随想 空即空(連載96)内村鑑三の不敬事件を巡って#ドストエフスキー&清水正ブログ#

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随想 空即空(連載96)内村鑑三の不敬事件を巡って#ドストエフスキー清水正ブログ#

清水正

 わたしは鑑三のキリスト教信仰に関して或る疑いを抱いている。それを明らかにするためにまずは鑑三の最初の結婚と離婚をめぐって検証してきたが、次に不敬事件に関して照明を当ててみたい。鑑三の研究書はみなそれぞれの視点から不敬事件を取り上げているし、不敬事件に焦点を絞った研究書(小沢三郎『内村鑑三不敬事件』)も出版されている。不敬事件に関しては鑑三自身がD・C・ベル宛の手紙で詳しく記しているので、まずはそれらをきちんと見ておくことにしよう。長い引用になるが、鑑三自身の手によって記された不敬事件に関する一等資料であり、これに丁寧な照明を当てれば〈鑑三における不敬事件〉の全貌が鮮やかに浮上してくることになろう。ここには結婚と離婚における鑑三の内的外的対応と共通する点も見られる。

 

第108信(英文 封書)

 D・C・ベル宛て 一八九一年(明治二十四年)三月六日

 

 一月九日に私の教鞭をとる高等中学校〔第一高等中学校。現国立東京大学教養学部〕で教育勅語の奉戴式が挙行され、校長〔木下広次〕の式辞と上述の勅語奉読の後、教授と生徒とはひとりひとり壇上に昇って、勅語の宸署に敬礼することになりました。その敬礼はわれわれが日常仏教や神道の儀式で、祖先の霊宝の前にささげている敬礼です。この奇妙儀式は校長の新案になるもので、従って私はこれに処すべき心構えを全く欠いていました。しかも私は第三番目に壇上に昇って敬礼せねばならなかったため、ほとんど考慮をめぐらす暇もなく、内心ためらいながらも、自分のキリスト教的良心のために無難の途をとり、列席の六十人の教授(すべて未信者、私以外の二人はクリスチャンの教授〔中島力造、木村駿吉〕は欠席)及び一千人以上の生徒の注視をあびつつ、自分の立場に立って、敬礼しませんでした! おそろしい瞬間でした。その瞬間、自分の行動が何をもたらしたかがわかったのです。元来この学校における反キリスト教的感情は、昔も今もすこぶるはげしく、われわれの側の柔和や懇切ぐらいのことでは到底緩和すべくも無いほど面倒なものですが、それが、今こそ、国家と元首に対する非礼のそしりをば、私に、また私を通じて一般のクリスチャンに、かぶせ得る正当の理由(と彼らは考えます)を見付けたのです。まず数人の乱暴な生徒が、ついで教授たちが、私に向かって石をふり上げました。国家の元首が非礼を加えられた、学校の神聖がけがされた、内村鑑三のような悪漢、国賊をこの学校におく位ならば、むしろ学校全部を破壊するにしかず、というのです。事件は校外に波及し、新聞紙はこれを取り上げました。帝都と地方の各新聞紙は、いずれも私の行動について種々の意見をかかげましたが、もちろん大部分反対意見です。式後の一週間、私は押しかけて来る生徒や教授たちに面接し、できるかぎりの柔和な態度で反問しました。諸君は私のうちに、学校における日頃の行動のうちに、生徒らとの対談のうちに、またミカドの忠誠なる臣民としての私の過去に、はたして勅語にもとるような点があったと思うか、と。私はまた彼らに告げました。英明なる天皇陛下が国民に勅語を降したもうたのは、国民をしてそれに敬礼させるためではなく、日常生活においてそれを服膺させるために相違ない、と。私のこの論旨と説明とは、個人としての彼らを沈黙させるに足りましたが、しかし団体としての彼らの憤怒と僻見とは、到底おさえるべくもありませんでした。そのうちに私ははげしい感冒にかかり、数日にして危険な肺炎に進んでしまいました。哀れな妻〔加寿子〕と母とは昼夜の別なく私の病床につき切り、その間にも、外には無慈悲な社会が猛り狂いました。彼らは学校長をその病床から呼び出して、私の事件を自分らに満足に解決させようとしました。校長は、私が初めてこの学校に関係して以来ずっと私の善い友人でしたから、勅語に対して敬礼するという不面目を強いることなしに私を学校に引き留めておこうと、最善の努力を払ってくれました。しかし私の敵の叫びは、ピラトに対するユダヤ人のそれでした。「もしこの人を許したなら、あなたはカイザルの味方ではありません」と。校長は非常に懇ろな手紙をくれ、私の良心的な行動を認めかつ賞めた後、ほとんど懇願的に国民の習慣に従わんことを求め、いわゆる敬礼は礼拝の意味ではなく、単に天皇陛下にささげる崇敬に過ぎないと説き、さらに進んで、学校の実状をくわしく述べ、君の言うところを理解せぬ生徒らをなだめる唯一の途は君が譲ることである、との意見を伝えて来ました。この手紙は私を、ことにちょうど肉体的に衰え切っていた私を動かしました。敬礼は礼拝を意味せず、との見解は私自身多年自ら許し来ったところであり、かつ日本ではしばしば、アメリカでいう、帽子をぬぐ、というほどの意味で用いられており、あの瞬間私に敬礼をいなませたものは拒否ではなく実はためらいと良心のとがめだったのですから、今校長がそれを、礼拝にあらず、と保証する以上、私のためらいは消え、そんな儀式はばかばかしいものとは知りながらも、学校のため、また校長のため、また私の生徒らのため、敬礼することに同意しました。しかし予めこの点に関するキリスト教の考え方をたしかめておきたいと思い、四人の信仰の友(内二人は組合教会の錚々たる日本人教師です)〔組合教会の牧師金森通倫、同横井時雄、第一高等中学校教授木村駿吉、同嘱託教員中島力造〕の会同を求めました。ところが驚いた事には、彼らはこの様な事柄には私よりもずっと寛大で、すぐ賛成してくれました。しかし肺炎は一切の接衝を厳禁したため、事件全部をを友人の手に委ね、私は再び生死の境に――一年の間にチフスと肺炎と二回です――さまよっていました。(222~234)

