小林リズムの紙のむだづかい(21)

画・кёко

紙のむだづかい(連載21)


小林リズム

【入社して8日で会社を辞めた件】


 新卒は私を含めて3人いた。みんな女の子で、優秀で綺麗で、物わかりも早く聡明だった(私以外ね、と言っておこう)。性格もさっぱりしていて、私たちはすぐに仲良くなった。はじめて新卒を雇ったということで、まず私たちは経営者から「衣装代」と言われ、10万ずつもらった。入社式にはシルクのスカーフをもらった。高級鉄板焼きだとか、ホテルのラウンジバーにも連れて行ってもらった。こう書くと、なにこれバブル時代のパトロン?ずいぶん羽振りが良い会社だと思われるかもしれないけど、実際羽振りがよかった。


 土日祝日休み!お給料もふつうの新卒平均を上回る24万+インセンティブ!この好待遇で調子に乗らないなんて無理だと思う。腐ってもゆとり世代の私たちだけれど、同じように腐っても女なのだ。お金もお洒落なことも大好き。特別扱いも大好き。すっかり浮かれていたし、明るい未来しか目の前に広がっていなかった。このとき、若くてフレッシュな新卒3人組は、そろいも揃って4月で会社を辞めるなんて、そりゃあもう、想像さえしていなかった。


 思い返せば、「ちょっと異様だな」と感じることは、ちょっとしたところにちりばめられていた。たとえば朝の朝礼で。
「お前たちはなぁ、みんな発達異常者だ!この会社から出たら生きていけんのや!」
と新卒以外の社員を罵る経営者をみたとき。社員はむせび泣き「経営者のおかげで、私は働かせていただいています…他のところじゃ生きていけません…」と感謝する。浮かれきっていた私は「あぁ、この経営者って社員全員から尊敬されているんだな」と無理やり自分に言い聞かせていた。


 そして経営者に意見を求められるたびに「俺はアホなので…」とか「俺はバカだから…」と必ずワンクッション卑下の言葉を入れる社員たちにも、「ちょっと自信がない方たちなんだな」くらいにしか思っていなかった。


 4月。正式に社員になって、朝の6時半から「講座」が始まった。”一流のビジネスマンになるには、一流の人間でなければならぬ”という、もっともらしいテーマとともに開講されたそれの内容は、散々だった。


 宗教と哲学を要所要所で引用し、オリジナルの持論に無理やりこじつける。「お前ら全員をヤリ捨てしたいんや!それが真理や!」とキレ気味に言われ、そのことを男性社員にも同意を求める。「お前もこいつら見ているとムラムラするだろ?」と聞き、「それ、セクハラですよ〜」と社員が言おうものなら「真理の話をしとんや!」と激怒する。
「いいか、俺は本当のことしか言わない。お前らはな、親に騙されとんのや!」とそれぞれの両親を侮辱。かと思えば、
「お前ら、そこに並んでくるっとまわれ」とファッションチェックをされる。「俺のことどう思うんや?」と聞きながら「男は女を殴りたくなるんや!」とエキサイトして叫ぶ。そして「この真理を理解できないと話にならん!」と思想を押し付けてくる。いったい何がしたいのか。とにかくもう、支離滅裂だった。これがビジネスにつながる大事な土台なのか…。


 あまりにもな経営者の豹変ぶりにびっくりし、同期全員で泣いたこともあった。家に帰って、翌日の洗脳講座のことを思うと泣けてきて、顔がお岩さんのように腫れたら困るな、と冷凍庫にある冷凍ごはんで目を冷やしたこともあった。けれど、「そうか、これが真理なんだ…」と洗脳されずにすんだのは、同期の子がいてくれたおかげだった。洗脳されている社員たちは経営者を崇め、雇っていただいていることの素晴らしさに打ち震えている。何を言っても聞き入れてもらえず、誰からも守ってもらえない、これは洗脳されて教祖様を信仰したほうがラクなんじゃないかと思った。