引き籠って、アルベール・カミュ「ペスト」を読め。

 

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これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

ドストエフスキー『罪と罰』における死と復活のドラマ(2015/11/17)【清水正チャンネル】 - YouTube

 

今日で三月も終わり。窓から外を見ると公園の木が緑色に染められている。今年の二月八日で七十一歳になったが、老人の誰でもが言うように時のすぎるのが速い。大げさでなく一年が一か月くらいに感じる。

勤め先の日芸は令和二年度で非常勤講師の任期を終える。従来は七十五歳まで非常勤講師として学部の授業を務められたが、七十歳までとなった。わたしの場合は暫定処置として七十二歳まで。今まで江古田の「同心房」で一週間に一回集まって雑談していたメンバーの多くが令和二年度、つまり来年の三月末日をもって退職することになる。寂しいかぎりである。

文学や芸術は生涯をかけてやるものだから、定年など関係ない。大学が七十歳以上の研究家を必要としない見解には賛同できないが、敢えて抗議する気持ちもない。わたしは2015年の暮れから難病にかかり、その治療中である。難病の症状は薬によって抑えられているが、帯状疱疹後神経痛がいっこうによくならない。別に命に関係するわけではないが、思った通りの講義はできない。だが、七十歳を越えても身体頑強で研究教育に情熱を傾けている者もいるので、七十歳で非常勤講師を一列に辞めさせるという方針が、大学として正しい選択とは思えない。

さて、先日「ペスト」を読め、「罪と罰」を読め、などと本ブログで書いたが、今日は「ペスト」について少しばかり書くことにしたい。わたしは十七歳の昔からドストエフスキーを読み続けているが、アルベール・カミュは大学二年の時に集中的に読んだが、その後読み返してはいない。ただし、大学二年のゼミ雑誌に「不条理の世界──カミュドストエフスキーか──」を書いているので「異邦人」や「ペスト」に関してはそれなりに記憶している。この論文は大学四年の時に刊行した「停止した分裂者の覚書──ドストエフスキー体験──」と「清水正ドストエフスキー論全集」第二巻に収録してある。

「ペスト」はペストが蔓延するオランを舞台とした小説である。二十歳に書いたわたしの「不条理の世界」は五十枚ばかりのものだが、新型コレラが流行する今読み返すとなかなか面白い。後半部分を引用するので、ペストをコレラ、オランを今日の世界全体に置き換えて読んでほしい。引用は「清水正ドストエフスキー論全集」第二巻に拠る。

 

ペストは個々の意思に関わりなく、外部から襲撃してくるものであり、人間の手に負えないものである。したがってここで問題とされているのは、外部から不可抗力的に襲撃してくるペストという病原菌に対し、個々人がどのような状態におかれ、またどのような態度をとり得るかという点にある。一見、通常で平穏な町オランにペストが発生し、蔓延することによって、一種の孤立状態に置かれた人々は、この逃れることのできない極限状態を各々の仕方で体験しなければならなくなる。この作品の記録者でもあり主人公でもある医師リウー、克明な観察を「手帳」に記しておいたタルー、老吏グラン、司祭パヌルー、判事オトン、記者ランベール、喘息病みの爺さん、自殺未遂者コタールという主要人物達は、それぞれ異なった、あるいは類似した形而上学を賦与されてこの閉塞された状況に対処していく。なかでも、ペストとの遭遇によって顕著なる変化を示す司祭パヌルーと、変化を示さぬ医師リウーの関係は、作者カミュキリスト教に対する一つの見解、および極限状態に置かれた人間の取り得る二つの極端な立場を明示しているので興味深い。しかも「ペスト」という作品は、作者自身が明言しているように、最も反キリスト教的色彩の強い作品であるとするならば、なおさら読者の興味をそそるのである。

 医師リウーは飽く迄も神を否定し、人間の世界にとどまることを主張する不条理人であるのに対し、司祭パヌルーは神を肯定し、ペストは神の懲罰であるとしてオランの人々に悔悛の説教をするのである。だが彼はペストが蔓延していく途上で救護活動に献身し、ペストにおかされて死んでいく少年の姿を目撃する。彼は少年の死によって、少なからず動揺する。何故なら神を信ずるパヌルーにとって、罪なき少年の死は、今新たなる謎として彼の前に立塞がったからである。ここで読者が、一応想起しておかなければならないのは、「カラマーゾフの兄弟」の中でドストエフスキー自身が、神における究極的な問題を提起した〝大審問官〝の章である。【245頁】

 

