うちには魔女がいる(連載12)


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矢代羽衣子さんの『うちには魔女がいる』は平成二十六年度日本大学芸術学部奨励賞を受賞した文芸学科の卒業制作作品です。多くの方々に読んでいただきたいと思います。



矢代羽衣子

うちには魔女がいる(連載12) 


   マイヒーロー!

私と祖父は、料理の趣向が徹底的に合わない。

彼は新し物好きの創作料理派。私は冒険しないスタンダードな家庭料理派。そんな好みが真逆のふたりなので、そこそこ頻繁に食卓で火花を散らすのはもはや必然であろう。
祖父は歳の割りに料理好きで、台所に入るのを嫌がらない。亭主関白と良妻賢母が入り乱れる昭和生まれの男にしては、なかなか柔軟でリベラルなナイスガイである。料理はできるが片付けは出来ないというオマケは付いてくるものの、そんな彼の姿勢を尊敬しているし、やさしいし頼りになるし男前だ。本人に言ってやるつもりはサラサラないが、彼は密かに自慢のおじいちゃんなのだ。
けれども、それでも。どうしても許せないものというのも、あるのであって。

納豆にマヨネーズ、海苔の佃煮、その他もろもろエトセトラ。
アチャーなんでコレにソレを入れちゃうかなー! と頭を抱えたくなったのは、一度や二度の話ではない。もちろん祖父の実験的な創作料理が全部マズイというわけではなく、むしろ意外と美味しかったりするものも少なくはないのだ。けれども、けれども、だ。
私は納豆はタレもしくは普通の醤油で食べたいし、美味しいものはストレートにスタンダードに楽しみたい。目新しい要素はいらない。そのまま味わわせて! と声高々に宣言する私は、こと料理に関しては固定観念ガチガチの食わず嫌い野郎なのだ。
おそらく世の中の「これを最初に食べようと思った人物は偉大である」という全ての食べ物(ウニ、発酵食品、シャコなど)は、祖父のようなタイプの人が開拓していったに違いない。そんなことを思いながらマヨネーズ濡れの納豆に遠い目をした私を、一体誰が責められようか。


そんな祖父だが、彼が作るものが一番美味しい、という料理も確かに多く存在する。
昆布巻きは市販のものより何より祖父が作るものが一等うまいし、蓮根のきんぴら炒めも彼の担当分野である。歯ごたえを残しつつも味を中まで染み込ませるあの技術は誰も真似できない。
市場でアンコウを買ってきて、庭の物干し竿に括り付け、家族や親戚の前で茨城名物・アンコウの吊るし切りを披露したことなんかもあった。
祖父の仕事は漁師でも板前でも何でもなく、ただのしがない自営業なはずなのだが、あの手付きの鮮やかさは一体何なのだろうか。アンコウの表面のぬとりとした粘着質な体液をべろべろ飛ばし、家族に盛大に悲鳴をあげさせたのも今となってはいい思い出だ。大騒ぎしながらもきれいに分解された白身は、おいしいアンコウ鍋となってみんなを大層喜ばせた。
数年前からはまっている燻製ものの腕は大したもので、スモークサーモンにチキン、ローストビーフ、ベーコンと、レパートリーが年々増えていく。なかでも祖父特製のベーコンは絶品だ。そのまま食べてもよし、炒め物などに入れてもよし。鍋にこのベーコンを入れるだけで驚くほど味わい深く美味しくなるから、マルチに活躍する我が家の頼もしい千両役者だ。
祖父や魔女が貰い物のお礼にと事あるごとに人に配るせいか、「また食べたい!」というリピーターを順調に増やしていっている。



「パパァ、おねがーい」
魔女の間延びした呼び声に、祖父はのっそりと立ち上がって、ペタペタ足音を立てながらキッチンへ向かう。
今日の夕飯は餃子だ。皮を作ったり具を包むのはもっぱら魔女と私だが、餃子を焼くのは祖父の立派な仕事のひとつなのだ。

興味津々に手元を覗きこむ私に気づいた祖父が、嬉しそうに解説を始めた。
「これはな、火力が大事なんだよ、火力が」
訛りが少し強い祖父の言葉を、ふーん、と頷きながら聞き流す。祖父は時折気まぐれに、自分の得意料理を私に教えようとするのだが、その技術が私に身についた試しはない。だってじいちゃんが作った方が美味しいんだもの、と悪びれずに言ったら、文句を言いつつもあながち満更でもなさそうだった。

あっという間に餃子が焼きあがり、皿に移して机に置いた。見るからに美味しそうにこんがり焼けた餃子に、魔女が嬉しそうな声をあげた。
「やっぱり餃子焼くのはパパだよね。私こんなにきれいに焼けないもん」
弾む声。餃子が食卓に並ぶ日は、魔女はいつもご機嫌だ。
いくつになっても親に勝てないものがあるのって、いいなぁ。まだ熱い餃子をひとつ口に放り込むと、カリッと小気味良い音が耳の奥で響いた。

※肖像写真は本人の許可を得て撮影・掲載しています。無断転用は固くお断りいたします。