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モーパッサン『ベラミ』を読む(連載13)

──『罪と罰』と関連づけながら──

清水 正

 

  さて、作者はジョルジュを〈通俗小説の女たらし〉と書いているが、わたしの想像裡ではそれとはまったく異なるイメージも広がっていく。口髭は別として、濃いブロンドの髪、青く明るく澄んだ目からわたしがまず第一にイメージしたのはキリストである。西洋絵画に登場するキリストのイメージと重なり、もしかしてモーパッサンはこの女たらしの美青年にキリストを重ねていたのではないかとも思ったのである。今のところ、これはわたしの先走りした根拠のない妄想、幻想の域にとどまっているが、しかしまったくあり得ないことだとも言い切れない。ドストエフスキーは『虐げられた人々』の中で悪の怪人ワルコフスキーの息子にアリョーシャ・ワルコフスキーという純粋無垢な〈悪党〉を描いている。ドストエフスキーは純粋、無垢、軽佻浮薄といった言葉でくくられた青年に潜む自覚されることのない〈悪〉を剔抉してみせた小説家である。モーパッサンがジョルジュという一人の〈女たらし〉を描ききれば、キリストと重なる恐るべき純粋が浮上してくるかもしれないではないか。

 今までのところ、読者に報告されているのはジョルジュの外貌と所持金、かつて騎兵隊に勤めていたということぐらいである。また舞台時間の設定も〈六月二十八日〉が明示されているだけで西暦何年なのかは記されていない。読者は漠然と『ベラミ』が刊行された一八八五年当時を想定するしかない。『罪と罰』ではロジオンの住んでいる場所(五階建てのアパートの屋根裏部屋)は最初から明示されているが、ジョルジュの場合、彼がどこに住んでいるのかは今の時点では分からない。これからどのように明らかにされていくのか楽しみだが、ジョルジュの住まい、職業、給料、家族、友人、生い立ち、学歴など、これらすべてが霧の中である。特に彼が身につけている三つ揃い〈六十フラン〉の安い・高いを確定するためにも、彼がもらっている給料はぜひ知りたいものである。おそらく作者はこういった情報を徐々に読者に報告すると思われるが、その仕方にも注意しながら先に進むことにしよう。

 

  折りしも、パリに風の子もかよわない、夏の夕であった。町は、蒸し風呂のような暑さで、息づまる夜のなかに汗をかいているといった格好だった。下水は花崗岩の口から、臭い息をはき、地下の調理場は、低い窓から、皿を洗った水やすえたソースの、胸がむかつくような臭気をふきだしていた。

  家番たちは、上衣をぬいで、藁の椅子にまたがり、正門の下でパイプをふかしていた。通行人は、帽子を手にもち、額をむきだしにしたまま、げんなりした足どりで歩いていた。(292)

 

 『罪と罰』の愛読者なら、こういった描写を読めばすぐに次のような叙述場面を想起するだろう。

 

  通りは恐ろしい暑さだった。そのうえ、息ぐるしさ、雑踏、至るところに行きあたる石灰、建築の足場、れんが、ほこり、別荘を借りる力のないペテルブルグ人のだれでもが知りぬいている特殊な夏の臭気――これらすべてが一つになって、それがなくてさえ衰えきっている青年の神経を、いよいよ不愉快にゆさぶるのであった。市内のこの界隈にとくにおびただしい酒場の、たえがたい臭気、祭日でもないのにひっきりなしにぶっつかる酔漢などが、こうした情景のいとわしい憂鬱な色彩をいやが上に深めているのであった。深い嫌悪の情が、青年のきゃしゃな顔面をちらとかすめた。ついでにいっておくが、彼は美しい黒い目にくり色の毛をしたすばらしい美男子で、背は中背より高く、ほっそりとしてかっこうがよかった。けれど、彼はすぐに深い瞑想、というよりむしろ一種の自己忘却におちたようなあんばいで、もう周囲のものに気もつかず、また気をつけようともせず先へ先へと歩きだした。どうかすると、いましがた自分で自認したひとり言の癖が出て、何かしら口の中でぶつぶついう。この瞬間、彼は考えが時おりこぐらかって、からだが極度に衰弱しているのを自分でも意識した――ほとんどもう二日というもの、まったくものを食わなかったのである。(4)

 

  ここに引用した前半部分などは、『ベラミ』のそれとほぼ同じと言ってもいいだろう。〈蒸し風呂のような暑さ〉と書かれたパリの夜と、〈恐ろしい暑さ〉と書かれたペテルブルクの夜、それに〈胸がむかつくような臭気〉と〈特殊な夏の悪臭〉――まるで『ベラミ』の夏のパリと『罪と罰』の夏のペテルブルクが重なり合っているような印象を受ける。もしかしたら、モーパッサンは『罪と罰』の主人公である〈一人の青年〉(οдин молοдοй человек)ロジオン・ロマーノヴィチ・ラスコーリニコフを十分に意識して〈一人の青年〉ジョルジュ・デュロワを描き出そうとしたのではないかと思えるほどである。しかし、異様に暑い都市の夏を生きるロジオンとジョルジュは外面的には共通する部分を持ちながら、その内部世界は明らかに異なっている。モーパッサンはさし当たり、ジョルジュの内面に立ち入ることをさけて、その外面的な姿に照明を当てるにとどまっている。

  『ベラミ』の読者は作品の出だしにおいてジョルジュの美貌、その美男子であることを知らされるが、『罪と罰』ではここに引用したようにロジオンの〈すばらしい美男子〉ぶりは〈ついでに〉語られている。ジョルジュはまず何よりも〈美男子〉が強調されている。片やロジオンの美貌はついでに語られるほどのことであって、彼にあって重要なのはあくまでも内部的な問題にある。モーパッサンはロジオンから内部的な深刻な思想をすっかり取り除いた〈一人の青年〉を実験的に設定したのかも知れない。換言すれば、ロジオン的思想や哲学、さらに宗教がすでに無化された虚無の世界をモーパッサンは生きており、彼はそれをジョルジュに投影していたのかも知れない。舞台をペテルブルクからパリへと代え、そこに生きる〈一人の青年〉ジョルジュを通してモーパッサンは〈現代〉を生きる人間の姿を赤裸々に描き出そうとしたのかも知れない。神と革命の狭間で思い惑う〈一人の青年〉ロジオンは、神なき世界を生きる〈一人の青年〉ジョルジュに変身して、〈現代のパリ〉にその姿を現したのかも知れない。

 

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