イヴァンは神を肯定しようとして、肯定できない不正なる現実に直面して分裂し懊悩するが、医師リウーは飽く迄も明晰であり、神の存在を肯定しなければならないのだという観念は希薄である。あるいは全く存在しないといっても許されるであろう。彼にとって唯一の問題は、世界の不条理状態から逃げ出すことではなく、この不条理を明晰なる意識によって直視し、果てしのない緊張した態度で不正や悪の象徴であるペストに反抗していくことにある。神に背を向けて、飽く迄も地上的世界にとどまろうとする首尾一貫した姿勢を崩さない医師リウーは、いかにしてペストに抵抗し、ペストと闘い、それに打ち克つかということを第一の問題とする。ここに医師リウーの不条理人であると同時に反抗的人間である立場が確立される。【247頁】

彼はまず何よりも治療することが先決問題であることを訴え、医師として職務を忠実に果たしている。だが彼の実際していることは治療ではなく「診察し、発見し、調べ、記述し、登録し、宣告」するだけなのである。彼の医師としての職務に忠実であるということは、ペストに対して勝利を予想した行為ではなく、むしろ敗北であることを明白に自覚しながら行われている不条理人の反抗にしか過ぎない。地上の世界に蔓延する悪に対して、人間は勝利をおさめることはできない。ただ悪に対して眼を瞑ることなく、悪を直視し、それに抵抗していく姿の中に不条理人の真の姿が浮彫されるのである。したがって医師リウーは、ペストに対して無力であり、敗北者である自己を十分に自覚した上で、なお職務に忠実であろうとしているのである。

 リウーは医師であるよりも前に、オランから「何百キロか離れた」療養所に細君を持つ一人の夫であり、その点に関してのみ、オランから離れた所に愛人を待たせてある記者ランベールと同等の立場に置かれていた。だがそれにも拘らず、彼は記者ランベールのように逃走の計画を練ったりはしない。何故なら、不条理に目覚めてしまった人間に

とって自分一人の幸福を願うことは恥ずべきことであり、不条理人としての誠実さに欠くからであると説明する。ここで留意すべきは、医師リウーは決して、司祭パヌルーを、記者ランベールを非難したりはしなかったという点である。

 医師リウーの第一の分身でもあるタルーは「人は神によらずして聖者になりうるか」といった今日的な「唯一の具体的な問題」を追求しているのであるが、キリーロフの人神思想が自殺によって完成されるのに対し、タルーは「僕は死ぬ気はないし、戦ってみせるよ」と断言しているように、そこには明白な相違がある。リウーはタルーの「唯一の具体的な問題」に対して「僕は自分で敗北者のほうにずっと連帯感を感じるんだ、聖者なんていうものよりも。僕にはどうもヒロイズムや聖者の徳などというものを望む気持ちは思う。僕が心をひかれるのは、人間であるということだ」と言って、飽く迄も人間であることにとどまろうとする。このリウーの言葉に対してタルーは「僕達は同じものを求めているんだ」と同意しながらも「しかし僕の方が野心は小さいね」と呟く時、われわれは医師リウーの不条理に生きることが、タルーの神なくして聖者になろうとする生き方よりも、さらに苦悩的であることを認識する。

 だが、私にとって本質的な疑問は、彼の医師としての職務を忠実に遂行する原動力はに存在するのかという点である。確かにペストに襲われたオランは追放された町であり、住民のある者は離別の悲しみを背負いながらも、それに耐え、何人かの人々は救護活動を通して人間の連帯に目覚めていく。作者カミュは、その過程を克明に描いてみせた。

 記者ランベールはリウーの境遇を知って町にとどまり、妻の家出によって一編の小説を書き上げようとしている老吏グランはリウーに身の上話や相談をもちかけ、タルーはリウーの唯一の親友でもあった。彼等は隔離された極限状態の中でペストに抵抗することを通して連帯していった。

 だが、このことは私の疑問を解消させてはくれないのである。神がなければ、医師は職務を忠実に果たさなければならない根拠を消失しているのである。自身を正義の遂行者だと信じて疑わなかった「転落」の主人クラマンスが、ある事件を契機として、正義に生きる自己のの偽善性を発見したように、神なき世界における正義の遂行などということは絶対にあり得ないのである。少なくとも医師リウーは、職務を忠実に遂行することが何故、人間として〝誠実〝であるかの自問自答をする必要があったのである。

 

 私は、例え神なき世界において医師リウーと同じような生き方をしか選べないとしても、彼の生き方に全面的に同意することはできないのである。何故なら、私は神に背を向けて不条理人であることの悲劇よりは、神を前にして、なお不条理人であることの悲劇を受け入れる立場にとどまらざるを得ないからである。

