ユッキーの紙ごはん(連載51)

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ユッキーの紙ごはん(連載51)


【バイトパワハラ体験記 中】

ユッキー


 
 私は愚かにもオイシイ話に簡単に食いつき、結果、たったの3週間、シフトに入った回数7回、合計労働時間約25時間で逃亡した。

 その原因は、私をたった数分の面接で採用し、入店したあとも私の教育係であった田辺さんにあった。

 最初のシフト入り3回ほどまでは、たしか彼女は優しかった。とても覚えきれない多くの情報を一度に言う癖はあるものの、きっととりあえずザッと教えてくれているのだと思いながら、私はできるだけメモを取った。
 他のスタッフは年配の女性がほとんどで、皆優しかった。だから当初、友人達に自慢していたものだった。「良いバイト先に入った」 と。

 ところがあるとき、不意に田辺さんに怒鳴りつけられた。何でもない、ただ単に 「ご飯を先に客に運べ」 というだけの指示を、あたかも私がとんでもないミスを犯したかのような金切り声で叫ばれた。
 
 それ以降、田辺さんの私に対する態度は一変した。

 前述したとおり田辺さんはメニュー内容を早口で喋り倒す。が、具体的な仕事内容に関しては教えてはくれない。そして私が聞くと、「え? 当然でしょう」 と苛立った声で返し、「さっさとしろ」 と怒鳴った。
 質問をすれば 「いちいち聞かないで」 「少しは自分で動けないの」 と疎ましげに答え、かと思えば、私が頼まれた仕事をしようと黙ってゴミ袋を手にすると 「だから確認しなさいって言ってるじゃん」 と怒鳴り、私の触ったゴミ袋を奪って廃棄箱に突っ込んだ。ゴミ袋に種類があるわけでもない。

 店長が言うには来店者数が減っているとのことで、お店が暇な分だけ私は予定より数時間も早く帰されてばかりだった。だから回数を重ねても、触れられる仕事が少なく、更に任せてもらえる仕事となれば朝の掃除と下げられた食器類を調理場に運ぶ以外にはほぼなかった。
 にも関わらず、田辺さんは 「もう何回も入っているのにこれじゃ困る。使えない。居酒屋バイトで何をやっていたわけ?」 と怒鳴り、時には私を嘲笑するのだった。

「あの人、言い方がね。本当に、どうしてあんな言い方しかできないんだろう。いろんな人にそうなのよ」

 6回目のシフト入りの朝、たまたま一緒になった調理場の女性スタッフに 「田辺さんに怒られてばかりで」 とこぼすと、彼女は心底忌々しげにそう言った。
 言い方がきついだけの人で、悪気はないんだ。そう思えば、まだ自分に努力の余地があると感じられた。気合を入れて、タイムカードを押した。

 私の気合は、無意味に終わった。

 居酒屋でバイトしていた2年間は、疲れる、割に合わないと思いながらも、楽しい時間だった。店長に褒められお客さんに褒められ、自分の新しい一面を見つけられたようで嬉しかった。だから接客に自信があった。最初は役に立たなくても、きっと頑張れると。まだ頑張れる。

 それが自惚れだったのだろうかと、長身の田辺さんに見下ろされ 「そもそもあなたの返事の仕方が気に食わない。バカにされてる気分になる」 と怒鳴られながら、自らを恥じた。
 22歳にもなるのに、来年から社会人になるのに、返事の仕方などという根本的なものを否定されるなんて私はこれまでの人生なにをやってきたのだろうと心が沈んだ。

 6回目のシフト入りから7回目のシフト入りまで3日間あったが、田辺さんの声や言葉が頭から離れず、食欲が少しも湧かなかった。何か特別考えているわけでもないのに、涙がふと流れポタポタと顎から落ちるので、私は部屋着の袖で頬を拭い続けた。


※肖像写真は本人の許可を得て撮影・掲載しています。無断転用は固くお断りいたします。