随想 空即空(連載112)内村鑑三の不敬事件を巡って#ドストエフスキー&清水正ブログ#
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随想 空即空(連載112)内村鑑三の不敬事件を巡って#ドストエフスキー&清水正ブログ#
鑑三がキリスト者として偶像崇拝を断固として拒否する態度を示すとならば、そもそも教育勅語の奉戴式に出席しなければよかったのである。現に奉戴式を欠席した同僚もいた。が、鑑三は性格的に要領のいい対応ができない。偶像崇拝を禁じるキリスト者でありながら、覚悟のないまま奉戴式に出席し、多くのひとの面前で中途半端な態度を晒してしまう。この鑑三の曖昧さは不敬事件で端的に露呈するが、彼はこの曖昧の根源を見据えず、さらに曖昧を上塗りし続ける。同僚の教師、学生はもとより世間から厳しく批判された鑑三は、代理人を通して勅語の宸署に敬礼しなかったことを詫びるが、この詫び自体は鑑三のキリスト者としての根源的な反省とは性格を異にする。もし真底詫びるなら、その時点で鑑三はキリスト教から離脱すべきであったし、もしキリスト者に止まるというのなら宸署に敬礼することをきっぱりと拒まなければならない。鑑三に武士道的覚悟はなく、ただただ〈二つのJ〉に未練がましくしがみつき、自らの曖昧な態度を自己正当化しようとしたに過ぎない。
〈二つのJ〉の各のJは絶対的存在なのであるから、同時に二つを受け入れることはできない。〈Japan〉を取れば、それは〈Jesus〉への裏切りであり、〈Jesus〉を取れば、それは〈Jesus〉への裏切りである。絶対を標榜する二者を絶対のままに同時に受け入れることはできない。少なくとも論理的一貫性を重んじる者はこの自己矛盾を肯定することはできない。鑑三の場合、論理的矛盾を激情で呑み込んで、その矛盾を徹底的に追及することがない。
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