随想 空即空(連載132)兵役拒否を巡って

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随想 空即空(連載132)兵役拒否を巡って

清水正 

 

 わたしは宗次郎の兵役拒否が鑑三の説得に屈したことに大いなる疑問を感じたのだが、宗次郎自身の書いているものを見ると彼は鑑三の説得に対して心の底から納得しているようにも思える。ふつうに何の先入観も抱かずに福音書に書かれたイエスの言葉を読めば、キリスト教徒なるもの兵役拒否をするのは当然であると思える。戦争はひとを殺すことであり、戦争に参加することはイエスの言葉に背くことになる。兵役拒否はキリスト教徒にとって真理の実践であり、それを拒むことはどんな理屈を持ってきても納得のいくものではない。真理と真理の応用の違いを説く鑑三の教訓など、イエスの言葉に対する裏切りそのものであり、鑑三が自ら発した〈教訓〉を正当化するのであればそれは自他を欺く度し難い欺瞞に他ならない。

 こういった言い方を厳しすぎると思うひとがいるかも知れないが、しかし一度は徹底してイエスの言葉にそのまま従うことの困難をきちんと見据えなければ、真のキリスト者像を浮き彫りにすることはできない。イエスの言葉に忠実に従う者を〈キリスト者〉と呼ぶなら、非戦論を繰り返し唱えながら兵役拒否を実践しない鑑三も、一度は兵役拒否を宣言したにも拘わらず鑑三の教訓を受け入れて兵役拒否をとどまった宗次郎も〈キリスト者〉とは言えない。

 わたしは鑑三がどうして自分をキリスト教徒と見なしていたのか、そのこと自体が不思議である。ましてや戦争を非難するどころか、積極的に支持していたキリスト教会に所属していたキリスト教徒たちを〈キリスト者〉と見なすことはできない。彼らは戦争という究極の二者択一を迫られた場面において、余りにも安易にイエスの言葉を裏切っている。イエスの言葉を裏切っているにも拘わらず、キリスト教から離脱せずにいること、これは欺瞞であり、卑怯者のすることであるが、彼らはこの度し難い欺瞞と卑怯をも、自らが裏切ったイエスによって救われようとしたりする。この根深い自己欺瞞を肯定することによって彼らは、ますます真の〈キリスト者〉から遠ざかっていく。私は鑑三の教訓に巧妙すぎる欺瞞、鑑三自身が認識できていない欺瞞を感じて生理的嫌悪をおぼえるが、弟子の宗次郎がまんまとその欺瞞に踊らされている事実は事実としてきちんと押さえておく必要はあろう。

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