うちには魔女がいる(連載10)


清水正への原稿・講演依頼は  qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp 宛にお申込みください。ドストエフスキー宮沢賢治宮崎駿今村昌平林芙美子つげ義春日野日出志などについての講演を引き受けます。

こちらもぜひご覧ください。
早稲田塾が選んだ大学教授」
http://www.wasedajuku.com/channel/good-professor/detail.php?professorid=44
ドストエフスキーファンのブログ「エデンの南」http://plaza.rakuten.co.jp/sealofc/13089/




人気ブログランキングへ←「人気ブログランキング」に参加しています。応援のクリックをお願いします。







ここをクリックしてください。清水正研究室http://shimi-masa.com/

四六判並製160頁 定価1200円+税

京都造形芸術大学での特別講座が紹介されていますので、是非ご覧ください。
ドラえもん』の凄さがわかります。
http://www.youtube.com/watch?v=1GaA-9vEkPg&feature=plcp


清水正へのレポート提出は  qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp 宛にお送りください。





人気ブログランキングへ←「人気ブログランキング」に参加しています。応援のクリックをお願いします。



矢代羽衣子さんの『うちには魔女がいる』は平成二十六年度日本大学芸術学部奨励賞を受賞した文芸学科の卒業制作作品です。多くの方々に読んでいただきたいと思います。



矢代羽衣子

うちには魔女がいる(連載10) 


  えくぼと目玉焼き


ひとみちゃんを「姉さん」と呼び始めたのは、一体いつ頃からだっただろうか。

融くんがお嫁さんに選んだひとみちゃんは、穏やかでやさしい女の子だった。
ひとみちゃんを初めて見たときのことは、ぼんやりとしか覚えていないし、何年前の話なのかも分からない。ただ私はまだ随分と幼くて、しゃがみこんで目線を合わせてくれたひとみちゃんに、無邪気にじゃれつくことができた程度には子どもだった。
笑うと頬にえくぼができて、それが可愛くて私はよくひとみちゃんのえくぼを小指で突ついては遊んでいた。無遠慮にえくぼを抉ってくる子どもにも嫌な顔をせずに、ひとみちゃんはずっと笑っていた。幼い頃のぼんやりと曖昧な記憶の中のひとみちゃんは、いつもやさしい笑顔を浮かべている。

はてさてそれから数年後、それぞれ「いとこの奥さん」「旦那のいとこ」としてはそれなりに適当な距離を保っていた魔女とひとみちゃんだが、ある時期を境に二人はぐっと親しくなる。
ちょうどはるなが産まれたばかりの頃で、ちょっとしたことで塞ぎ込んでしまっていたひとみちゃんの相談に魔女が乗っているうちに、予想以上に意気投合してしまったらしい。そこからは本当に早かった。一時期は毎日のように家にはるなと二人で遊びにきては一緒に食卓を囲み、家族といっても差し支えはないだろうというくらいの時間を共に過ごした。(そんな彼女たちを、私は密かに非常勤家族と名付けた。しかし、もはや非常勤ですらないような気がしている。)
今では血のつながりがないとは思えないほどの仲で、二人で馬鹿な話をしてゲラゲラ笑っている様は、まるで休み時間に教室ではしゃいでいる女子高生みたいだ。
そしてそうなってくると、当然、やさしくていつも笑顔のひとみちゃん―――以外の顔も、おのずと見えてくるわけで。



「むかし融くんとウイちゃんと一緒にね、外食したことがあったの。ハンバーグ屋さん」
訥々と話し始めたひとみちゃんに、私と魔女は顔を見合わせた。聞けば、彼女の話はこうだ。
融くんとひとみちゃんと幼い私の三人で、レストランで食事をしたらしい。私はステーキを、彼女は目玉焼きが乗ったハンバーグを注文した。そして、いざ料理が来た、のだが。
「ほしいって言ったの。私のハンバーグに乗った、目玉焼きを!」
それ一番重要なところじゃない! と憤慨するひとみちゃんに、私は目を丸くしてしまった。
どうやら幼い私はわがままを言って、人の注文したハンバーグの上に乗った目玉焼きを所望したらしい。しかもよりによって、ひとみちゃんの、卵が大好物なひとみちゃんの目玉焼きを、だ。
彼女は不服そうに続けた。
「本当は嫌だったんだけどね、融くんも見てるし。まだ結婚する前だったから私も多少気使ってたし。あげたよ嫌だったけど。嫌だったけど」
目玉焼き乗せハンバーグから目玉焼き取ったらただのハンバーグでしょ、と言う彼女の隣で、我慢しきれなくなった魔女が腹を抱えて涙が出るほど爆笑している。
確かにその通りだ。目玉焼きを奪われた目玉焼き乗せハンバーグのアイデンティティは、一体いずこに。幼い頃の傍若無人さを暴露され大変恥ずかしくなった私は、ごめんってば、と少々俯きながら言った。ひとみちゃんがにっこりと笑う。頬にひょっこり浮かぶ、可愛いえくぼ。
「一生許さない」


ひとみちゃんは確かに穏やかでやさしい女の子だったけど、そのえくぼの裏側に、実は毒を隠し持っていたらしい。それも、中々強力なやつを。
それでもまだ私はマシな方だ。彼女の中ではまだ「ちっちゃなウイコちゃん」のイメージが抜けないらしく、何かと甘やかしてもらっている。これが魔女や旦那相手だとわりと容赦がないので、ひとみちゃん最強伝説は日々増えていく一方だ。
やさしいけど毒も吐いて、思い切りが良くて、見かけによらず大胆不敵。そんなひとみちゃんのことを、いつの間にか、いっそ尊敬の念すらこめて「姉さん」と呼ぶようになっていた。

「ひとみちゃん」が「姉さん」になってからもう久しいけれど、彼女が笑うと頬に浮かび上がるえくぼは未だ健在だ。
どれだけ毒舌でばっさり斬られようとも、やはり私は彼女のえくぼを見ると、可愛くてついつい小指で突ついてみたくなってしまうのだった。
※肖像写真は本人の許可を得て撮影・掲載しています。無断転用は固くお断りいたします。