 

 教育勅語の奉戴式において鑑三は勅語の宸署に敬礼することをしなかった。これが不敬事件として問題となったわけだが、このベル宛の手紙は事件の全容を鮮やかに浮上させている。なぜ鑑三は宸著に敬礼しなかったのか。単純に考えれば、キリスト教の唯一絶対神を信じる鑑三は二神に仕えることができなかったということであろう。マタイ福音書6章24節に「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじる、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」とある。〈金〉を〈天皇〉に置き換えれば事は明瞭である。キリスト教における唯一神は他の神を崇拝することを許さない。鑑三が自分をキリスト者と信じて疑っていなかったのであれば、天皇という〈絶対〉の前に跪拝することはできない。ごく当たり前のことである。しかし問題はそうそう簡単ではない。鑑三はキリスト者でありながら〈二つのJ〉(キリストJesusと日本国Japan)に仕えることを明言していた。そもそもこのこと自体に矛盾があるわけだが、鑑三はそのことを凝視することはなかった。鑑三は奉戴式において勅語の宸署に敬礼することに躊躇した。このあいまいな態度が列席していた生徒や教授陣に激しく非難されたわけだが、鑑三は自分がとった〈あいまい〉な態度を厳しく内省することはなかった。タケを離縁した時と同じように、鑑三は自分の〈あいまい〉に関して自己正当化をはかっている。鑑三にとって正義は彼の側にあり、彼を批判する者たちはすべて間違っているというわけである。

 鑑三は宸著を前にして躊躇し、あいまいな態度をとったが、この時もそれ以降も天皇の〈絶対性〉とキリスト教の神の〈絶対性〉に関して根源的な疑問を自らに突きつけることはなかった。キリスト教の神を信じれば天皇に敬礼できないのは当然である。キリスト者は二神に仕えることはできないのである。しかし、鑑三は〈敬礼は礼拝を意味せず〉などといった解釈を受け入れて、事件を切り抜けようとする。わたしはここに鑑三の信仰に対するどうしようもない欺瞞を感じるのだが、当の本人は自分の正義をつゆ疑うことはなかった。

 日本がキリスト教を国教として受け入れていたのであれば、キリスト者天皇の前に跪拝することは神に背くこととはならなかったであろう。しかし当時の日本は天皇を絶対的な統治者、まさに現人神として敬っており、鑑三が宸著を前にして躊躇したことはまさに不敬として厳しく批判されることはあまりにも当然のことだった。要するに鑑三は〈あれかこれか〉(キリスト教の神か天皇か)の二者択一を前にして躊躇したことで、実はどちらの〈神〉にも忠実ではなかったことを体現してしまったのである。ユダヤキリスト教の神は〈熱いか冷たいか〉を求め、生温き者をその口から容赦なく吐き出すものである。躊躇し曖昧な態度を取った鑑三はこの時、神の口から吐き出されているのである。しかし、この手紙に見られるように、鑑三にはこういった認識、自覚はまったく見られない。不義の女を赦したキリストにはまったく思いを寄せず、最後までタケを許さなかった鑑三は、それにも拘わらず自分は誰よりもキリストの教えに忠実な苦悶せるキリスト者と思いこんでいるのである。面白い性格である。こういった自己中心的な激情型の人間はまさに文学の宇宙に解き放ってこそ、その本来の赤裸々な姿を顕わにすると言えようか。

 

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