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有即無 無即有 有無即空 空即空 空空空 正空 (清水空雲)

モーパッサン『ベラミ』を読む(連載24)

──『罪と罰』と関連づけながら──

清水 正

 

  作者はジョルジュがフォレスチェにどのような印象を持ったのか、具体的に書いてはいないが、パリでいち早くそれなりの成功を収めた男と認めていたことは確かであろう。ジョルジュが願っていることは年収千五百フランの窮乏生活から一日も早く抜け出すことであり、偶然、町中で出会った戦友は救いの神にさえ思えたであろう。フォレスチェは自分の話に従順に耳を傾けるジョルジュを〈ラ・ヴィ・フランセーズ〉に連れて行く。ジョルジュは〈飾りだけはぜいたくな、汚ない、往来からまる見えの階段〉を昇って〈待合室〉に案内される。作者はジョルジュの眼差しを通して、この〈待合室〉を「埃っぽいみすぼらしい部屋で、小便色に近い緑色のまがいビロードが張ってある。ビロードは方々が、しみだらけ、鼠か何かが食い破ったような穴もところどころにあいている」と書いている。

  外見だけは立派だが一歩中へ入ればまるでゴミ箱のように汚くみすぼらしい。フォレスチェが出て行った後、ひとり残されたジョルジュは〈不思議な匂いが、特殊な、何とも言いようのない匂い、編集室の匂い〉が漂っていることに気づく。新聞社に特有のインク混じりの臭気が漂っていても何の不思議もないが、先には下水が臭い息を吐き、地下室の台所からはえぐい毒気が撒き散らされているという描写もあった。パリの夏の往来に気分の悪くなるような悪臭が不断に吐き出されているということ、これにいちいち反応するジョルジュは臭いに敏感に反応する男であることを示している。が、同時にこれはパリ自体が堕落と腐敗の悪臭を放っている存在であることを端的に示している。

 ジョルジュは女を求める色魔だが、パリは巨大な淫売婦の腐臭を放つ軆そのものとしても現れている。綺麗に着飾り化粧した怪物がパリであり、まさにこの虚飾の都市でジョルジュは腐臭にまみれながら野望を実現していく、その入り口に踏み込んだというわけである。

  ジョルジュは待合室で、新聞社で働く様々な人間たちを観察している。作者はジョルジュの眼に張り付けたカメラを通して待合室を出入りする人々を的確に描き出している。その場面を労を厭わずに引用しよう。モーパッサンのありのままの現実を描き出すデッサン力は見事としか言いようがない。読者は映画の一コマを観るように、言語による描写から鮮明な映像を与えられるのである。

 

 時々いろいろな男が、小走りに駆けながら彼の前を通って行った。一方の扉からはいって来たと思うと、彼がその姿を眺める暇もないうちに、もう一方の扉から出て行ってしまう。

  ある時は若い男、非常に若い男であることもある。そそくさと、手に一枚の紙片を持って忙しそうな恰好をして行く。紙が彼らの通路に起こる風にひらひら翻った。ある時は植字工らしい連中のこともある。インキのしみだらけの青い麻の労働服から真白なシャツの襟がのぞき、上流の人間のはくズボンにそっくりの羅紗のズボンがちらりと見える。彼らは印刷した紙の束を、刷りたての、まだインクの濡れている校正を、大事そう抱えて行く。時々、小柄の紳士がはいって来ることがある。目立ちすぎるお洒落なみなりをしている。フロックがあまりに胴のまわりにきちんとしすぎており、脚もズボンのきれが窮屈なくらいであり、足にいたっては先のとがりすぎている靴にしめつけられている。社交界廻りの探訪記者か何かが今晩のニュースを持って来たものであろう。

  ほかにもいろいろやって来た。重々しい、もったいぶった顔つき。へりの平らな高帽をかぶっている。まるでこういう帽子の恰好がほかの人間より彼らを偉いものにしているかのように。(上・21)

 

 新聞社や雑誌社に勤めた者なら、この光景はずいぶんと親しいものであろう。印刷、植字、校正、編集、取材に関わる職員や記者が忙しそうに駆け回る姿は、コンピューターで処理する今日においても基本的には変わらぬジャーナリズム世界の現場を端的に映し出している。モーパッサンは初めて新聞社の内部に踏み込んだジョルジュの眼差しを通して、こういった活き活きした光景を捉えている。

 作者のデッサン力は確かなので、忙しく動き回る人物たちの肖像を見事に描いている。読者はその肖像の外形だけでも、脳裏に明確な像を結ぶことができる。とりあえず作者は、新聞社のなんたるかをこういった光景によって読者に提示している。ジョルジュの眼差しは、眼前を行き来する人間たちの内部に注がれることはない。彼の眼は、あくまでも現実を写実的に捉えるカメラの機能を果たすだけであって、ロジオンの眼に張り付いたカメラのように自己及び他者の内部深くを照射する機能を備えてはいない。

 正確な写実は、それだけで想像力あふれる読者には充分である。モーパッサンの描写は、その意味で読者に信頼を置いた者のそれである。身につけた服装、帽子、靴、ステッキ、髪型、髭、表情を端的にデッサンさえすれば、その人物の身分、性格などは露わになる。このデッサンは人物の緻密な心理描写や作者による説明などよりはるかに効果を発揮する場合がある。モーパッサンは自身の描写力を信じ、読者の読みの力を信じている。作者と読者がこの〈信頼関係〉を結べることは両者にとって幸いである。

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