アニメ『TOM THUMB』(NIKOLAY LICHTENFELD and IVAN KOSTIURIN)を観る アニメ版・二十一世紀の黙示録(連載4)

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アニメ『TOM THUMB』(NIKOLAY LICHTENFELD and IVAN KOSTIURIN)を観る

アニメ版・二十一世紀の黙示録

清水正

連載4

 当初、書割のような〈森〉には人間たちばかりではなく〈シカ〉〈ウサギ〉〈クマ〉(〈森〉の守護神のような怪物で、〈森〉の中に踏み入って来る者たちを穴蔵から凝っと見つめていた。現に存在する動物の姿(クマやオオカミ)を象った怪物かも知れないし、伝説的な獣かもしれないが、詳らかにしないのでここでは単にクマとしておく。いずれにしてもこの怪物は〈森=神殿=九)の中に踏み込んできた〈木こり〉やTOMや〈巡礼者=祈祷師=斧虫=蟷螂〉の姿を終始監視し続けていた)それにハサミやメス(外科用の小刀)やネジなどで合成された〈ハサミ鳥〉なども生息していた。
 〈シカ〉〈クマ〉は縫いぐるみ、〈ハサミ鳥〉は人工的な金属器具で作られているが、このアニメの世界の中では命を吹き込まれて生物と同様の敏捷な動きをしている。大木には〈キツツキ〉の巣がかけられ、その中には〈二つ〉の卵が産み落とされている。

数字〈2〉は対立する二者を結び付け、調和と平和をもたらす数字であるが、このアニメにおいては〈死〉や〈破壊〉を意味する場面が多い。切り倒された大木や電気作業員や電信柱などが次々に巣に〈二つ〉の卵のあるこの〈森〉の神殿に倒れこんでくる。木こりたちは大木を伐採したり、〈二人〉一組になって鋸で輪切りにしたり、大木〈二本〉を十字に重ねて切ったりしている。十字に重ねらせれた大木二本は十字架を連想させる。

 


 この〈森〉の中には電信柱が倒れてきたり、電気作業員が落ちてきたり、伐採された大木がきちんと並べられたりする。〈森〉(神殿)を壊滅する圧倒的な力は木こりの親方が担いでいる〈斧〉と〈巡礼者=斧虫=蟷螂〉が木の幹に打ち付けていくカード〈2〉によって明確に暗示されている。木株に打ち刺された〈斧〉、その傍らを〈斧虫=蟷螂〉が通り過ぎていく場面は戦慄的である。


 作者は書割的〈森〉の中を木こりたちをはじめ、それに続くものたち(シカ、ウサギ、クマ、オオトカゲなど)を画面左から右、右から左へと繰り返し移動させている。この人物たちの規則正しい移動は画面下から上への移動によって表現され、このアポロン的に図式化された〈森〉に果てしのない奥深さを与えている。
 やがてこの静謐な〈森〉において登場人物たちの殺すか殺されるかの壮絶なバトルが執拗に繰り返されることになる。〈森〉はこの時点で〈神殿〉としての聖性を容赦なく侮辱され愚弄されていたと見ることもできる。この自然の〈森〉、〈神殿〉としての聖性を護持していた筈の〈森〉は木こりたちが持ち運んだ〈斧〉と〈祈祷師=蟷螂〉の所持していた〈2〉(死と殺しのカード)によってディオニュソス的な闘争空間と化すのである。

 


 逃げるTOM、逃げまどう木こりたち、追いかけるシカ、クマ、ハサミ鳥、彼らの壮絶なバトルは果てしなく続くかのようだ。木こりたちはシカの角に振り回され、クマの大きな口に呑み込まれる。ハサミ鳥の各部分は鋭い凶器となってTOMの全身に突き刺さる。が、この森の中にあって死者は例外なく蘇る。TOMが放り投げた〈斧〉はクマの腹を断ち割り、呑み込まれた木こりたちが次々に出てくる。やがてこの壮絶なバトルは、すべての登場人物が団子状に丸められてしまうことで決着する。が、このアニメにおいて一つの破滅は新たな創世を用意している。

 

 〈森〉が〈神殿〉でもあったこと、及び壮絶なバトルの場でもあったことを確認した上で、〈蟷螂〉の巡礼の旅を追うことにしよう。


 一見スマートな女性のごとき様相でこの森(世界)を通過する者は、人物に変容した〈蟷螂〉で、かれはまるで外科医が所持するような様々な器具を整然と納めた鞄を右手にぶら下げている。この鞄には世界を拡大して隅々まで透視できるかのような虫メガネや、〈2〉のカードが納められている。〈2〉は先に指摘したように〈殺し〉や〈死〉を意味している。この〈巡礼者〉でもあり〈祈祷者〉でもある〈蟷螂〉はあたかも死を支配する霊的存在者としての不気味な貌を醸し出している。


 ここで人物たちの歩く方向性について指摘しておこう。人物たちは八割がた画面左から右へと移動している。これは小屋から出て〈斧〉を肩に担いだ男とその配下の六人、およびその後に従うTOM、そして鞄をさげた人物に変容した〈蟷螂〉などが、最初から画面右に象徴される目的地に向かっていたことを示している。厳密に言えば、彼らは右から左、左から右へと繰り返し往復することで森の奥地へと突き進んでいる。
 〈斧〉を担いだ男たちの目的は森の大木を切り倒すことにある。切り倒された大木は製材所で整えられ、その一部は電信柱として使用される。つまり木こりたちは森(自然)を破壊して文明発展のために尽くす役割を果たしている。しかし、電信柱が折れ、作業員諸共に森の中に投げ落とされる場面が描かれている。〈斧〉によって切り倒された大木は文明発達の役に立ってはいるが、同時に取り返しのつかない事故による自然の側からの復讐もある。作者は一義的な、人間に都合のいいだけの発展などないことを冷徹に見据えている。
 森に向かう途中、TOMは製材所の中に立ち入り、歯車に足をかけたりして遊んでいるが、機械に巻き込まれそうになる。この場面はチャップリンの『モダン・タイムス』の一場面を想起させるが、要するに機械文明に対する一種の警告がさりげなく示された場面と言えよう。