モーパッサン『ベラミ』を読む(連載6) ──『罪と罰』と関連づけながら──

大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。

sites.google.com


お勧め動画・ドストエフスキー罪と罰』における死と復活のドラマ https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk&t=187s

清水正の著作、レポートなどの問い合わせ、「Д文学通信」掲載記事・論文に関する感想などあればわたし宛のメール shimizumasashi20@gmail.com にお送りください。

清水正の著作購読希望者は下記をクリックしてください。

https://auctions.yahoo.co.jp/seller/msxyh0208

                清水正・画

大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。

有即無 無即有 有無即空 空即空 空空空 正空 (清水空雲)

モーパッサン『ベラミ』を読む(連載6)

──『罪と罰』と関連づけながら──

清水 正

 

 ところで、わたしが作品中の〈金銭〉にこだわるのは、『罪と罰』の中に重要な場面があるからである。ここでは二つの場面を見ておきたい。まず一つ目はマルメラードフの告白話に出てくる。ソーニャが最初の〈踏み越え〉、すなわち継母カチェリーナに強制されて身売りに出かけて行く場面である。ロジオン相手のマルメラードフの声にじっくり耳を傾けてみよう。ちなみに『罪と罰』からの引用は、特に断らない限り米川正夫訳(河出書房新社版世界文学全集18)に拠る。

 

 「ところで学生さん、こんどはわたしのほうから、ついでに質問を提出することにしますが――どうですあなたのご意見は? 貧乏な、けれど純粋無垢な娘がですな、純粋無垢な働きで、どれだけのかせぎができましょうぞ?……正直一方ではありながら、かくべつ腕に覚えもない小娘風情では、手も休めずに働いたところで、日に十五コペイカはむずかしいですからなあ! 五等官のクロプシュトック、イヴァン・イヴァーノヴィチ――お聞きでがすかな?――この人なんかワイシャツ半ダースの仕立代をいまだによこさんばかりか、やれえりの寸法が違うの、やれ形がゆがんでるのと難くせつけ、地だんだ踏みながらあくたいまでついて、あれを無法に追いかえしてしまいました。ところが子供たちはひもじがっているし……カチェリーナは手も折れよとばかりもみながら部屋じゅう歩きまわっておりましてな、しかもほっぺたには赤いしみができておる――この病気にはえてありがちなやつで。カチェリーナを娘をつかまえて、『このごくつぶし、お前はただで食って飲んで、ぬくぬくとすましているね』とやるんでがす。ところが、小さいやつらまで三日ぐらい、パンの皮一つ見ずにおるのに、飲むも食うもあったもんじゃごわせん! その時わしは寝ておりましたよ……いや、おていさいをいったってしようがない! 酔っぱらって寝ておったんで――そして、ソーニャのいうことを聞いておると(それは口数の少ない娘でがす……白っぽい毛をして、顔はいつも青白くやせておる)、それがこういうのでがす。『じゃ、なんですの、カチェリーナ・イヴァーノヴナ、わたしどうしてもあんなことをしなくちゃなりませんの?』というのは、ダーリヤ・フランツォヴナといって、たびたび警察のごやっかいになった性わる女が、主婦さんをつうじて、もう三度ばかりも口をかけてきたことがあるので。『それがどうしたのさ』とカチェリーナは鼻の先でせせら笑って、『何をたいせつがることがあるものかね? 大した宝ものじゃあるまいし!』という返事でがす。だが、あれを責めないでくださいよ。責めないでね、あなた、責めないで! これは落ちついた頭でいったんじゃない。感情がたかぶって、おまけに病気で、飢えた子供らの泣き立てる中でいったことで、ほんとうの言葉の意味よりか、まああてつけにいったことなんでがすからな……なにせカチェリーナはそうしたたちなんで、子供たちが泣きだせば、よしんばひもじくて泣くのでも、すぐひっぱたくというふうでしてな。ところで、五時過ぎになると、ソーネチカは立ちあがりましてな、ショールをかぶって、マントをひっかけ、そのまま家を出て行きましたが、八時過ぎに戻って来ました。はいるといきなり、カチェリーナのところへ行って、黙って三十ルーブリの銀貨をその前のテーブルへならべました。しかも、何ひとつ口をきかないどころか、見やりもしないで、ただ大きな緑色のドラゼダームのショールを取ったと思うと(うちには皆で共同に使うショールがあったのでがす、ドラゼダームのがね)、それで頭と顔をすっぽり包みましてな、壁のほうを向いてベッドへ倒れてしまいました。ただ肩とからだがのべつふるえているばかり……ところでわしは、やはり前とおなじていたらくで寝ておりましたが……そのときわしは見ましたよ、なあ、学生さん――やがてカチェリーナが、これもやはり無言で、ソーニャのベッドのそばへ寄りましてな、一晩じゅうその足もとにひざをついて、足に接吻しながら、いっかな立とうとしない――それをわしは見たんでがす。やがてふたりはそのままいっしょに寝てしまいました、じっと抱き合ったままでな……ふたりとも……ふたりとも……ところがわしは……酔っぱらったままごろごろしておったので」(19~20)