 神なき世界における誠実な行動家の欺瞞たらしさを思えば、傍観者であったり、逃亡者であったり一群の人々を責めたりすることはできないできないであろう。われわれは安易に神の死の宣告を受け入れ、カミュ的不条理人であることに開き直ってはなるまい。神は存在しない、それは確かであるとしても、やはり神は存在しなければならないのである。故に、私は分裂と狂気のままに生きるか、又はドストエフスキー的不条理人としてとどまらざるを得ない。これは悲劇である。だが、現代人は依然としてこの分裂した悲劇の状態から出発するか、あるいはとどまっていなければならないのだ!【247~249頁】

引き籠って「罪と罰」を読め。人類破滅を予言する恐ろしい悪夢を味わったらいい。

近況報告

相変わらずの引き籠り生活。新型ウイルスの蔓延化で世間は大騒ぎ。大学も卒業式入学式の中止などで精一杯の対策に追われている。授業もいつ開始されるかわからない状況にある。学生時代に読んだアルベール・カミュの「ペスト」や、「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフのシベリアでの悪夢などを想起させる。テレビは観ないし、新聞も読まず、もっぱらネットで情報を得ている。「deep max」「状況の交差点」「kajiちゃんねる」などが面白い。「kajiちゃんねる」の加治将一氏はわたしと同年齢。毎日のように発信している。共感するところが多い。彼の作品「舞い降りた天皇」「失われたミカドの秘紋」「第6天魔王信長」「倒幕の南朝革命 明治天皇すり替え」をアマゾンで購入。わたしの批評方法とも共通するところがあり面白く読んだ。

ところで新型ウイルスの件だが、感染者数死者数など、つまり「数」が大きく取り上げられている。これを機会に一人一人が生きてあることの意味を深く考えたほうがいいだろう。生とは何か、死とは何か。カミュドストエフスキートルストイもわが魂の震えをもって「人間とは何か」「神は存在するのかしないのか」を徹底的に追求した小説家である。わたしは「罪と罰」を半世紀にわたって読み続け、批評し続けているが、いっこうに飽きることがない。ネット上で政治、経済の危機を熱く語るものは多いが、彼らの言説には哲学、文学がない。いちいち詳しくは書かないが、この際一か月くらい引き籠って「ペスト」「罪と罰」を読んだらいい。先人たちがどれほど深く根源的な次元で「ウイルス」問題を扱っていたかがわかるだろう。

 池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=bKlpsJTBPhc

 

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文芸批評の王道    夏目漱石から清水正へ 連載5此経啓助

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挨拶する此経啓助氏

2018年11月23日 「清水正ドストエフスキー論執筆50周年記念 清水正先生大勤労感謝祭」第一部「今振り返る、清水正先生の仕事」(日大芸術学部資料館に於いて)で挨拶する此経啓助氏(元日芸文芸学科教授)

報告

自宅(清水正D文学研究会)の住所名が昨年下記のように変更になりました。

〒270-1151 千葉県我孫子市本町3-6-19

 郵便物などはこの住所宛にお送りください。

 池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=bKlpsJTBPhc

 

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ドストエフスキー『罪と罰』における死と復活のドラマ(2015/11/17)【清水正チャンネル】 - YouTube

ドストエフスキー曼陀羅」9号に掲載した此経啓助氏の原稿を連載します。

文芸批評の王道
   夏目漱石から清水正
 連載5

 
此経啓助

おわりに
  近年ベストセラーとなったトマ・ピケティ著『 21 世紀の資 本』は、数字データの少ない過去の経済状況を読者に理解し てもらうために、同時代の古典文学作品から金銭の価値や貧 富の格差などを描いた場面を巧みに引用している。たぶん多 くの読者の印象に残った作品は、バルザックの『ゴリオ爺さ ん』だろう。バルザックは周知のように、 19 世紀前半のフラ ンスを代表するリアリズム作家だ。それこそ「世界文学」全
集の要の作家だが、この小文でいう「世界文学の地平」に登 りつめた。
  「世界文学」の作家たちは、「世界」(バルザックならば「生 活世界」)のすべてがよく見えている。私たち読者がそれを 知ったとき、「微にいり細にいり、よく描けている」という。 しかし、たとえば清水先生が「解体」しようとする場面は最 初、読者には細かすぎて、あるいは物の陰に入ってよく見え ない。ピケが引用した場面を読んでいたにしても、「ゴリオ 爺さん」が人生の達人であることに気がつけないように。清 水先生はそうした場面を巧みに「再構築」することによって、 場面の「微に入り細にいり、よく描けている」真の姿を私た ちに見せてくれる。
  「世界文学」の小説家や批評家は、「世界」の時空を「パー スペクティヴ」(作品の場面)で瞬時に切り取る。映画フィ ルムの一場面のように。読者はそれが二六コマで回転してい る事実を教えられなければ知らない。その仕組みを教えるの が「理論」ならば、その一コマに写し出されたもの(ミメー シス)を教えるのが「哲学」だろう。漱石が「文学論」によっ て前者に力を傾注したとすれば、清水先生は「解体と再構築」 批評によって後者に五〇年の歳月を注いできた。漱石は「文 学論」を立脚点にして、「世界文学」執筆にカーブを切ったが、 二人は文芸批評の王道のスタートライン(「文学」とは何か への問いかけ)を同じにし、決して道を踏み迷わなかった

