ロジオンの〈踏み越え〉はソーニャの存在、つまりロジオンよりも先に〈踏み越え〉た信仰者の存在をあてにした〈踏み越え〉であった。この一点にロジオンの精神上の汚点を見いだすのはわたしだけだろうか。母を殺すことができなかったロジオンは、理屈をつけて高利貸しでペテルブルクの厳しい現実を生き抜いてきた未亡人を殺し、目撃者のリザヴェータをも殺し、だが自分自身を殺すことはできずに、おめおめと生き続け、あげくのはてにスヴィドリガイロフに救われてシベリアまで追ってきたソーニャによって復活の曙光に輝いている。 己の〈踏み越え〉(殺人)に対して最後の最後まで〈罪〉の感覚に襲われることのなかったロジオンが、なぜ復活の曙光に輝くのか。そんな復活が許されるのであろうか。『罪と罰』を読むたびに思うのは、ロジオンの〈踏み越え〉も〈無罪意識〉も〈復活の曙光〉も、人智によってははかることができないということである。 わたしが、改めて考えたいのはロジオンの〈苦しみ〉である。彼は、「いったいおれにアレができるだろうか?」(Разве я способен на это?)と考えるが、こういった考えそのものに苦しみの感覚がまとわりついている。〈アレ〉を実行した後には気を失うほどに苦しんでいる。この苦しみはなんだろう。単なる凡人が自分を非凡人と見なした結果だろうか。自分が犯した犯罪をだれにもばれないように隠し続けなければならなかったからであろうか。我が身を焼き尽くすような激しい罪の意識に襲われなかったからであろうか。ロジオンが自分の最初の〈踏み越え〉(殺人)に微塵の疚しさも感じていないことは特記すべきことだ。彼は老婆アリョーナ殺しに対してばかりでなく、目撃者リザヴェータに対しても、罪の意識に襲われることがない。彼は、なぜよりによってあんなときにリザヴェータは現れたんだろう、と思うだけで、この思いが罪の意識に繋がることはない。 ロジオンは青銅でできたナポレオンではない。法を犯して平然としていられる非凡人ではなかった。彼は〈社会のシラミ〉を殺しただけの、敢えて言えば〈美的シラミ〉に過ぎなかった。そのことがロジオンの自嘲を誘うことはあっても、しかし彼は自分の行為に関してどうしても罪の意識を覚えることができなかった。なぜだろう。ロジオンがソーニヤの前にひれ伏して「ぼくはきみに頭を下げているんじゃない。ぼくは全人類の苦悩の前に頭を下げているんだ」と言った時の、この〈苦脳〉(страдание)が問題である。この苦悩は、神が創造した世界の不条理を告発し嘆くイワン・カラマーゾフの苦悩に繋がっていく。この世界で日々展開されている〈不条理〉の原因を、創造主である神に帰せば、おそらく〈罪〉の意識が立ち上がってくることはないだろう。 沈黙し続ける神の代理として、十一歳のマトリョーシャを凌辱して、その後いっさい口をきかなかったニコライ・スタヴローギンは、その〈実験〉そのものに〈罪〉の意識を感じることはない。ニコライは単に神にかぎりなく寄り添った実験をしたまでのことで、それに耐えられずに良心がうずき始めたというのであれば、それは彼が〈神〉ではなく、単なる〈人間〉であったということを証明するに過ぎない。 ロジオンやニコライ・スタヴローギンの〈苦しみ〉は神と向かい合った者の苦しみと言えるかもしれない。否、彼らばかりではない、マルメラードフも彼の後妻カチェリーナも、そしてソーニャもまた神と向かいあって苦しんでいる。信仰しても反逆しても、神と向かい合っている人間は苦しむのである。
ロジオンの〈踏み越え〉はソーニャの存在、つまりロジオンよりも先に〈踏み越え〉た信仰者の存在をあてにした〈踏み越え〉であった。この一点にロジオンの精神上の汚点を見いだすのはわたしだけだろうか。母を殺すことができなかったロジオンは、理屈をつけて高利貸しでペテルブルクの厳しい現実を生き抜いてきた未亡人を殺し、目撃者のリザヴェータをも殺し、だが自分自身を殺すことはできずに、おめおめと生き続け、あげくのはてにスヴィドリガイロフに救われてシベリアまで追ってきたソーニャによって復活の曙光に輝いている。 己の〈踏み越え〉(殺人)に対して最後の最後まで〈罪〉の感覚に襲われることのなかったロジオンが、なぜ復活の曙光に輝くのか。そんな復活が許されるのであろうか。『罪と罰』を読むたびに思うのは、ロジオンの〈踏み越え〉も〈無罪意識〉も〈復活の曙光〉も、人智によってははかることができないということである。 わたしが、改めて考えたいのはロジオンの〈苦しみ〉である。彼は、「いったいおれにアレができるだろうか?」(Разве я способен на это?)と考えるが、こういった考えそのものに苦しみの感覚がまとわりついている。