インドネシア訪問(3)
九月五日、南ジャカルタの国際交流基金ジャカルタ日本文化センターでの国際シンポジウム「文学とマンガ」の第二日目は日本時間午後三時過ぎに始まった。わたしは「世界文学の中の林芙美子」というテーマで話した。ドストエフスキーの『悪霊』と林芙美子の『浮雲』について話したが、実質三十分ほどの講演では内容に深く踏み込むことはとうてい不可能なので、日本でいかにドストエフスキーが熱中して読まれて来たかを所蔵するドストエフスキー全集の翻訳本や拙著のうちのドストエフスキーや林芙美子に関するものなどを写真で紹介したり、ドストエフスキーに影響を受けた小説家、詩人、批評家などを簡単に紹介した。日芸文芸学科で発行している「江古田文学」の林芙美子特集号や日芸図書館発行の『林芙美子の芸術』や林芙美子展示会の模様、所蔵する林芙美子の初版本なども紹介した。林芙美子はドストエフスキーの『悪霊』を熟読し、自分の作品『浮雲』の主人公富岡謙吾において血肉化したこと、富岡は敗戦後の日本人の虚無を体現していることなどを話した。参加者の学生から『悪霊』についての質問もあったが、短い時間ではとうてい満足のいく説明はできなかった。インドネシアではドストエフスキーをはじめとしてロシア文学はあまり読まれていない印象を持った。
世界文学の中の林芙美子
ーードストエフスキー『悪霊』と林芙美子『浮雲』をめぐってーー
林芙美子の現在日本での位置づけを述べる。
(1)近代日本文学を代表する女流作家の一人
代表作『放浪記』は森光子の舞台(二千回を越える公演舞台)によって広く知れ渡っている。
(2)『浮雲』は同時代の小説家や文芸評論家によった高く評価された。
日本におけるドストエフスキー受容の歴史
(1)明治25年(1892)に『罪と罰』が翻訳されて以降、大正(1912〜1926)、昭和(1926〜1989)、平成(1989〜)の今日に至るまでドストエフスキー文学の翻訳、研究は絶え間なく盛んである。
(2)ドストエフスキーの影響を受けた多くの日本の小説家、批評家、詩人。
坂口安吾、椎名麟三、野間宏、志賀直哉、遠藤周作、小林秀雄、埴谷雄高、萩原朔太郎など。
(3)林芙美子は独立したドストエフスキー論を書いていないが、『罪と罰』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』などを読み、自分の作品の中に生かしている。特に『悪霊』の主人公ニコライ・スタヴローギンは『浮雲』の富岡兼吾に深く影響を与えている。
まとめ
今後の課題として、林芙美子の文学を日本近代文学の枠の中でとらえるのではなく、世界文学(特にドストエフスキー)の地平においてとらえる。西洋の神と日本の神、ニコライ・スタヴローギンの虚無と富岡兼吾の虚無の違いなどを明らかにする。
『浮雲』初版本 昭和26年 六興出版社
成瀬巳喜男監督『浮雲』ポスター 幸田ゆき子を高峰秀子 富岡兼吾を森雅之が熱演
森雅之(富岡)と高峰秀子(ゆき子)
艀で屋久島に向かう富岡とゆき子
舞台公演『放浪記』ポスター 主演森光子
舞台で林芙美子を演ずる森光子 迫真の演技
『放浪記』二千回上演を突破した森光子さんと。