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モーパッサン『ベラミ』を読む(連載4)

──『罪と罰』と関連づけながら──

清水 正

 

 ドストエフスキーの作品を読み続けてきた者にとって、モーパッサンのジョルジュの描き方が新鮮で面白い。生まれつき男ぶりのいいジョルジュの立ち居振る舞いが興味深い。こういった男は自分が周囲の者、特に女たちからどのように見られているかを不自然でなく意識し、それに対応することができる。日本の言葉で言えば、要するに嫌みでなく粋な対応ができるというわけだ。勘定の場で、つまり去りゆく場で、ぐっと反り身になり、軍人風の慣れた手つきで口髭をひねって、残る客たちをすばやくぐるりと見まわすことなど、安レストランのふつうの客がするワザではない。こういった行為をさりげなく出来るジョルジュは、ふだんから他者の眼差しを意識し、そういった術を身につけているということである。

モーパッサンは「まるで投網のようにパァーッとひろがる美男の独身者に独特の視線だった」と書いている。〈投網の眼差し〉などという表現をわたしは今まで読んだことがない。モーパッサンはこういったまさに彼独自の表現を使うことで、美男子ジョルジュの〈独特の視線〉を強烈に読者に印象づける。〈投網〉の眼差しで、ジョルジュは後に残った安レストランの魚どもを一挙にとらえ、そしてすべての獲物を置き去りにして立ち去っていくのである。安レストランの常連の下層社会の女たち〈小柄な三人の女工〉〈中年の音楽教師〉〈亭主同伴のふたりの細君〉……要するに、ジョルジュのお好みの獲物は一匹もいなかったということである。安レストランで安い料理を食し、ポケットにおさまった少額の金を意識しているこの美男子とはいったい何者なのか。作者は、残った客以上に、読者の心をとらえることに成功している。

 ところで、モーパッサンは主人公ジョルジュ・デュロワの〈美男子〉を具体的に描いていない。帽子は被っていたのか、被っていたとすればどのような帽子なのか。上着、ズボン、靴などジョルジュが身につけているものを完璧に省略している。肝心の顔はどうか。髪の色、髪型、額、眉、瞳の色、鼻、口、顎……これらすべてを描いていないので、読者は〈美男子〉という一つの言葉から勝手に美男子ジョルジュの容貌を想像するほかはない。『ベラミ』を映画化した作品を何一つ観ていないので、主役を演じた男優のイメージにとらわれることはない。〈美男子〉と言ってもアラン・ドロンジャン=ポール・ベルモンドではまったく印象が違う。とりあえず、ジョルジュの〈美男子〉をあいまいなままにして徐々にそのイメージを固めていくことにしよう。そのうちカメラがジョルジュの顔をアップにして見せてくれるかも知れない。

 『ベラミ』は出だしの場面からして、主人公の造形の仕方、主人公の容貌とその性格など、読者の好奇心を強く刺激する。次の場面が異様に楽しみになる。では、じっくりと、ゆっくりとさらなる場面を堪能することにしよう。

 

  往来へでると、彼はちょっと足をとめて、これからどうしようと考えた。六月もまだ二十八だというのに、ポケットには、月末までの金が三フランと四十サンチームしか残っていなかった。つまり朝飯を抜きにして夕食を二度くうか、夕飯をあきらめて朝飯を二度くうか、どちらかを選ばなければならないわけだった。そこで、彼は考えた。朝は二十二スーで、晩は三十スーだから、朝飯だけで我慢すれば一フラン二十サンチームの余りがでる。それだけあれば、パンとソーセージの昼飯が二度くえて、おまけに大通りでビールが二杯ひっかけられる。それはいちばん入費がかからずにできる、毎晩の彼の楽しみだった。彼は思案をきめると、ノートル=ダム=ド=ロレット街のほうへおりていった。(291)

 

 ここに記された事細かな金勘定をいちいち検証することはしない。理由は簡単、面倒だからである。同時代の読者にとってはこの数字が頻出する描写で、ジョルジュの食事を中心とした日常生活が具体的にイメージされるだろう。どんなものを食べ、何を飲んでいたのか。それこそ具体的に想像できるだろう。

罪と罰』では高利貸しのアリョーナ婆さんがロジオン相手に細かな利息計算を展開していたが、その金銭に関する容赦のない執着が妙に印象に残っている。十四等官(最も下っ端の役人)の夫を亡くしたアリョーナは生き馬の目を抜くペテルブルクの現実を高利貸しとして逞しく生き抜いている。この、ある意味けなげな老婆に対してロジオンは一片の同情すら抱かず、それどころか醜悪な社会のゴミ、一匹の強欲なシラミぐらいにしか思わなかった。ロジオンには高利貸しアリョーナ婆さんの生きる必然性に対する優しく寛容な眼差しはまったくない。一方、描かれた限りでのアリョーナ婆さんも、いわば商売相手の客に対して人間的な暖かみのある対応がまったくできていない。まさにアリョーナ婆さんは功利主義的経済原則に忠実に従って生きている高利貸しで、相手を見て柔軟に対応することができない。彼女のこの徹底した人間不信がどこから生じたのか、ロジオンも、そして作者にも興味がなかったのか、いっさい言及されることはなかった。

    さてジョルジュだが、彼の関心はとにかく月末までどのようにわずかばかりの金をやりくりして過ごすか、その一点に向けられている。ロジオンは「おれにアレができるだろうか?」と思いまどいながらペテルブルクの街を歩いているが、ジョルジュの頭にあるのは食い物とビールのみと言っていい。このパリの美男子はペテルブルクの美男子と違って、なんら壮大な夢も野心も抱いていなかったのだろうか。ただ美男子だけの知性に欠けた貧乏な青年を主人公に、はたして作者はどんな筋書きを用意しているのか。

 『罪と罰』の出だしの場面は〈七月はじめ〉に設定されている。作者ドストエフスキーは西暦を記さず、正確な日付・曜日を最後の最後まで記すことはなかった。敢えてそれらを記さなかったというとは、それらがこの作品において重要な意味を隠しているわけだが、考察を進めれば進めるほど厄介な迷宮へと踏み迷ってしまう。

 モーパッサンは『ベラミ』の第一日をはっきりと〈六月二十八日〉と書いている。ドストエフスキーと同じく西暦は記していないが、さていずれ判明するものやらどうやら楽しみにしておこう。因みにわたしが『ベラミ』論を書き始めたのは一日違いの二〇二二年〈六月二十七日〉である。今は同年七月一日で、ここ何日間か、日中は三十五度を越す日々が続いている。天候だけを考えれば、今、わたしが『ベラミ』を『罪と罰』と関連づけて批評しているのは何か意味が潜んでいるのかもしれない。わたしにとって偶然は必然であるから、こんなことにも神秘的な思いを馳せることになる。

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発行日 2021年12月3日

発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

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