「チョコチョコ」と「二代目はづきちゃんねる」をご覧になってください。

近況報告

相変わらず帯状疱疹後神経痛で一日の大半を横になって過ごしている。

痛む腹部に布団を強く押し当てて、多くの時間を動画を観て過ごしている。

札幌学派の安濃豊氏、日本第一党党首の桜井誠氏、それにN国関係の動画を観ている。
歌は東亜紀、東京大衆歌謡楽団など。

東亜紀ちゃんは小学六年生、数年前から観ている。癒しの歌姫である。日本を代表する世界的な歌手になること間違いなし。

N国関係で今一番注目しているのが「チョコチョコ」。2月7日8日の北海道の旅・生配信はすべて観た。何しろ痛みで眠れないのでいつまでも観ていられる。大阪在住のチョコチョコを北海道に招待したリスナーの丸子さんと、北見で合流した同じくリスナーの「二代目はづきちゃんねる」のはづきさんの優しさに心しびれた。チョコチョコは口はわるいが人の好さは抜群、心でつながった者どうしのやりとりは観ていてこころ和む。三人ともに初対面なのに何年もつきあってきた友人・同志に思える。

感動のおもむくまま、「二代目はづきちゃんねる」をみると、登録者数は80人代であった。これが一日もたつと倍以上の登録者数となっていた。チョコチョコの生配信に感動した者たちが登録したのだろう。ちなみにわたしは150人目に登録した。北見の焼肉祭りですきっ腹にアルコールを飲みすぎたチョコチョコは祭りの後にノックダウン、その倒れた姿のままに動画を配信、最後まで看病と配信を手伝ったはずきさんに感動しなかった者はいないだろう。このせちがらい世の中に丸子さんやはづきさんのような優しいひとたちがいることをしるだけで心がなごむ。日本もまだまだ捨てたものではない。一人でも多くのひとに知ってもらいたいと思い、この文章を書いている。ぜひとも「チョコチョコ」と「二代目はづきちゃんねる」をご覧になってください。

https://www.youtube.com/watch?v=e7LAM331jmw

https://www.youtube.com/watch?v=u4ouzLwhUvM&t=359s

文芸批評の王道    夏目漱石から清水正へ連載4 此経啓助

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挨拶する此経啓助氏

2018年11月23日 「清水正ドストエフスキー論執筆50周年記念 清水正先生大勤労感謝祭」第一部「今振り返る、清水正先生の仕事」(日大芸術学部資料館に於いて)で挨拶する此経啓助氏(元日芸文芸学科教授)

報告

自宅(清水正D文学研究会)の住所名が昨年下記のように変更になりました。

〒270-1151 千葉県我孫子市本町3-6-19

 郵便物などはこの住所宛にお送りください。

 池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。

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ドストエフスキー曼陀羅」9号に掲載した此経啓助氏の原稿を連載します。