〈アレ〉を実行した後には気を失うほどに苦しんでいる。この苦しみはなんだろう。単なる凡人が自分を非凡人と見なした結果だろうか。自分が犯した犯罪をだれにもばれないように隠し続けなければならなかったからであろうか。我が身を焼き尽くすような激しい罪の意識に襲われなかったからであろうか。ロジオンが自分の最初の〈踏み越え〉(殺人)に微塵の疚しさも感じていないことは特記すべきことだ。彼は老婆アリョーナ殺しに対してばかりでなく、目撃者リザヴェータに対しても、罪の意識に襲われることがない。彼は、なぜよりによってあんなときにリザヴェータは現れたんだろう、と思うだけで、この思いが罪の意識に繋がることはない。 ロジオンは青銅でできたナポレオンではない。法を犯して平然としていられる非凡人ではなかった。彼は〈社会のシラミ〉を殺しただけの、敢えて言えば〈美的シラミ〉に過ぎなかった。そのことがロジオンの自嘲を誘うことはあっても、しかし彼は自分の行為に関してどうしても罪の意識を覚えることができなかった。なぜだろう。ロジオンがソーニヤの前にひれ伏して「ぼくはきみに頭を下げているんじゃない。ぼくは全人類の苦悩の前に頭を下げているんだ」と言った時の、この〈苦脳〉(страдание)が問題である。この苦悩は、神が創造した世界の不条理を告発し嘆くイワン・カラマーゾフの苦悩に繋がっていく。この世界で日々展開されている〈不条理〉の原因を、創造主である神に帰せば、おそらく〈罪〉の意識が立ち上がってくることはないだろう。 沈黙し続ける神の代理として、十一歳のマトリョーシャを凌辱して、その後いっさい口をきかなかったニコライ・スタヴローギンは、その〈実験〉そのものに〈罪〉の意識を感じることはない。ニコライは単に神にかぎりなく寄り添った実験をしたまでのことで、それに耐えられずに良心がうずき始めたというのであれば、それは彼が〈神〉ではなく、単なる〈人間〉であったということを証明するに過ぎない。 ロジオンやニコライ・スタヴローギンの〈苦しみ〉は神と向かい合った者の苦しみと言えるかもしれない。否、彼らばかりではない、マルメラードフも彼の後妻カチェリーナも、そしてソーニャもまた神と向かいあって苦しんでいる。信仰しても反逆しても、神と向かい合っている人間は苦しむのである。
「(略)以前は、子どもを教えに行くって、出かけたけどさ、このごろじゃ、どうして何もしないんだい?」 「おれはしてるよ……」ラスコーリニコフは気がすすまぬふうに、そっけなく言った。 「何をしてるのさ?」 「仕事だ……」 「どんな仕事?」 「考えてるんだ」しばらく黙っていてから、彼はまじめな口調で答え ナスターシャはとたんに吹きだした。彼女は笑い上戸で、おかしいことがあると、声は立てずに、体じゅうをふるわせて笑いつづけ、気分が悪くなるまでやめないのだった。(上・65~66) ―(略) Прежде, говоришь, детей учить ходил, а теперь пошто ничего не делаешь? ― Я делаю...― нехотя и сурово проговорил Раскольников. ― Что делаешь? ― Работу... ― Каку работу? ― Думаю, ― серьзно отвечал он помолчав. Настасья так и покатилась со смеху. Она было из смешливых и, когда рассмешат смеялась неслышно, колыхаясь и трясясь всем телом, до тех пор, что самой тошно уж становилось.(26)
この場面を改めて振り返っておこう。すでにロジオンは老婆アリョーナとリザヴェータを殺してしまっている。彼はラズミーヒンの所へ寄った帰り、ニコラエフスキー橋のたもとで箱馬車の御者に背中を鞭で一撃され、激しい憎悪に駆られる。彼は欄干のそばに立って憎々しげに遠ざかっていく馬車をぼんやりと眺めている。と、このときふいに彼は〈だれか〉が彼の手に金を押し込もうとするのを感じる。彼は相手を見る。作者はロジオンの目に映った相手を次のように書いている「頭巾をかぶり、山羊革の靴を履いた商家の女房が、たぶん娘なのだろう、帽子をかぶって緑色の日傘を手にもった少女をつれて立っている」(上・230)〔пожилая купчиха, в головке и козловых башимаках, и с нею девушка, в шляпке и с зеленым зонтиком, вероятно дочь〕(89)と。 