随想 空即空(連載90)内村鑑三の最初の結婚と破局を巡って#ドストエフスキー&清水正ブログ#
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随想 空即空(連載90)内村鑑三の最初の結婚と破局を巡って#ドストエフスキー&清水正ブログ#
鑑三はタケと離縁した後、私費でアメリカ留学へと旅立つ。鑑三はタケとの事を内面的にどのように処理したのか。まずは父宜之宛の書簡で確認しておこう。
第58信(和文 封書)
内村宜之あて 一八八四年(明治一七年)十二月二十一日。米国ペンシルベニヤ州 エルウィン白痴院より。
不運ナル鑑三、今ハ異国ノ客トナリ、頭ヲ枕スル所ナク青海ニタダヨウ有様トナリ、前途暗ク迷フ有様ニ至リ、思ヘバ涙数行、血眼言語ナキニ至る。嗚乎主ヨ、我ノ罪ヲ許シ玉ヘ、我若シ再ビ国ニ帰ルヲ得ズバ、願クハ我弟ノ内一人ナリトモ我ニ替ハリ、我父母ニ孝養ヲ尽シ、我志ヲ続シ玉ヘ、我主の為メニ尽サント欲シ返テ主ニ向テ大罪ヲヲオカシタリ、我主ヨリ恵ヲ受クルニ不適当ナルモノナリ、若シ御意ナラバ再ビ国ニ帰ルヲ許シ賜ヘ、只主ノ御意ヲ為サシメヨ、アーメン。(108)
鑑三は父宛の手紙で「嗚乎主ヨ、我ノ罪ヲ許シ玉ヘ」「主ニ向テ大罪ヲヲオカシタリ」と書いている。鑑三が犯した〈罪〉〈大罪〉とは何なのか。鑑三はそれを具体的に記していない。おそらくそれはタケとの結婚と離縁を指していると思われるが、鑑三は〈罪〉〈大罪〉の実相に触れていない。まず結婚であるが、鑑三は母親ヤソのもう反対にあって一度は結婚を断念している。しかし当初反対していた母親も、鑑三とタケの潔癖な関係を知って最終的には賛成している。従って鑑三は母親の意見に逆らってまで結婚した訳ではない。しかし残念ながら母親の直感はすぐに証明されてしまった。結婚生活はわずか七ヶ月で破綻を迎えることになる。その原因を鑑三の手紙で見れば、タケの嘘、盗み、不義ということになるが、すでに指摘したように鑑三はその真実に関しては沈黙を守っている。鑑三が離縁に踏み切っている以上、タケの嘘、盗み、不義は実際にあったのだと思われるが、厳密に言えば事実は霧の中である。タケ及びタケの家族にとってこんな不名誉なことはない。子供を身ごもって実家に戻ったタケが離縁されたとなれば、その子供さえ不義の子という噂がたっても弁解のしようがない。タケは鑑三に復縁を求めるが、鑑三は遂にタケの願いを受け入れることはなかった。その間の事情もまた、われわれは鑑三の手紙によって知るほかはない。タケの鑑三宛の手紙は鑑三によって破棄されて残っていないし、タケの日記、手記、回想の類も一切残っていない。タケ宛の鑑三の手紙さえ娘ノブによって消却されたという。わたしはタケ側の資料が全くないとは思えないが、それらは今のところ発見されていない。
鑑三は破綻に終わったタケとの結婚自体を〈罪〉と見ていたのであろうか。想像するに、鑑三は母親の反対意見に耳を貸さずに結婚に踏み切ったことを後悔していたのかも知れない。母はタケの性格が鑑三及び内村家の家風に馴染まないことを直感していたが、鑑三はタケに夢中のあまり彼女の性格を的確に把捉することができなかった。〈天使〉と思っていたタケが実は派手好き、嘘つき、その上不義を犯していたとすれば、もはや結婚生活を続けることはできない。癇癪持ちの激情家鑑三が怒りに駆られて取り返しのつかない乱暴な言葉をタケに投げつけたとしてもふしぎはない。そしてそんな言葉を投げつけられれば、タケもまた内村家を去るよりほかはなかったであろう。売り言葉に買い言葉で、タケもまた一時の激情に駆られて内村家を後にするほかはなかったのであろう。わたしが鑑三の手紙を読んでいて思うのは、彼には妊娠していたタケに対する同情がないということである。わたしはここにこそ鑑三の〈罪〉を見いだすが、当の鑑三は自分の〈義〉を臆面もなく主張し続けている。鑑三は常に正義であり、タケは悪である。善と正義の鑑三は〈羊の皮をかぶった狼〉に翻弄され、苦しめられる犠牲者としての貌を前面に押し出している。この傾向は鑑三の生涯に一貫して見られる。正義の鑑三は自分の義を支えてくれる言葉を聖書の中から引用し、都合の悪い言葉に関しては沈黙を守り続けている。
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