プーチンと『罪と罰』(連載49)
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清水正・画
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アリョーシャの次の言葉にしばし立ち止まろう。
「兄さんはいまゆるすという権利を持ったものが、この世の中にいるだろうかと言いましたね? ところが、それがいるんですよ。その人はすべてのことにたいして、すべての人をゆるすことができるのです。なぜって、その人はすべてのものに代わって、自分で自分の無辜の血を流したからです。兄さんはこの人のことを忘れていましたね。ところが、この人を基礎としてその塔は築かれているのです。この人に向かってこそわれわれは、『主よ、なんじの言葉は正しかりき、なんとなれば、なんじの道ひらけたればなり!」と叫ぶのです」(上巻・334)
イヴァンがキリストを念頭においていることは疑いえない。イヴァンがアリョーシャ相手に熱弁を振るっているのは、彼がキリストを不断に意識していることの証ですらある。イヴァンの眼前に未だ復活したキリストは現れていない。しかし見習い修道僧アリョーシャは〈キリスト〉の代理人としてイヴァンの眼前に存在している。もしそうでなければイヴァンはアリョーシャを試したりはしなかったであろう。
イヴァンが創作した劇詩「大審問官」に登場するキリストは、大審問官にたいし終始沈黙を守っているが、アリョーシャはイヴァンの問いに対して、端的に言葉を発している。無辜な子供を虐殺した将軍は〈銃殺〉であり、無辜な子供の犠牲を必要とする世界の建設は〈許さない〉とはっきりとアリョーシャは口にしている。
アリョーシャの返事だけを聞けば、見習い修道僧アリョーシャは神を拒絶するイヴァンと同じ考えに立っていることになる。だからこそイヴァンは驚きもし、感嘆の声もあげる。イヴァンはアリョーシャの内に悪魔の卵が宿っていること、神に対する反逆の声が潜んでいることを指摘せざるを得ない。
キリスト者アリョーシャの内に〈悪魔〉が潜んでいるということは、同時に無神論者イヴァンの内に〈キリスト〉が潜んでいることを意味する。イヴァンの内に〈キリスト〉が潜んでいなければ、アリョーシャを前にしたイヴァンの饒舌はそもそも成立しない。イヴァンは内なる世界において、何度も何度も繰り返し、〈キリスト〉との対話を展開してきたに違いないのである。
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人間のあるべき姿を検証する。人道主義(ヒューマニズム)と宗教の問題。対話によって世界平和の実現とその維持は可能なのか。人道主義と一神教的絶対主義は握手することが可能なのか。三回に分けて発信していますがぜひ最後までご覧ください。
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「清水正研究」No.1が坂下ゼミから刊行されましたので紹介します。
令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ
発行日 2021年12月3日
発行人 坂下将人 編集人 田嶋俊慶
発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1
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