〈頭巾〉をかぶった商家の女房、〈帽子〉をかぶった少女、この二人の女性の顔が見えない。強いて言えばノッペラボウにしか見えない。〈山羊革〉の靴を履いた女房、〈緑色の日傘〉を持った少女、この二人の女性はまるで〈キリスト〉の化身のごとき存在としてロジオンの前に〈ふいに〉現れている。ロジオンは〈キリスト〉さまから恵まれた〈二十カペイカ銀貨〉を片手に握って橋の上を十歩ばかり歩いてから立ち止まり、ネワの方へ、宮殿の見える方へ顔を向ける。注意すべきはロジオンが立ち止まった地点からあと〈二十歩〉ばかりのところに〈礼拝堂〉があることである。そのことに気づいているのはもちろん作者であってロジオンではない。ロジオンは宮殿の見えるネワ川に顔を向けているのであって、〈礼拝堂〉を見ているわけではない。しばし、作者が描くロジオンの内的世界に寄り添うことにしよう。この場面はすでに引用してあるが、再び引用する。
わたしは非合法生活にも、孤独にもなれてしまった。わたしは未来を知ろうとは思わない。過去のことは忘れるようにしている。わたしには故国も、名も、家族もない。わたしはひとりでつぶやく。(17) Я привык к нелегальной жизни. Привык к одиночеству. Я не хочу знать будущего. Я страюсь забыть о прошедшем. У меня нет родины, нет имени, нет семьи. Я говорю себе:(11)
Помню, ― я был в первый раз на охоте. Краснели поля гречихи, падала паутина, молчал лес. Я стоял на опушке, у изрытой дождем дороги. Иногда шептались березы, пролетали желтые листья. Я ждал. Вдруг непривычно колыхнулась трава. Маленьким серым комочком из кустов выбежал заяц и осторожно присел на задние лапки. Озирался кругом, Я, дрожа, поднял ружье. По лесу прокатилось эхо, синий дым растаял среди беберез. На залитой кровью, побуревшей траве бился раненый заяц. Он кричал, как ребенок плачет. Мне стало жалко его. Я выстрелил еще раз. Он умолк. Дома я сейчас же забыл о нем. Будто он никогда и не жил, будто не я отнял у него самое ценное ― жизнь, И я спрашиваю себя: почему мне было больно, когда он кричал? Почему мне не было больно, что я для забавы убил его?(8)
三月十三日。 エレーナは結婚している。彼女はここ、モスクワに住んでいる。それ以上のことはなにも知らない。ひまな日には、毎朝、わたしは彼女の家のちかくの並木路をぶらつく。霜柱がやわらかくなり、足もとでは雪がさくさく音をたてる。塔のうえで時計がゆっくりと鳴っているのが聞こえる。もう十時だ。ベンチに腰をおろして、しんぼうづよく時をかぞえる。きのうは彼女に会えなかったが、きょうは会えるだろう、とわたしは自分に言いきかせる。 一年まえ、わたしははじめて彼女に会った。春、N市を通りかかったさい、朝になって、大きな木陰の多い公園に寄ってみた。湿った土のうえに頑丈な樫とすらりとしたポプラが立っていた。会堂のようにひっそりとしていた。鳥すらも啼いていない。ただ小川のせせらぎだけが聞こえる。わたしはその流れをみつめていた。水しぶきがきらきらと日に輝いていた。わたしは水の音に耳をすませる。ふと目をあげると、枝葉が織りなす緑の繻子に包まれて、むこう岸にひとりの女が立っていた。彼女はわたしに気づいていない。だが、わたしにはわかっていた。わたしが聞いているものに、彼女もまた耳をすませていることが。 これがエレーナであった。 