猫蔵の日野日出志論(連載12)

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猫蔵の日野日出志(連載12)

『ギニーピッグ2血肉の華』論④

矢口高雄先生と日野日出志先生 撮影・清水正

 映像作品『血肉の華』の場合、映像を映し出しているのが一体誰なのか、その主体の位置がぼかされていることに注目したい。次に、本編ラストの黒バックに流される、白抜きのテロップ部分を引用する。

「以上が8ミリと写真、及び手紙の全貌を要約したものである。犯人は実行者と撮影者の、少なくとも2人はいると思われる。被害者の女性も相当数いるはずである。われわれのつかんだ情報によれば、警察が極秘裏に捜査を開始したらしい。おそらく近い将来、日本犯罪史上空前の猟奇殺人事件の全貌が明らかとなるに違いない」

ここで画面が暗転し、スタッフロールに入る。スタッフロールでは、スタッフ紹介のテロップと共に、本編の原案になったと思しき、8ミリフィルムの映像が映し出される。その画質は粗く、不鮮明である。本編同様、密室とおぼしき部屋のベッドに横たわる、体を切断された女の死体。その顔面を接写した映像には、誰が施したのかは不明だが、目にボカシが掛かる。そして何者かの手が、咄嗟に女の顔を遮る。当然だが、一瞬映し出された女の顔は、本編とは別人である。薄暗い室内を照らす裸電球が映し出され、カメラは犯人らしき男の後ろ姿を捉える。スタッフロールの最期に、四肢を切断され、ベッドの上で血まみれになった女の全容が一瞬映る。その画の上に、「脚本・監督 日野日出志」というクレジットが重なる。
血塗れになった女の画の上に覆い被された「日野日出志」という文字。それは私に、名状し難い痺れを覚えさせた。

 ここで話を整理すると、ある怪奇漫画家・日野日出志のもとに、彼のファンを自称するものから、一本の8ミリフィルムが送り届けられた。それは、正体不明の男(劇中においては鉄兜を被った白塗りの中年男として表されている)が、ひとりの女の体を切り刻んでいる様子を映し出した実写映像であり、その場面を撮影している撮影者は、また別にいるらしいというものである。そして、これらの映像を実際に公開してしまった際の社会的混乱の大きさを配慮してか、その怪奇漫画家は、みずからメガホンを取り、セミ・ドキュメントとしてその映像を再現、作品として世に送り出した。これこそが、オリジナルビデオ映画『ギニーピッグ2血肉の華』であるという。
 ビデオ初見当時、私は日野日出志という人物のことをまったく知らず、後に大学に入る時分になって自宅のインターネット環境が整いはじめる頃まで、その名前を、『血肉の華』製作に携わった映像作家として記憶していた。ただ、彼が“怪奇”漫画家を名乗っているということが、妙に心の奥に引っ掛かっていた。
もしかすると日野日出志という人物自身が、例の8ミリフィルムの撮影者本人であり、映像作品『血肉の華』とは、あるいは彼自身の手による、二度目の作品なのではないか。心の奥では、そう感じていたように思う。いや、たとえ日野なる人物が撮影者自身でなかったにしても、その忌まわしい映像を再現し、みずからの作品として世に送り出した彼の真意を、私は計りかねた。表向きは、セミ・ドキュメントという言葉からも推察できる通り、「スナッフフィルム」(※4)と呼ばれるこの犯罪の実在を社会に向けて告発し、知らしめるためだと解釈できる。しかし、それですべてだろうか。その怪奇漫画家のなかに、あわよくばみずからも実際に手を下し、正真正銘の怪奇ビデオを撮ってみたいという欲望がなかったと言い切れるだろうか。驚くべきことに、そもそも私が近所のレンタルビデオ店で『血肉の華』を手にとった動機も、その見本パッケージの、「スナッフフィルム」を思わせるスチール写真に、心惹かれたからであった。私自身もまた、これが特定の監督の手による作為的なフィクションなどではなく、本物の殺人映像を収めたものであってほしいと潜在的に願っていたことを、否定できない。だからこそ、傍らにいた父親に反対されながらも、私は父の会員証を使い、未成年貸し出し禁止のこのビデオを借りることを決めたのである。
それでは、映像作品『血肉の華』を見つめている眼差しとは、一体誰のものなのか。“意思”という言葉は拡散する性質をもっていると先に述べた。私を含め、『血肉の華』に関わった者たちの肉眼は、彼らの「意志」から解き放たれ彼らの身体を離れて、カメラという匿名のレンズの中へと吸収されてしまう。そこで彼らの肉眼は溶けて混じり合い、『血肉の華』の、あの冷たくも熱っぽい眼差しを形作っている。カメラのレンズを通して、8ミリフィルムの撮影者と、監督・日野日出志と、ビデオを借りた私自身とが、密かな共犯関係をとり結ぶ。この作品を見つめる眼差しが不在である以上、それぞれの意思は拡散し、その結果、作品自体がまるで一個の巨大な“意思”そのものであるかのように、鈍くその目玉を光らせ出す。一粒一粒の水滴が集まった結果、一筋の水の流れとなるように、“意思”もまた、一筋のベクトルとなり、『血肉の華』にあの力強さをもたらしている。
改めて、私はこれを「剥き出しの思向」と呼ぶ。動き出した流れはもはや、撮影者や監督の思惑を離れ、闇夜に街灯の光を目指して羽ばたく蝶のように動きはじめる。
主体不在の“意思”というものは、得体の知れない怪物の不気味さを思わせる。例えば、とるに足らない噂話しや悪評というものが、当人の窺い知れぬ間に実体をもち、当人の存在を脅かすまでになるということがある。オリジナルビデオ映画『血肉の華』は、「スナッフフィルム」という、巷でその実在を囁かれながらも、これまで誰ひとり、実際にそれを確認・報告した者の存在しない、都市におけるフォークロアの上に成り立っていた。レンタルビデオという、個人視聴を前提としたフォーマットもまた、劇場公開型の映画と比較し、鑑賞者に、作品との共犯関係を強く意識させることに貢献したであろうし、殺人ビデオというモチーフを生かす上でも有効だったに違いない。
映画『死の王』にはない、『血肉の華』の独自性は、ここにあるように思う。『死の王』においては、『血肉の華』ほど、視聴者がとり結んだ共犯関係が濃密ではない。『血肉の華』では、そもそも“意思”の出資者として、視聴者は何割かは、殺人の首謀者と罪を共有することを、免れ得ない。このビデオを手にとった時点で、視聴者はもはや、この作品の一部として、とり込まれているといってもよい。