文芸批評の王道
   夏目漱石から清水正
 連載4

 
此経啓助

ディープ・リーディング


  清水先生の前出「自筆年譜」にこんなことが書かれていて、 漱石との符合に驚かされたと同時に、ディープ・リーディン グ(深い読み)について考えてみたくなった。驚かされた文 章は、先生が三〇代になって出版した『ドストエフスキー── 中期二作品
── 』の「自著をたどって」よりだ。
  「この本の表紙に使ったのは私が十九歳頃にワラ半紙に書 いた『悪霊』論の一枚である。当時わたしは極めて小さな文 字で原稿を書いていた。ワラ半紙一枚に四百字詰め原稿用紙 に換算して五十枚ほどになる文字を書いたこともある」
  漱石もまた留学中、ノートに「蝿頭の細字」で書いた。清 水先生は「神経は異常に研ぎ澄まされて」、漱石は「英国人 は余を目して神経衰弱といへり」という。二人は膨大な量の 文字を書いていた訳だが、それは膨大な量の文字を読んでい たことでもある。もちろん、自分の書いた文章だけでなく、 書く前提としての読書を指している。
  漱石は「文学論」を書くために、「余は余の有するかぎり の精力を挙 あ げて、購える書を片 かたはし 端より読み、読みたる個所に傍注を施 ほどこし、必要に逢ふごとにノートを取れり」(「序」) と述べている。また、すでに「いっさいの文学書を行 かう 李 り の底 に収めたり」。漱石の読書が量の上でも、書の種類の上でも、 半端ない。
  清水先生はしばしば、五〇年間繰り返し読んでボロボロに なった、また多量の付箋で分厚くなった文庫本『罪と罰』を 見せて、先生がどれだけ『罪と罰』を繰り返し重ねて読んで、 「ドストエフスキー論」を書いてきたかを示してくれた。
  読書には、二人の読み方のように、多読、再読、熟読など 多様な方法がある。清水先生が「世界文学の地平」から読ま ねばならぬという宮沢賢治林芙美子も、広く知られた大変 な読書家だ。そこで、彼らの読書法を貫く(と私が「想定」 する)ディープ・リーディングについて、言い換えれば、こ の読書法が彼らを「世界文学の地平」に到達させた理由につ いて、清水先生を引き合いに出しながら考えてみたい。
  先生がドストエフスキーの作品論を何冊出版されたか。『清 水正   ドストエフスキー論全集』(全一〇巻)が最近完結し たばかりなのに、先生はさらに続編一〇巻の刊行を予定して いるという。問題は内容だが、先生が豪語するように、テー マは常に新しく、先生いわく「再読するたびに、新しいテー マが見つかる」。すでに三冊目の評論集『ドストエフスキー 体験記述 ── 狂気と正気の狭間で ── 』で、こう述べてい た。

