清水正 動物で読み解く『罪と罰』の深層■〈めす馬〉(кляча.кобыла.саврас.лошадь) 連載8

池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=bKlpsJTBPhc

 

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これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。
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江古田文学」100号(2019-3-31)に掲載した「動物で読み解く『罪と罰』の深層」(連載4回)を数回にわたって紹介する。

動物で読み解く『罪と罰』の深層

 

清水正

■〈めす馬〉(кляча.кобыла.саврас.лошадь)
連載8

 

 

※〈めす馬殺し〉の場面を江川卓訳とアカデミア版原典で確認しておこう。ミコールカに殺される〈めす馬〉は様々に形容、表記されている。順番に列記する。

■「そんな大型の荷馬車に、ちっぽけな、やせこけた葦毛の百姓馬」(上・119)〔в большую такую телегу впряжена была маленькая, тощая, саврасая крестьянская клячонка,〕(ア・46)

 〈ちっぽけな、やせこけた〉という形容で、小柄で背の低いアリョーナ婆さん、同じく小柄で痩せたソーニャを連想させる。〈疲れ弱った人〉でプリヘーリヤを連想させる。  кляча ①痩馬, やくざ馬. ②【俗】疲れ弱った人.

■「そんなやせ馬に、引けてまるかよ!」(45・119)〔Этака кляча да повезет!〕(ア・47)

 ソーニャ、プリヘーリヤを連想させる。

■「そんなでっけえ荷馬車にこんなちっぽけな馬をつけやがって!」(上・120)(ア・47)〔этаку кобыленку в таку телегу запрег!〕(ア・47) 背の高い女リザヴェータを連想させる。

 кобыла ①雌馬. ②元気な背の高い女.  кобылица ①雌馬. кобылка ①【指小, 愛】→кобыла(雌馬).

■「なあ、みんな、この葦毛のやつァ、てっきり二十からの婆さま馬だぜ!」(上・120)〔А ведь савраске-то беспременно лет двадцать уж будет, братцы!〕(ア・47) ん歳!〕

 〈婆さま馬〉でアリョーナ婆さんを連想させる。  саврас 【口】①あし毛の馬. ②駄馬. савраска 【口】①同上愛称.

■「ところがよ、みんな、この婆ァ馬ときたら、」(上・120)〔а кобыленка этта,〕(ア・47)

 〈婆ァ馬〉でアリョーナ婆さんを連想させる。

■「いかにも楽しそうに、葦毛をひっぱたこうと身構えた。」(上・120)〔с наслаждением готовясь сечь савраску.〕(ア・47)

■「こんなへなちょこの婆ァ馬」(上・121)〔этака лядащая кобыленка〕(ア・47)

 アリョーナ婆さん、プリヘーリヤを連想させる。

■「かわいそうなお馬をぶってるよ!」(上・122)〔бедную лошадку бьют!〕(ア・48)  

〈かわいそうな〉の形容でリザヴェータ、ソーニャを連想させる。 лошадь ①馬.

■「馬のそばに走りよる。」(上・122)〔бежит к лошадке.〕(ア・48)

■「哀れな馬はもういけなかった。」(上・122)〔бедной лошадке плохо.〕(ア・48)  

〈哀れな〉の形容でソーニャ、リザヴェータ、プリヘーリヤ、さらに「哀れな少年」(上・126)〔бедный мальчик〕(ア・49)と書かれたロジオンを想起させる。

■「こんな馬にそんな荷をひかせるなんて、恐ろしいこった」(上・122)〔Видано ль, чтобы така лошаденка таку поклажу везла,〕(ア・48)  ソーニャ、プリヘーリヤを連想させる。

■「牝馬」(上・123)〔кобыленка〕(ア・48)  ソーニャ、リザヴェータ、アリョーナ婆さん、プリヘーリヤを想起させる。

■「こんなやせ馬のくせに、」(上・123)〔этака дядащая кобыленка,〕(ア・48)

 ソーニャ、アリョーナ婆さんを連想させる。

■「少年は馬の横を駆けぬけ、」(上・123)〔Он бежит подле лошадки,〕(ア・48)

■「また馬のそばへ駆けよった。」(上・123~124)〔опять бежит к лошадке.〕(ア・48)

■「力まかせに葦毛の上に振りあげた。」(上・124)〔с усилием размахивается над савраской.〕(ア・48)

■「哀れなやせ馬の背に力まかせに一撃を加えた。」(上・124)〔другой удар со всего размаху ложится на спину несчастной клячи.〕(ア・48)

 アリョーナ婆さん、リザヴェータ、ソーニャ、プリヘーリヤを連想させる。

■「哀れな自分の持ち馬に」(上・125)〔свою бедную лошаденку.〕(ア・49)  ソーニャ、リザヴェータ、プリヘーリヤ、アリョーナ婆さんを連想させる。

■「牝馬」(上・125)〔кобыленка〕(ア・49)  ソーニャ、リザヴェータ、プリヘーリヤ、アリョーナ婆さんを連想させる。

■「やせ馬は鼻づらを突きだして、苦しげに息をつき、死んでいった。」(上・125)〔Кляча протягивает морду, тяжело вздыхает и умирает.〕(ア・49)

 アリョーナ婆さん、リザヴェータ、カチェリーナを連想させる。 

 

 以上、この〈めす馬殺し〉において〈馬〉は様々に表記されている。кляча、кобыла、саврас、лошадьおよびこれらの愛称語で記されている。まさにミコールカによって殺された〈馬〉が単なる痩せて年老いた百姓馬のみを意味しているのではなく、実に多義的な象徴性を内包していたことが分かる。作中に登場する主要な女性人物たち、ロジオンによって実際に殺されたアリョーナ婆さん、リザヴェータを始めとしてソーニャ、プリヘーリヤ、カチェリーナなどがみなそれぞれ大きな荷馬車を引いて息絶え絶えに生きていた。さらにロジオン自身もまた、二百年の伝統を持つラスコーリニコフ家を再建するという使命を課せられ、ラスコーリニコフ家の杖として柱として母や妹の希望を一身に背負って輝かなければならなかった。ロジオンもまた彼一人では引ききれない余りにも大きな荷馬車をあてがわれていたことでは、夢の中で息絶える百姓馬となんら変わらなかった。想像力をさらに膨らませれば、〈馬〉はロシアの皇帝にまで及ぶであろう。ニコライ一世の後を継いだアレクサンドル二世は農奴制解放を初めとして、司法権の独立、国立銀行創設、大学改革など早急にロシアを近代化しなければならなかった。皇帝もまた巨大な後進国〈ロシア〉という荷馬車を引いてあがきもがかなければならなかった。.アレクサンドル二世が「人民の意志」派のテロリスト、イグナツィ・フリニェヴィエツキ(ポーランド人)の爆弾で暗殺されたのは一八八一年三月十三日、『罪と罰』が「ロシア報知」に発表された一八六六年から十五年後、ドストエフスキーが逝去してからわずか一ヶ月後のことであった。