宮沢賢治論、舞踏論、マンガ論、映画論などの著作、掲載雑誌、紀要、Д文学通信などを展示する。著作は単著だけでも百冊を超える。完璧に近い著作目録の作業も進行中である。現在、文芸学科助手の伊藤景さんによって告知動画も発信されていますので、ぜひご覧になってください。

 

 

「清水正・批評の軌跡──ドストエフスキー生誕200周年に寄せて」展示会

 清水正・批評の軌跡──ドストエフスキー生誕200周年に寄せて」展示会
日本大学芸術学部文芸学科主催
 今回は主任教授の挨拶の前半部分を紹介しておきます。

~2021年〈清水正の宇宙〉の旅へ~

日本大学芸術学部文芸学科 主任 ソコロワ山下聖美

 2021年はドストエフスキー生誕200年のメモリアルイヤーです。この記念すべき年に、文芸学科では「清水正・批評の軌跡ードストエフスキー生誕200周年に寄せてー」展を開催する運びとなりました。

 文芸批評家であり、日芸文芸学科の元教授・清水正先生は、50年以上もの間、ドストエフスキーの作品と共に執筆生活を歩み続けておられます。批評の対象領域は、ドストエフスキーを軸として、宮沢賢治林芙美子などの様々な近代文学作家、マンガ作品などと、誠に幅広く、最近ではyoutube番組をも批評の対象とし、まさに縦横無尽、型にとらわれない〈清水正の宇宙〉を言葉によって築き上げてこられています。

 展示では、清水先生の批評の軌跡を明らかにし、無数の言葉の深みに触れていただきます。文学とは? 芸術とは? ものを書くとは? 生きるとは? 神とは? これらの問いに向かって、ときに魂から紡ぎ出され、ときに広大なスケールの理論を伴って生み出される言葉の数々から、清水先生の情熱に満ちたドストエフスキーの授業を思い出す方も多いのではないでしょうか。

 文芸学科で長きに渡り教鞭をとられた清水先生の存在により、文芸学科とドストエフスキーは切っても切り離せない関係となっております。日本近代文学の作家たちがドストエフスキーを中心とするロシア文学の影響を強く受けたように、文芸学科の学生もまた、意識的に、または無意識のうちにドストエフスキーを感じとり、提示された問題に向き合っているのではないでしょうか。ドストエフスキーの言葉は時を経、国を越えて、すべての〈考える青年たち〉の思考を刺激して止みません。