  「ドストエフスキーの作品群は、私にとって偉大な現代文 学であり現代心理学であり現代哲学であり、人間存在の深淵 に照明を与えてくれる唯一のものとして存在し続けた。ドス トエフスキーの世界を解明する作業が、現代に生きる私自身 の存在のあり方を解明する作業である限り、私は一生彼の宇 宙を彷徨い続けなければならないのであろう」(「あとがき」 より)
  ここで注意したいのは、ドストエフスキーの作品に文学 が、心理学が、哲学があるかは読んで見なけれ分からない が、二〇代半ばになったばかしの青年がそれらが「存在し続 けた」と過去形で、断定していることだ。先生はよく「一〇 代で、世界がすべて見えてしまった」という。この発言を素 直に肯定すれば、先生はドストエフスキー作品に「見えてし まった」、「存在し続けた」文学、心理学、哲学を五〇年間か けて写し続けてきたことになる。先生を天才に仕立てようと している訳ではないが、「自筆年譜」に掲載された一四歳の ときの日記に記した「万物はすべてくりかえし」は、その傍 証になるかも知れない。先生はこう説明している。
  「アインシュタイン相対性理論を一般者向けに書いた本 の影響を受け、時間は繰り返すという思いに至った。この時 からわたしは必然者となった。一挙に善悪観念は瓦解し、眼 前の世界は〈真っ白〉になった。これは比喩的表現ではなく、 全身体感である。世界の秘密が一挙に解けた瞬間の体験」「有は無であり、無は有である」
  私はこうした出来事の原因が読書のディープ・リーディン グ(以降、DRと略す)にあると思っている。DRは読書を 通じて、本(文字のページ)が繰り広げるリアルな世界を体 感できる力のことだ。『新記号論   脳とメディアが出会うと き』(株式会社ゲンロン)は哲学者の東浩紀が主宰する「ゲ ンロンカフェ」に、東大教授の石田英敬をゲストに迎えて行 なった公開講座のドキュメントだ。そこで、石田はこんなこ とをいう。
  「これからの文学理論は、『カラマーゾフの兄弟』をディー プ・リーディングする脳とはなにかがきちんと説明できて、 それとの関係でドストエフスキー文学を位置づけられないと ダメだと思う」
  私はそれに挑発された訳ではないが、DRを考えてみたく なった。同書で、石田は「本の頁は自然と同じような空間的 拡がりであり、三次元の奥行きを持った記憶の構築体なので す」という。それは作家の大江健三郎が再読(読み直し)を「本 の持つパースペクティヴのなかで読むこと」(『憂い顔の童子』 より)という説明と重なる。続けて、そう語る作中人物は 「それが言葉の迷路をさまよっているような読み方を、方向 性のある探求(クエスト)に変える」と続けている。大江は これが哲学者のロラン・バルトからの引用だと断っているの だが、バルトは『S/Z』で、再読を消費(読み捨て)から 救うすぐれた読み直しについて、それは良き再読者が「テキ ストをその多様性と複雑性のなかで増殖させるからである」 と解説している。清水先生はこの良き再読者だが、同時にこ の「パースペクティヴ」を瞬時に見てしまうDRの持ち主で もある。つまり、先生の批評方法「解体と再構築」の「解体」 とは、このDRではないだろうか。とすれば、「再構築」は「見 えてしまった」ものを書き写す作業のことではないだろうか。 同時に、良き再読者の先生は、新しく「増殖」した「テキス ト」をもとに、新しい批評を書く。
  このDRの持ち主である漱石もまた、学生時代・留学時代 のDRを通じて、「文学論」の「世界がすべて見えてしまっ た」に違いない。だから、いきなり「およそ文学的内容の形 式は(F+f)なることを要す」と書き出すことができたのだ。 「文学」とは何かを究めたら、自らの創作でその真実を証明 しようと計画していた漱石は、「文学論」三部作を短期間で 書き上げなければならなかった。中途半端に出版してしまっ た事情について、漱石は『文学論』「序」で弁明しているが、 私は結局「見えてしまった」ものを書き写す時間が足りなく なってしまったからだ、と思っている。
  また、文芸批評は他人の作品を批評する作業なので、どう しても他人の作品を引用することがしばしば起こる。「文学 論」の漱石も清水先生も引用の回数が多いばかりでなく、引 用文が長い批評家だ。「文学論」の引用回数は三二〇余り。
清水先生は「自筆年譜」の『「虐げられた人々」論』(一九八一 年)の「自註」で、こう書いている。
  「ドストエフスキーの作品を読めば読むほど全文引用する より他はないのじゃないかと思い、現にこの論考はかなり引 用が多い。長い引用は、批評家にとってはどこかしら屈辱的 な思いを感じるものである。引用も批評のうちと開き直って 論をすすめたが、やはりそれが批評として成功したとは思え なかった。この思いは今でも変わらない。しかし、長いドス トエフスキー研究の途上でこういった引用だらけの批評も あっていいのではないか、こういった地点も通過していかな ければ先に進めないのだ、と思ったことも確かである。
  『虐げられた人々』のワルコフスキー公爵が発する言葉は きわめて魅力的で、彼の言葉はいくら長く引用しても退屈す ることは全くなかった。彼の〈言葉〉を乗り越える〈言葉〉 ははたしてあるのだろうか」
  DRは作品の内と外の時間を統一して、現在の一点にして しまう。「日記」に「有は無であり、無は有である」と記し た清水少年は、六〇代になって、「〈有〉とは全世界、全宇宙、 全自然、今、ここに現象するあらゆるものを指している。 〈今、ここ〉とは〈過去〉(もはやない)と〈未来〉(まだない) の合流する零を意味する」(『д文学通信』一四二六号)と説 明しているが、現在の一点とはその「今、ここ」といっても いい。鶴見俊輔のいう「世界を一つのものとしてとらえる感覚で貫かれているもの」である「世界文学の地平」といって もいい。そこに現象する批評対象の作品は、現実の世界のす べてが私たちにそのまま引き受けてほしいように、ミメーシ ス(現実描写・模倣)されることを願って、存在している。
  長い引用文は「世界文学」のミメーシスを尊重している証 なのだ。それは交換のきかない「今、ここ」そのものだ、と いってもいいだろう。「世界文学」は浅い読みでカテゴリー 化されることを拒んでいる。「世界文学」はDRを通じて、 文字どうりの「世界」につながる「文学」になる。DRの見 た「世界」は、「世界文学の地平」に到達した作家・批評家 によって、それぞれに異なる。漱石が見た「世界」、清水先 生が見た「世界」、それらを発見することが読者にとっての DRの楽しみだ。
 

『罪と罰』論60枚失う。

近況報告

1月24日に「江古田文学」連載中の原稿を編集部に送る。翌25日、ポメラの操作ミスで原稿60枚分24000字ほど失う。前回も操作ミスで書き溜めた原稿を失っている。失った六十枚を復活させることはほぼ不可能。何しろ昨年の九月中に執筆したものであり、何を書いたのか明確に思い出すことはできない。失うたびにがっくりするが、性懲りもなくポメラを使っている。「江古田文学」での連載は7回で打ち切ることにした。『罪と罰』については引き続き執筆を開始している。

来年はドストエフスキー生誕200年に当たる。わたしの計画としては『清水正ドストエフスキー論全集』11巻は刊行したいと考えている。

文芸批評の王道    夏目漱石から清水正へ  連載3 此経啓助

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挨拶する此経啓助氏

2018年11月23日 「清水正ドストエフスキー論執筆50周年記念 清水正先生大勤労感謝祭」第一部「今振り返る、清水正先生の仕事」(日大芸術学部資料館に於いて)で挨拶する此経啓助氏(元日芸文芸学科教授)

