ユッキーの紙ごはん(連載44)

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ユッキーの紙ごはん(連載44)

 【リズムさんの耳たぶ 2】


ユッキー


 


 絵を観る、小説を読む、音楽を聞く。感動し、「作者は天才だ」 と畏怖の念を抱く。さて作者について調べてみたら、何とまあ平凡な人生を歩んだことでしょう。
 こうなってしまった場合、作品の鑑賞者はきっと苦しい思いをする。自分と変わらない平凡な人生を送っていながら、自分とはまるで違う、逆立ちしたって得られない才能にあふれている人間が存在する。じゃあ、自分は何なんだろう。才能に恵まれなかった自分は? 世界の理不尽さを呪う。不運を嘆き、他人の才能に触れるたび卑屈になる。

 作者の奇天烈な、欲を言えば不幸で悲劇性のあるともっと良いが、そんなエピソードは鑑賞者の凡人を安心させてくれる。
 天才画家のゴッホには理解者と決別し耳たぶを切り落とすような苦悩があったように、「天才」 は悲しみと引き換えに才能を得ているのだと。自分は平凡な人生だが、その代わりにそこそこ幸せでいるのだと。

 小林リズムさんのエッセイ本 『どこにでもいる普通の女子大生が新卒入社した会社で地獄を見てたった8日で辞めた話』 の表紙を、私は一目見た瞬間 「上手い」 と思った。あざといポーズの写真も長いタイトルもそうなのだが、何より、エピソードが。

「どこにでもいる女子大生が卒業して自分の好きなことをやっていたら、いつのまにかエッセイ本が出版されちゃいました!」 では、凡人はムキーッとなってしまう。
 ところが彼女は新卒入社したのに8日で辞めて無職。凡人は一安心である。ふう……私には本を出版するチャンスなんて巡ってこないけど、ここまで不安定な人生でもないわ……良かった!なんて。

 しかし人間とは勝手なもので、自分からかけ離れすぎていても 「はいはい、天才は良かったね」 と背を向ける。「自分とは違っていてほしい」 と願っている対象に、心のどこかで親近感や共感までもを求める。ぜいたくぅ! ゴーギャンに嫉妬していたゴッホ。天才にもまるで凡人のような感情があったのかと思うと、「へえ」 と頬が緩むのだ。

 そんなわけで 『辞め8』 で私がいちばん好きな部分は、リズムさんがお母さんとの電話で泣くシーン。
リズムさんには、自分の気持ちを信じて、教祖である代表に 「意味わかんない」 と言い放ち、正社員という肩書きを捨てる決断力があった。なかなか持てない力だ。

 そんな彼女にも、お母さんに涙声を聞かせた日があった。ずっと心配をかけ続けてきたのに社会人になってもうまく生きられないことへの、劣等感や罪悪感。ぐっとくる。
 この部分があってこそ、私はリズムさんの 「私のなかから奪われるものは、きっとない」 という一言を素直に受け入れられた。

 耳たぶを切り落とすのは、痛いに決まっている。
 けれどそれによって鮮やかな世界が見えるとしたら、やっぱり私も切ってしまいたいと思うのだ。

 

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