                     ■

 映像作品『血肉の華』の生々しさは、人体解体のフィルムを忠実に模写した再現映像としての生々しさにあったのではない。女の血と肉とハラワタを掻き分け、その奥の奥までを映し出そうとする、カメラの眼差しの生々しさにあった。
 そのカメラのレンズは、当然ながら誰の肉眼でもなかったが、そこには確かに、私自身のそれも、混じっていた。みずからが付けたその一点の染みから、私は目を離せなかった。私は、私自身の肉眼では見ることのできないものを、ビデオカメラのレンズ越しに見ようとしたのである。レンタルビデオ(私の場合、スクリーンの映画より、こちらの方が馴染み深い)とは、私自身の目が、みずからの肉眼を乗り越えるための、もうひとつの眼差しであったといえる。
 では、次の章においては、映像作品『血肉の華』のもつ眼差しが、見ようとしていたものについて論じる。本章では、それが、剥き出された血や肉やハラワタには留まり切らないことを指摘するに留まった。第二章でもまた、本作と比較・対照となる映画・映像作品をとり上げ、本作品の独自性を炙り出していく。

□注釈
※ 1「幾つかの問題」
1989年に発生した「宮粼勤事件」(東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件)において、犯人の宮粼勤死刑囚の自宅から押収されたとして、オリジナルビデオ作品「ギニーピッグ」シリーズ第二作『血肉の華』が、その殺人描写と事件との関連性を疑われ、宮粼に殺人を教唆したとして槍玉に挙げられた。『血肉の華』を監督した怪奇漫画家・日野日出志は当時、TV・雑誌等によって、その作風のみならず人格そのものを否定される報道をなされたという。しかし、実際に宮粼宅から押収されたのは、『血肉の華』ではなく、コメディ色を前面に押し出した第四作『ピーターの悪魔の女医さん』であった。また、ギニーピッグ・シリーズが国内で再リリース(DVD化)なされない理由として、宮粼事件にまつわる自粛にあわせ、当時の出演者・スタッフから許諾が取りづらいことや、もし発売しても採算が見込めないことなどが挙げられる。

※ 2「約一万部の売り上げ」
シリーズ第二作『血肉の華』に限定したデータである。2009年度調べ。協力・Unearthed Films社(米国)。

※ 3「ギニーピッグ・シリーズ」
オレンジビデオハウス製作のオリジナルビデオのシリーズタイトル。原版は日本発売。第一作目は『ギニーピッグ 悪魔の実験』(1985年)。同メーカー製作のシリーズは第四作『ギニーピッグ4 ピーターの悪魔の女医さん』まで継続した。

※4「スナッフフィルム」
鑑賞・流通を前提として、殺人行為を撮影したフィルム、ビデオのこと。偶発的に映された映像はこれに含まない。その実在が明らかになっていない都市伝説の一種。

猫蔵・プロフィール
1979年我孫子市生まれ。埼玉県大利根にて育つ。日大芸術学部文芸学科卒。清水正教授に師事。日大大学院芸術学研究科博士前期課程文芸学専攻修了。日野日出志研究家。見世物学会会員。著書に『日野日出志体験――朱色の記憶・家族の肖像』(D文学研究会)がある。本名・栗原隆浩