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自宅(清水正D文学研究会)の住所名が昨年下記のように変更になりました。

〒270-1151 千葉県我孫子市本町3-6-19

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 池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=bKlpsJTBPhc

 

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これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

ドストエフスキー『罪と罰』における死と復活のドラマ(2015/11/17)【清水正チャンネル】 - YouTube

ドストエフスキー曼陀羅」9号に掲載した此経啓助氏の原稿を連載します。

文芸批評の王道
   夏目漱石から清水正
 連載3

 
此経啓助

「文学」とは何か
  さて、改めて漱石の「自己本位」の原点をひとことでいえ ば、「文学」とは何かへの強い問題意識だったと思う。その 結実が「文学論」の講義だが、残念ながら学生たちの評判は あまり良くなかったという。出版された『文学論』もまた、 現代まであまり読まれてこなかった。そもそも日本の文学界 では、「文学」とは何かというテーマは人気がない。しかし、 漱石の「文学とはいかなるものぞ」を「解釈せん」とする「決 心」は、実にすさまじいものがあった。
  「余は下宿に立て籠 こもりたり。いっさいの文学書を行 李 の底 に収めたり。文学書を読んで文学のいかなるものなるかを知 らんとするは血をもって血を洗ふがごとき手段たるを信じた ればなり。余は心理的に文学はいかなる必要があって、この 世に生れ、発達し、退廃するかを極 きは めんと誓へり。余は社会 的に文学はいかなる必要あって、存在し、隆興し、衰滅する かを究 きは めんと誓へり。
  余は余の提起する問題がすこぶる大にしてかつ新しきがゆ ゑに、何 なんびと 人も一二年の間に解釈しうべき性質のものにあらざ るを信じたるをもって、余が使用するいっさいの時を挙げ て、あらゆる方面の材料を収集するに力 つと め、余が消費しうる すべての費用を割 さ いて参考書を購 あがな へり。この一念を起してよ り六七ヶ月の間は余が生涯のうちにおいてもっとも鋭意に もっとも誠実に研究を持続せる時期なり。しかも報告書の不 十分なるため文部省より譴 けんせき 責を受けたる時期なり。(中略)
  留学中に余が蒐 あつ めたるノートは蝿 ようとう 頭の細字にて五六寸の高 さに達したり。余はこのノートを唯一の財産として帰朝した り」(『文学論』「序」)


