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有即無 無即有 有無即空 空即空 空空空 正空 (清水空雲)

モーパッサン『ベラミ』を読む(連載7)

──『罪と罰』と関連づけながら──

清水 正

 

 さて、今回わたしがクローズアップして見せたい場面は、帰ってきたソーニャがカチェリーナを眼前にして、テーブルに銀貨三十枚を一枚、一枚……最後の三十枚まで並べるシーンである。

 先に引用したマルメラードフの言葉をもう一度見てもらいたい。マルメラードフはソーニャが一ルーブリ銀貨三十枚の並べ方などにこだわっていない。こだわったのはわたしである。ソーニャは設定上娼婦であるが、一般的なイメージとしては〈聖なる処女〉である。ロジオンの要請に応えて〈ラザロの復活〉場面を朗読するソーニャは、まさに彼女自身が人類の全苦悩を背負ったキリストのように輝いている。しかしわたしはソーニャを設定された娼婦としてもきちんと見ていかなければならないと考えている。ソーニャを形而下的次元で見れば、彼女は文字通り、イヴァン閣下に身売りし、その対価として銀貨三十枚を得たことになる。処女ソーニャがどのような思いで身を売ったか、その口には出せない思いを深く胸に沈めて、ソーニャはカチェリーナの前で銀貨三十枚を一枚一枚並べていくのだ。一度、このようにこの場面をイメージしてしまうと、このイメージから脱することは容易ではない。

 肉体を持ったソーニャを余りにもきれいごとの世界に置き去りにすることはわたしにはできない。ソーニャが聖女として読者の脳裡に刻印されてしまうのは、作者がソーニャの淫売稼業の実態を完璧に描かなかったことによる。もし作者が、ソーニャの最初の身売りの場面や、黄色い鑑札を受けて淫売稼業の泥沼を生きるソーニャの紛れもない現実を描いていれば、ソーニャに対する印象はだいぶ違ってくるのではないかと思う。ソーニャを〈自己犠牲〉〈愛と赦し〉の美しい言葉で覆い尽くすのは、かえって生身のソーニャを見損なうのではないか、十八歳の少女の原寸大の苦しみ、悲しみ、悶えに限りなく寄り添ってみようとすれば、やはり身売りの対価銀貨三十枚は、一枚、一枚、テーブルの上に並べられなければならないのだ。

 その一枚、一枚を、身売りを強制したカチェリーナがどのような思いで見つめていたか、カチェリーナはソーニャの苦しみを自分の苦しみとして受け止めて深い沈黙のなかにたたずんでいる。二人は一家共有の大きな緑色のショールを被って抱き合い、肩をふるわせて泣きつづける。マルメラードフは酒を飲んで酔いつぶれていたのではない。マルメラードフはソーニャの描かれざる三時間の〈踏み越え〉のドラマの〈立会人〉であり、ソーニャの苦悩を共にする者であり、ソーニャとカチェリーナの内的外的やりとりすべての〈目撃者〉なのである。大きな緑色のショールはソーニャとカチェリーナだけを包んでいたのではない。カチェリーナの三人の連れ子、そしてマルメラードフをも包み込んでいるのである。

 この場面はその他、重要な情報が隠されている。純粋無垢なソーニャが純粋無垢な仕事で一日に稼げる金は十五コペイカという話を、ロジオンの母親の手紙に重ねて読むと、そこにプリヘーリヤの秘密が隠されている。夫亡き後、二人の子供を育てあげた、リャザン県ザライスク村一番の美人と推測される未亡人プリヘーリヤの秘密とは何か。年金百二十ルーブリ、年間に稼ぐ内職代が二十ルーブリ、計百四十ルーブリ、日本円に換算して百四十万円の金で、一家三人が暮らしていくのがどんなに大変なことか誰にでも想像がつこう。しかも息子ロジオンはペテルブルク大学法学部に入学している。受験勉強にもそれなりの金がかかったであろう。未亡人が、純粋無垢な仕事(内職)で稼ぐ金とは、要するにソーニャが純粋無垢な仕事で稼ぐ金と同じだということである。ソーニャの場合は、イヴァン閣下への身売りと、その後の淫売稼業によってマルメラードフ一家の経済を支えることになるが、プリヘーリヤの場合はどうだったのかということである。

 結論だけ先に言おう。プリヘーリヤが唯一あてにできたのは、亡き夫の友達アファナーシイ・イヴァーノヴィチ・ワフルーシンという名の商人である。この友達は〈добрый человек〉(良い人)と書かれている。ドストエフスキーが人物を〈божий человек〉(生神様)とか〈добрый человек〉(良い人)などと賛美した時には要注意なのである。イヴァン閣下の場合のように、慈悲深いお方が、実は貧しい家の処女を食い物にする淫蕩漢であったように、〈良い人〉アファナーシィもとんでもないくわせ者であった可能性が高い。描かれた限りでは、彼はプリヘーリヤの年金証書を担保にロジオンに仕送りする金を貸しているが、かつての友人の妻に担保をとらなければ金を貸さないような男を〈良い人〉などと呼ぶ必要はない。彼もまた、当時社会を支配していた高利主義的経済原則に忠実なだけの〈商人〉にすぎない。

 こういう説を荒唐無稽なずいぶんと勝手な解釈と思う読者ならびにお堅い研究者がいることは容易に想像できるが、しかし謙虚にテキストを掘り下げていけば、作者が予め仕掛けておいた〈謎〉であったことに気づかざるを得ない。まずヒントはこの商人ワフルーシンの名(アファナーシイ)と父称(イヴァーノヴィチ)にある。この名と父称を反対にするとイヴァン・アファナーシエヴィチ、すなわち淫蕩閣下イヴァンのそれになる。商人ワフルーシンの肖像が一挙に〈良い人〉から〈淫蕩漢〉に変換することになる。

 因みにワフルーシンの名が最初に登場するのはプリヘーリヤの手紙においてであった。が、そこにはどういうわけか名がワシーリイと書かれていた(ワシーリイという名は『罪と罰』創作ノートの段階では主人公の名前であった)。このワシーリイという名を〈アファナーシイ〉に変えたのがドストエフスキー10巻全集(1957年)を編纂したロシアの著名な研究者たち(グロスマン、ドリーニン、エルミーロフ、キルポーチン、ネチャーエフ、リュリコフ)であった。

10巻全集第5巻モスクワ

 『罪と罰』全編を読み通せば、確かに商人ワフルーシンの名は〈アファナーシイ〉に統一した方がよいように思える。しかし、わたしは作者ドストエフスキーが敢えてプリヘーリヤの手紙の中でのみ〈ワシーリイ〉と書いた点に、作者からの信号(この男に注意せよ)を受け取る。そして、商人ワフルーシンを〈淫蕩漢〉と見たとき、プリヘーリヤは息子ロジオンの仕送りのために〈年金証書〉以外のものをも担保として提供していたと見ることもできるのである。ドストエフスキーは残酷な才能の持ち主と言われているが、しかしその〈残酷〉を目の当たりにする読者は希である。プリヘーリヤは手紙の中で、ロジオンに何一つ隠すことなくすべてを書くといっているが、肝心要の〈担保〉に関しては完璧に沈黙を守っている。ロジオンが母のその秘密を知っていたかどうかについては、作者もまた完璧に沈黙を守っている。

 

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令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ

発行日 2021年12月3日

発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1

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