随想 空即空(連載158)兵役拒否を巡って

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随想 空即空(連載158)兵役拒否を巡って

清水正  

 鑑三は「基督教は殺す勿れ、爾の敵を愛せよと教ふる者である、然るに若し斯かる教を信ずる余にして開戦論を主張するが如きことあれば、是れ余が自己を欺き世を欺くことであれば」云々と書いている。ここで鑑三は〈開戦論〉を主張すれば自己を欺くと言っているが、この〈開戦論〉を〈兵役容認〉に置き換えても意味するところは同じであろう。〈殺す勿れ、爾の敵を愛せよ〉の教えに従うキリスト教徒が非戦論を唱えながら兵役拒否には賛同しないというのは矛盾であり欺瞞なのである。

 鑑三は〈武装せる基督教国〉に疑問を呈し、世界のどこにもそんな国はないことを宣言する。人殺しを大罪悪と見る鑑三が武装した国家英・米・露・仏国をキリスト教国と見なさないことは当然である。が、この見方で世界を見ればどこにもキリスト教国など存在しないことになる。なぜなら軍隊なき国家など存在しないからである。また、この見方を国家からキリスト教徒に置き換えてみれば、世界のどこにもキリスト教徒など存在しないことになる。口で非戦論は唱えるが、兵役に就くことは拒否しない鑑三は〈金箔附きの偽善者〉ということになろう。

キリスト教の歴史を振り返れば、絶え間のない残虐な戦いの場面に出会うことになる。本来〈殺す勿れ、爾の敵を愛せよ〉を標榜するキリスト教徒たちが、どれほど残酷な殺人行為をなしてきたか。イエスの博愛に満ちた教えとキリスト教の闇の歴史を冷厳に見つめれば、現実から離れた安全地帯で理想論をいくらぶちあげてもなんら説得力を持たないのである。鑑三が〈金箔附きの偽善者〉にとどまり続けるというのであれば、そこから人間とは何かという壮大なテーマは失われることになる。〈殺す勿れ、爾の敵を愛せよ〉を標榜しながら、キリスト教徒(人間)は人を殺すこともできるし、女子供を陵辱することもできる。この直視しがたき現実を直視して、人間とは何かを考えなければならない。

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