  しかしながら、漱石は『文学論』「本編」では、「序」のこ うした混沌とした苦悩をかなぐり捨てるように、いきなりこ うはじめる。
  「およそ文学的内容の形式は(F+f)なることを要す。 Fは焦点的印象または観念を意味し、fはこれに付着する情 緒を意味す。されば上述の公式は印象または観念の二方面す なはち認識的要素(F)と情緒的要素(f)との結合を示し たるものといひうべし。吾 ご 人 じん が日常経験する印象および観念 はこれを大別して三種となすべし」
  続けて「三種」を羅列し、さらにそれぞれを詳述する。た とえば、「(一)Fありてfなき場合すなはち知的要素を存し 情的要素を欠くもの、たとへば吾人が有する三角形の観念のごとく、それに伴 とも なふ情緒さらにあることなきもの」として、 詳述に「幾何学の公理あるいはNewtonの運動法則」を 加える。
  「序」と「本編」との大きな落差にびっくりしてしまうが、 漱石の「批評的鑑賞」は理論上では「科学」なのだ。前出の 『文学評論』「序言」で、こう述べている。
  「文学はもとより科学じゃない。しかし文学の批評または 歴史は科学である。少 すくな くとも一部分は科学的にやらなければ ならぬ。できるかできぬかはもちろん別問題である」
  大部の『文学論』すべてがこうした抽象的なことばで叙述 されている訳ではない。多数の「科学」(心理学や社会学など) 関係の書物からの知識と引用と同時に、大量の東西文学作品 が「文学」の例証のために原文引用されている。文章は例証 文「そのものの構造、組織、形状等を知るための態度で、す こぶる冷静なるものである」(前出「序言」)ように努めてい るが、「文学評論」ほどではないものの、小説家らしい叙述 の巧みさがある。
  余談だが、吉田は「もし一般的な「文学論」としてならば」 といって、二つの注文をつけている。一つは「「文学」一般 の意義・目的・本質などからはいってゆくべきであろう」。 二つは「材料としてもイギリスに限らず、大陸文学、あるい はアメリカ、さてはギリシア・ラテンから東洋のそれを広く 渉 しょうりょう 猟する必要もないとはいえない」。私は漱石も清水先生もこうした注文を拒絶することで、「世界文学の地平」に到達 したと考えている。
  いずれにしても、漱石の「文学」とは何かへの執拗な探究 心を支えていたものが「科学」だった。「科学」と「哲学」 といったほうが正確かも知れない。帝国大学文科大学英文科 に入学した漱石は、英文学に加えて必須科目の「哲学入門」 を受講した。教師はみなお雇い外国人で、とうぜん英語の講 義だが、内容は漱石のいう知識の「陳列」だった。後年、先 に述べたように、それも教育の一方法として肯定した漱石だ が、これでは「文学」とは何かさっぱり分からなかった。独 自の「文学論」を考えるに際して、「哲学」(とくにヘーゲル弁証法)が役に立ち、漱石の晩年まで続く哲学遍歴がはじ まった。そこに「科学」が伴走者として加わった。
  小山慶太著『漱石が見た物理学』(中公新書)によれば、 「漱石が生きた半世紀(一八六七ー一九一六)を、物理学の 歴史で捉えてみると、それはまさしく激動の時代であったこ とがわかる。一六世紀から一七世紀にかけて起きた、近代科 学に匹敵する“科学革命”の時代であったと表現しても過言 ではないのである」。私たちのよく知っている物理学者の名 前をあげれば、キュリー夫人、レントゲン、プランク、アイ ンシュタイン、ラザフォードなどがおり、彼らの物理学上の 大発見は世間を大いに騒がせた。
  漱石にとっての具体的な出来事は、ロンドン留学中での化学者・池田菊 きくなえ 苗との邂逅だ。菊苗が留学先のドイツからの帰 路、立ち寄ったロンドンで漱石と出会い、親交を深めた。菊 苗は「日本の物理化学の基礎を築いた科学者である。あるい は味の素の発明者と書いたほうがわかりやすいかもしれな い」(同書)。漱石はこの邂逅で、苦悩していた「文学論」に 大きなヒントを得た。赤木昭夫著『漱石のこころ    その 哲学と文学』(岩波新書)によれば、この邂逅によって、「菊 苗の発明が「味の素」だから、たとえるならば、漱石は文学 の素を発明したことになるだろう」という。その「科学」の 背景については、こう説明している。
  「菊苗が「味の素」の発明をめざした頃は、まだ原子の存 在がひろく物理や化学の学界で承認されていたわけではな かった。物質は分子から成り立ち、分子は原子から成り立つ と、あくまでも想定して、化学者は化学反応などの現象を模 索していた。(中略)つまり、原子を「想定」しなければ、「味 の素」は発明されなかったわけだ」
  漱石は「文学」にも「原子」に相当する、つまり「文学」 を統一している単一な存在を「想定」したに違いない。二〇 世紀の物理学と近代科学との違いは、近代科学が自明なもの の原理から出発したが、二〇世紀の物理学が自明でないもの を原理にして、つまり「想定」(仮説)から出発したことだ。 漱石は「文学の素」に「およそ文学的内容の形式は(F+f) なることを要す」を「想定」して、それを証明するために、
文学作品(現象)を材料にして演繹理論(例証)を展開した。 「(F+f)」から生まれた「形式」は、細目を数えれば約 九〇項目におよぶ。背後には膨大なノートと神経衰弱と狂気 がある。しかも、肉体をぶつけられるリアルな「ドストエフ スキー御本尊」がある訳ではない。「文学論」を書き上げな い限り、「文学」は実体を持たない。矛盾が漱石を苦しめる。
  一方、清水先生は『ドストエフスキー体験』において、「ド ストエフスキーの作品評論」が無用な理由について、こう書 いている。
  「ドストエフスキーの作品を自身の存在に関る問題として 読んだ事のない読者が、ドストエフスキーの作品評論を何度 読み返しても、はっきり言って無意味であるからだ。もちろ んドストエフスキーの作品を懊悩し、悶え、額に油汗を滲ま せながら読破した者にとっては、なおさらドストエフスキー の作品評論など邪魔くそなものなのだ。私はその事を当然の 理として認める。そしてこの事を認めた私にとって、これか ら書こうとしている「カラマーゾフの兄弟」についての評論 を書く必要性は全く消失した。そこで私は何も書かなくとも よい訳である。ましてや読んでもらわなくともけっこうであ る」
  では、「何も書かなくともよい」ならば、「作品評論」とは 何か、「文学」とは何か。矛盾が先生を苦しめる。だが、そ うした矛盾を超えて書かなければならない「文学」は、確かにある。清水先生の、漱石の頭の中に、信念の塊になって。 「体験」と「想定」、それらを外に吐き出さない限り、「文学」 とは何かを問い続ける道は開けないだろう。