 

 『罪と罰』に関しては何度も批評しているし、この場面だけに関しても何度も考察を繰り返している。ドストエフスキーのテキストは一筋縄ではいかず、何度読み返していてもそのたびに何らかの新しい発見がある。今回は特にソーニャの身売り金〈三十ルーブリの銀貨〉をめぐっていろいろと考えてみることにしたい。

 『地下生活者の手記』の地下男が、自分のアパートを訪ねてきた娼婦リーザに支払った金は緑色の五ルーブリ紙幣である。リーザはその金を受け取らず、吹雪の外へと駆けだして行ってしまう。この辺のこみいった関係についてはわたしの『地下生活者の手記』論を読んでもらうことにして、ここでは〈五ルーブリ紙幣〉に注意しておこう。つまり額面〈三十ルーブリ〉なら、五ルーブリ紙幣六枚でもよかったということだ。〈三十ルーブリの銀貨〉の内訳はどうなのか。当時、流通していた〈一ルーブリ銀貨〉三十枚ということなのか。数字〈三十〉はイスカリオテのユダがキリストを売った銀貨〈三十〉枚と関連づけられる。だとすれば、銀貨十枚でも二十枚でもダメなわけで、強いて言えば〈三十〉を数秘術的減算して〈三〉と見なせば銀貨三枚はありだが、それでは余りにも少ない額ということになってしまう(一ルーブリ=一万円だと三万円で、地下男が提供した五ルーブリより安いということになってしまう)。

 マルメラードフはソーニャが身売りした相手を口にしていないが、わたしはイヴァン・アファナーシェヴィチ閣下と踏んでいる。マルメラードフの表面的な言い方によれば〈божий человек〉(江川卓は〈生神様〉と訳している)であるイヴァン閣下こそが、ペテルブルク中でだれ一人知らない者がいないほどの〈淫蕩漢〉であったということである。この淫蕩な高位高官とつるんで、ペテルブルクの貧しい家の処女を提供していたのが、作中に名前だけ出ていてその姿をついに現すことのなかった女衒ダーリヤ・フランツォヴナである。この女衒と家主アマリヤは裏で通じており、以前から極貧家族マルメラードフ一家の長女ソーニャに目を付けていたのである。つまり、ダーリヤとアマリヤとカチェリーナの間で、ソーニャはイヴァン閣下に〈三十枚の銀貨〉で身売り契約が済んでいたということである。知らなかったのは『罪と罰』の読者ばかりで、世界中の読者が百五十年の長きにわたってソーニャ売春劇(ソーニャの最初の〈踏み越え〉劇)の実態を封印されていたということである。ソーニャがアパートを出たのは〈五時過ぎ〉(第六時=五時から六時の間)で、戻って来たのは〈八時過ぎ〉(第九時=八時から六時の間)である。数字の象徴性で言えばソーニャの〈踏み越え〉は〈六~九〉の間に行われたことになる。

 さて、高位高官のイヴァン閣下は、銀貨三十枚でなく、五ルーブリ紙幣六枚で支払ってもよかったはずである。しかし、作中では明かされなかった〈身売り契約〉、ないし〈口約束〉での支払いは、紙幣ではなくあくまでも〈三十枚の銀貨〉となっていたのかもしれない。当時の一ルーブリ銀貨は一ルーブリ紙幣の三、五倍ほどの価値を持っていたと言われる。マルメラードフの給料二十三ルーブリ四十コペイカが紙幣で支払われていたとすれば、ソーニャのたった一回の〈踏み越え〉料金は〈三十×三、五=一〇五〉で紙幣に換算すると百ルーブリを越えることになる。

 

大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。

www.youtube.com



大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。 

エデンの南 清水正コーナー

plaza.rakuten.co.jp

動画「清水正チャンネル」https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%B8%85%E6%B0%B4%E6%AD%A3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB

お勧め動画・ドストエフスキー罪と罰』における死と復活のドラマ https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk&t=187s

清水正の著作購読希望者は下記をクリックしてください。

https://auctions.yahoo.co.jp/seller/msxyh0208

お勧め動画池田大作氏の「人間革命」をとりあげ、ドストエフスキーの文学、ニーチェ永劫回帰アポロンディオニュソスベルグソンの時間論などを踏まえながら

人間のあるべき姿を検証する。人道主義ヒューマニズム)と宗教の問題。対話によって世界平和の実現とその維持は可能なのか。人道主義一神教的絶対主義は握手することが可能なのか。三回に分けて発信していますがぜひ最後までご覧ください。

www.youtube.com

 

www.youtube.com

www.youtube.com

大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。

清水正研究」No.1が坂下ゼミから刊行されましたので紹介します。

令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ

発行日 2021年12月3日

発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1

f:id:shimizumasashi:20220130001701j:plain

表紙

f:id:shimizumasashi:20220130001732j:plain

目次

f:id:shimizumasashi:20220130001846j:plain

f:id:shimizumasashi:20220130001927j:plain

 

 

大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。