随想　空即空（連載104）内村鑑三の不敬事件を巡って#ドストエフスキー＆清水正ブログ#

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有即無　無即有　有無即空　空即空　空空空　正空　（清水空雲）

随想　空即空（連載104）内村鑑三の不敬事件を巡って#ドストエフスキー＆清水正ブログ#

清水正

　鑑三は署名を強制する先輩たちに対して烈しく抵抗したように書いているが、第一期生大島正健の『クラーク先生とその弟子達』（昭和十二年七月　帝国教育会出版部）には次のように書かれている。

　第二期生としてやって来太田稻造は、在郷中に早くも基督教的信仰が芽ばえていたものと見えて、札幌へ来た折には立派な英語聖書を携えていた。（中略）それかあらぬか、ことさらに頑強な態度を持した二期生の中沢洽樹かで、太田は思想的に基督教的傾向を持っていたものと見えて、日ならずして盟友との誓を棄て、忽ち敵の軍門に降伏して「イエスを信ずる者の誓約」に真先に署名した。それをきっかけに十八名中の十五名までが、然も到着後二三ケ月の間にその誓約書に署名して基督信徒たるべきことを誓ったが、今尚残存している当時の誓約書に現われている二期生の姓名を署名の順序通りに示して見ると次の如くである。

　　太田稻造　佐久間信恭　宮部金吾　足立元太郎　高木玉太郎　廣井勇　内村鑑三　町村金彌　南鷹次郎　藤田九三郎　村岡粂一　諏訪鹿三　岩崎行親　伊藤英太郎　伊藤　太郎

　　このように大量的に「イエスを信ずるものゝ誓約」に署名するものが現われたのは、群集心理の現われであったのかも知れないと云うその証拠には、その翌年六月二日に心より信仰を告白して再度札幌へやって来たハリス師から洗礼を受けたのは、宮部・足立・廣井・藤田・太田・高木・内村の七名だけであって他の凡ては誓約書に名を記しただけで、その実を示すことを肯んじなかった。（160～161）

　激しく抵抗したという鑑三が署名者十五名のうち七番目に署名している事実に注目しておけばいいだろう。

　いずれにしても鑑三は自分の意志と良心に背いて「イエスを信ずる者たちの契約」に署名してしまった。キリスト教の神の何たるかを知らぬままに、よく署名したものだとつくづく思う。先にも言及したように、この署名には太田稻造や宮部金吾の署名が大きく影響していただろう。親友二人の署名にも拘わらず、一人鑑三のみが自分の意志を貫くことは難しかったのであろう。署名に関して厳しいことを言うと却ってその意味を見失うかも知れない。鑑三はキリスト教の〈神〉やキリストに関してほとんど無知のまま署名してしまったというのが本当のところであろう。だからこそ鑑三にはそういったところ、つまり事にあたって曖昧なままに処置する傾向があったことを看過してはならないことになる。確固たる意志で署名したのでないということは、要するに納得のいかない強制に屈したということ、理不尽な強制に妥協したということである。これは卑怯でだらしのない妥協であるが、鑑三はこの一点を凝視して苦悩するというタイプでないことにも注意しておく必要があろう。鑑三は自分の行為を正当化することに関して自分自身を騙しきるほどに巧妙である。

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