随想 空即空(連載6)

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有即無 無即有 有無即空 空即空 空空空 正空 (清水空雲)

随想 空即空(連載6)

 さて、正宗白鳥に興味を持ったので、彼の書いたものを何冊か読もうと思ったのだが、自宅の書斎は倉庫化していて探すのがまず不可能。たしか講談社版日本文学全集の一冊を所有しているはずだが、探すのが面倒。ネットで検索するとアマゾンでもヤフオクでもすぐに何十冊もの著作や正宗白鳥論が出てくる。先日、部屋中本だらけになるので購入を控えようと決意したばかりなので、とりあえず青空文庫を覗いてみることにした。何編かの記事を読んだが、その中で最も興味深かったのが「論語とバイブル」であった。この記事は読売新聞(1904年10月15日)に発表されたもので、白鳥がまだ二十五歳の時である。「畢竟《ひっきょう》論語もバイブルも吾人が恐れ入るにも当らない凡書である」で締めくくった、この大胆不敵、痛快な記事を載せた読売新聞も面白いが、やはり白鳥がなんと言っても一番面白い。今なら、こんな面白い記事を若い記者が書いても自己保身のサラリーマン化した上司にボツにされるだろう。のんきな時代であったのかも知れないが、常識の枠にとうてい収まらない記事が百年以上も前に新聞に載って、今では青空文庫で無料で読めるというのは有り難い。

 この記事はどこを取っても面白いが、まずは山上の垂訓に関する白鳥の意見に耳を傾けてみることにしよう。

 

 山上の垂訓は耶蘇の道徳観を述べ尽したのであるが、不条理の点が多い、第一「貧しき者は幸なり。」とは会得出来ぬ言だ。自殺するのも、人殺しをするのも、泥棒をするのも貧乏の結果たることが多い。耶蘇教信者とても会堂を建てたり伝道をするにも先立つ者は金ではないか、或いは貧乏しなければ天に手頼《たよ》る気にならぬとコジ付ける人もあれど、金がないから止むを得ず、神様に縋って慰めようというのならば、其の反面には、金があれば神や仏はどうでもよいという意を含んで来る。金の方が神よりも尊く見えて来る。悲む者はよいとか、病気するはよいとか、七ツの祝福《ピアチチュード》何れも常識のある人間の首肯し難い者のみである。「我れ世に来るは平和を齎《もたら》さんとに非ず、子を親に背かせ……。」は恕《ゆる》すべからざる不埒な言である。正義の為には夫婦離反してもよいというかも知れぬが、世に親子夫婦睦まじく笑って暮すよりも重んずべき主義があろうか。生中《なまなか》宗教がある為に宗旨争いで家庭の不和が生ずることは随分ある。「一里行けと命ぜらるれば二里行け。」とか「上衣を取らるれば下着を与えよ。」とか、行うべからざる教えである。いかに耶蘇崇拝家でも癇の虫があるからこれには全然従われぬと見え、様々にこれを曲解しているが、無心に見れば、個人を蔑視した暴論である。姦淫の訓戒も人間固有の性に背いている。全章只一つ吾人の気に入る文句は、「明日は明日の事を思い煩え、一日の苦労は一日にて足れり。」と今日主義、酔生夢死主義を鼓吹した事である。

 

 白鳥が「貧しき者は幸なり」と書いてあるのはルカに拠る。マタイ福音書では「心貧しき者は幸いなり」とある。キリスト者でない日本人にもよく知られた垂訓であるが、しかしその意味を正確に把握している者は稀であろう。ふつうに考えれば〈心貧しき者〉がどうして〈幸い〉なのか理解に苦しむ。経済的に貧しくても、心豊かであれば幸いである、という教えなら納得がいく。心が貧しいというのは、文字通り受け取れば負のイメージがつきまとう。心が〈貧しい〉を〈謙遜〉〈謙虚〉と解釈すればそれなりに理解できないこともないが、それならそれでそのように訳せばいいということになる。原文に即して訳すと「霊において貧しい」ということだそうだ。これはこれですぐに理解できる言葉ではないが、神に救いを求める霊の渇きと受け止めればそれなりに理解できる。キリストの垂訓は、虐げられ辱められた者、弱い者、不治の病に苦しむ者たちに救いを約束している。しかし救いが成就されるためには、天界に存在する神を信じ、神に救いを求めることがれば絶対条件となっている。

 キリストの垂訓は、虐げられている現実を自ら闘うことによって打破せよとは教えない。貧しさを解決するために政治制度の変革を目指すとか、病気を直すためには医学の進歩発展のために尽くすとか、そういった現実世界での解決を促す言葉ではない。革命家がキリスト教から離れるのは当然である。しかし、神を信じるのと革命を信じるのは、そこに共通することもある。その姿を見たこともない、その声を聴いたこともない神を信じなさいというキリストと、未だ革命後の世界を誰も経験していないのに革命を絶対化した革命家は同じような性格を持っている。今や革命のユートピア性を信じている者などごく稀であろうが、ソ連が崩壊してすら、共産党一党独裁や独裁者の存在を支持している国家や国民がいる。彼らはドストエフスキーの『悪霊』ぐらいは熟読したほうがいい。最も一度くらい読んだだけで『悪霊』を理解できる者はいない。専門の文学研究者ですら、『悪霊』の表層をスケーティングして分かったつもりになっている者ばかりと言っても過言ではない。

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清水正研究」No.1が坂下ゼミから刊行されましたので紹介します。

令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ

発行日 2021年12月3日

発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1

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