小林リズムの紙のむだづかい

紙のむだづかい(連載37)


小林リズム

【快適に過ごすこと】


「ご覧ください!表と裏を使い分けることで、一年中快適に過ごせます!」
という声がテレビから聞こえてきて、思わず目を向けてしまった。テレビショッピングで、布団の宣伝をしていた。夏は涼しく、冬は暖かい仕様であるらしいそれは、「えー信じられなーい!」と騒がれる破格で販売されているらしく、今すぐお電話を!しなければならない雰囲気だった。前から思っていたのだけど「今すぐお電話を!」と言われて電話をかけて「今すぐお電話と言われたのでかけてみたんですけど…」と揚げ足をとる人っていないんだろうか。むやみやたらに電話を催促してくるのだから、それくらい意地悪をしたい気分にもなってくる。

 教祖会社にいたころ、私はよく「さすがですねー!」「知らなかったです!」「すごーい!」「そうなんですかー!」という言葉をやたらと多用していた。本当にすごいことなのかどうかは別に関係なかった。社会人になるということは、営業職に就くということは、これくらいさらっと言えるのが当たり前なのだ。と、思っていた。表と裏を使い分けることなんて、意識しなくても自然とできてしまうものだし、せっせと使えるものは使って、さくさくっと売れるものは売って、ちょっとした違和感や都合の悪いものには蓋をして生きていくのが、一番スムーズに物事が進む。そしてそれはそんなに悪いことじゃないように思えた。…のだけど、もしかしたら違うのかもしれないと思い始めた今日この頃。私はそのスムーズに進むはずだった人生を踏み外してしまってから、なんだか生き方の指針みたいなものがよくわからなくなってしまったのだった。

 「こいつら見てるとムラムラするだろ?」と社員に同意を求めていた経営者と、「ムラムラしますね」とニヤけながら答えていた男性社員。養う家族のある男性社員はきっと、これからも表と裏をうまく使いこなしてガシガシと働いていくのだろうと思う。経営者の前で「君たちは異常だよ」と、新卒生に向かってさらっと言い放ち、絶対的なポジションを獲得していくのだと思う。そこに自分や相手の気持ちなんて関係なく、効率よく安全に進む現実がある。

 私は教祖の講座に耐えられなくなって、「洗脳されている気持ちになります」と伝えると「出ていけ」と言われ、途中で退席してしまったのだけど、このとき表裏を使い分けることができていたなら、今も快適に働くことができたのだろうか。「私、親に騙されてました!」と答えれば、無職になることもなく、これから先の生活に思い悩むこともなく、要領よく過ごすことができていたのかもしれない。数年後に入社してくる後輩に「これが社会人だから」としたり顔で言い放っていたかもしれない。そして、それができない人たちを「甘い人間なんだから、青くさくてバカみたい」と嘲笑しているような気がする。まさか、自分がこっち側の人間になるなんて考えてもみなかったのだ。でも、と思う。私は快適に過ごすために生きているんじゃないよなぁ…。かと言って、苦労して生きたいとも思えないのだけどね。