13 марта. Елена замужем. Она живет здесь, в Москве. Я ничего больше не знаю о ней. По утрам, в свободные дни, я брожу по бульвару, вокруг ее дома. Пушится иней, хрустит под ногами снег. Я слышу, как медлено бьют на башне часы. Уже 10часов. Я сажусь на скамью, терпеливо считаю время. Я говорю себе; я не встретил ее вчера, я встречу ее сегодня. Год назад я впервые увидел ее. Я весной был проездом в И и утром ушел в парк, большой и тенистый. Над мокрой землей вставали крепкие дубы, стройные тополя. Было тихо, как в церкви. Даже птицы не пели. Только журчал ручей. Я смотрел в его струи. В брызгах сверкало солнце. Я слушал голос воды. Я поднял глаза. На другом берегу в зеленой сетке ветвей стояла женщина. Она не замечала меня. Но я уже знал: она слышит то, что я слышу. Это была Елена.(10~11)
彼はときどき口をつぐみながら、つづける。 「そう、そこにゃ、女がひとりいた……おれの連帯責任者でね……女房のようなもんだったが」 「それが?」 「いや、別に……コサックどもが殺っちまった」 窓のそとでは日がかけていた。(15~16) Он говорит нехотно. Я жду. ーДа, ーпродолжает он, помолчав, ーбыла тут одна...со мной солидарная...вроде будто жена. ーНу? ーНу, ничего...Убили ее казаки. За окном гаснет день.(10)
三月十日。 彼のことを考えるとき、わたしには憎しみも敵意もない。あわれみもない。わたしは彼には無関心だ。だが、わたしは彼の死を欲する。わたしは彼を殺さねばならぬことを知っている。テロと革命のために必要なのだ。わたしは力が弱者を倒すことを信じるが、言葉は信じない。もしできるなら、わたしは政府高官と支配者の全員を殺すだろう。わたしは奴隷でありたくないし、奴隷がいることも望まない。 殺してはならぬ、という。また、大臣は殺してもいいが、革命家はいけないという。これと逆のこともいわれる。 どうして殺人がいけないのか、わたしにはわからぬ。それに、自由の名のもとに殺すのはよいが、専制の名のもとに殺すのは悪いなどという理くつが、わたしにはどうも理解できない。(12) 10марта Когда я думаю о нем, у меня нет ни ненависти, ни злобы, У меня нет и жалости, Я равнодушен к нему. Но я хочу его смерти. Я знаю; его необходимо убить. Необходимо для террора и революции. Я верю, что сила ломит солому, не верю в слова. Если бы я мог, я бы убил всех начальников и правителей. Я не хочу быть рабом. Я не хочу, чтобы были рабы. Говорят, нельзя убивать. Говорят еще, что министра можно убить, а революционера нельзя. Говорят и наоборот. Я не знаю, почему нельзя убивать. И я не пойму никогда, почему убить во имя свободы хорошо, а во имя самодержавия дурно.(7~8)