プーチンと『罪と罰』(連載44)

大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。

sites.google.com


お勧め動画・ドストエフスキー罪と罰』における死と復活のドラマ https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk&t=187s

清水正の著作、レポートなどの問い合わせ、「Д文学通信」掲載記事・論文に関する感想などあればわたし宛のメール shimizumasashi20@gmail.com にお送りください。

清水正の著作購読希望者は下記をクリックしてください。

https://auctions.yahoo.co.jp/seller/msxyh0208

                清水正・画

大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。

プーチンと『罪と罰』(連載44)

清水正

 

 『カラマーゾフの兄弟』においてアリョーシャの〈革命〉に関する思いは十分に語られることはなかった。彼はあくまでも神を信じるキリスト者として振る舞うことを強いられている。が、イヴァンはキリスト者アリョーシャに対する挑発者である。作者はアリョーシャが〈狂信者〉でも〈神秘家〉でもなく〈若き博愛家〉に過ぎないと指摘し、さらに〈だれよりももっとも正しい現実派〉とも書いていた。

 〈現実派〉をどのように理解するかについてはさまざまな解釈をほどこすことができようが、将軍に〈銃殺〉にすべきという宣告を発したアリョーシャは〈キリスト者〉から〈革命家〉へといきなり変貌する可能性を秘めた青年であることは確かであろう。アリョーシャはただちに「ぼくはばかなことを言いました、しかし……」と言葉を続けた。〈しかし〉の後の沈黙は何を意味するのか。イヴァンはアリョーシャの〈しかし〉を引き取って次のように言う。

 

 「つまり、その『しかし』さ……」とイヴァンは叫んだ。「ねえ、隠遁者君、この地上においては、ばかなことが必要すぎるくらいなんだ。世界はばかなことを足場にして立っているので、それがなかったら、世の中には何事も起こりゃしなかったろうよ。われわれは知ってるだけのことしか知らないんだ!」(上巻・330~331)

 

 今度はアリョーシャが質問する番だ。「兄さんは何を知っています?」と。イヴァンはうわごとを言っているように次のように答える。

 

 「今となってぼくは、何ひとつ理解しようとも思わない。僕は事実にとどまるつもりだ。ぼくはずっと前から理解しまいと決心したのだ。何か理解しようと思うと、すぐに事実を曲げたくなるから、それでぼくは事実にとどまろうと決心したのだ」(上巻・331)

  ――я и не хοчу теперь ничего понимать. Я хοчу οставаться при факте. Я давно решил не понимать. Если я захочу что-нибудь понимать, то тотчас же изменю факту, а я решил οставаться при факте…(ア・222)

 

 『カラマーゾフの兄弟』を初めて読んだ時、わたしが最も共感を覚えたのはイヴァン・カラマーゾフで、ここに引用した言葉はすんなりと受け入れられた。

 わたしは十四歳の時に〈時間は繰り返す〉という直観に撃たれて以来、ずっと必然者であり、世界のすべての事象は決定されていると思っている。ニーチェ永劫回帰を体感的に理解できたわたしは、イヴァンのこの言葉をそのまま認めた。わたし風の言い方をすれば〔Я хοчу οставаться при факте〕は「事実にとどまるほかはない」ということになる。〔Я хοчу οставаться при факте〕は「私は事実にとどまることを欲する」とも訳せるが、イヴァンが〈事実にとどまること〉を欲していたわけではない。

 ニーチェ永劫回帰する〈事実〉を積極的に肯定し、〈事実=必然〉を自らの〈自由〉と合致させる。必然は自由に反すると思っているひとには、ニーチェの言う〈必然〉を理解することはできない。絶え間なく生成流動する全世界の全事象を必然と見なすことは、当然のこととしてニヒリズムを受け入れることに繋がるが、このニヒリズムは世界の否定や人間の自由を否定することに結びつかない。〈必然=自由〉を許容する精神は虚無主義を超克して、全世界と戯れる肯定的精神そのものである。

 わたしはニーチェの〈事実=必然=自由〉をそのまま認めた上で、イヴァンの言葉に深く共鳴する。この地上世界において、肉体存在でもある人間は、観念の世界でしか絶対者になることはできない。肉体存在としての人間は不断に相対の波に晒されている。永劫回帰の至福などと言ってみたところで、頭をトンカチで叩かれれば痛みに身をすくめなければならない。イヴァン風に言えば、無辜な子供たちが受けた残虐な死の数々を眼にして「僕は事実にとどまるつもりだ」などと言えるのか、ということである。

大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。

www.youtube.com



大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。 

エデンの南 清水正コーナー

plaza.rakuten.co.jp

動画「清水正チャンネル」https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%B8%85%E6%B0%B4%E6%AD%A3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB

お勧め動画・ドストエフスキー罪と罰』における死と復活のドラマ https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk&t=187s

清水正の著作購読希望者は下記をクリックしてください。

https://auctions.yahoo.co.jp/seller/msxyh0208

お勧め動画池田大作氏の「人間革命」をとりあげ、ドストエフスキーの文学、ニーチェ永劫回帰アポロンディオニュソスベルグソンの時間論などを踏まえながら

人間のあるべき姿を検証する。人道主義ヒューマニズム)と宗教の問題。対話によって世界平和の実現とその維持は可能なのか。人道主義一神教的絶対主義は握手することが可能なのか。三回に分けて発信していますがぜひ最後までご覧ください。

www.youtube.com

 

www.youtube.com

www.youtube.com

大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。

清水正研究」No.1が坂下ゼミから刊行されましたので紹介します。

令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ

発行日 2021年12月3日

発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1

f:id:shimizumasashi:20220130001701j:plain

表紙

f:id:shimizumasashi:20220130001732j:plain

目次

f:id:shimizumasashi:20220130001846j:plain

f:id:shimizumasashi:20220130001927j:plain

 

 

大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。