清水正の『浮雲』放浪記（連載148）

清水正への原稿・講演依頼は　qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp　宛にお申込みください。ドストエフスキー・宮沢賢治・宮崎駿・今村昌平・林芙美子・つげ義春・日野日出志などについての講演を引き受けます。

清水正の講義・対談・鼎談・講演がユーチューブ【清水正チャンネル】https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%B8%85%E6%B0%B4%E6%AD%A3%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AD%E3%82%8Bで見れます。是非ご覧ください。

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批評家清水正の『ドストエフスキー論全集』完遂に向けて
清水正VS中村文昭〈ネジ式螺旋〉対談　ドストエフスキーin21世紀（全12回）。
ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフ、宮沢賢治、暗黒舞踏、キリスト、母性などを巡って詩人と批評家が縦横無尽に語り尽くした世紀の対談。
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https://youtu.be/KqOcdfu3ldI　ドストエフスキーの『罪と罰』
http://www.youtube.com/watch?v=1GaA-9vEkPg&feature=plcp　『ドラえもん』とつげ義春の『チーコ』
https://youtu.be/s1FZuQ_1-v4 畑中純の魅力
https://www.youtube.com/watch?v=GdMbou5qjf4『罪と罰』とペテルブルク（1）

ここをクリックしてください。清水正研究室http://shimi-masa.com/

デヴィ夫人のブログで取り上げられています。ぜひご覧ください。
http://ameblo.jp/dewisukarno/entry-12055568875.html

「清水正研究室」のブログで林芙美子の作品批評に関しては［林芙美子の文学（連載170）林芙美子の『浮雲』について（168）］までを発表してあるが、その後に執筆したものを「清水正の『浮雲』放浪記」として本ブログで連載することにした。〈放浪記〉としたことでかなり自由に書けることがいいと思っている。

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『清水正・ドストエフスキー論全集』第八巻が刊行されました。

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　清水正の『浮雲』放浪記（連載148）
　平成◎年11月15日

　　富岡はむっくり起きて、階下へはばかるような静かな足どりで顔を洗いに行った。ゆき子は化粧をしながら、急に涙が溢れてきた。どうにもならないことを、昨夜ではっきり知らされた気がした。寝言にまで、おせいを呼んでいる富岡に、ゆき子はどうにも刃向えないのである。あのひとには、仏印の思い出なンか、何も残ってはいないと悟った。（338〜339〈四十五〉）

　同じ思いの繰り返しである。富岡とゆき子はもともと「どうにもならない」関係なのである。ゆき子は富岡と結婚して平凡な家庭生活を送ろうとしているわけではない。もし、ゆき子がそういった平凡な暮らしを望んでいたのなら、既婚者でニウという愛人さえいた富岡に積極的にアプローチすることはなかったであろう。半年も早く、ダラットにゆき子を置き去りにして日本へ引き揚げていった富岡のことなどすっぱり切り捨てて、新しい男と新鮮な恋愛関係へ踏み込むなり結婚するなりの途があったはずである。が、ゆき子が求めたのはそういった平坦な暮らしではなかった。ゆき子は「どうにもならない」途を自ら敢えて突き進んできたのだ。富岡と一緒に伊香保へなど行く必然性もないのにのこのこついて行ったり、富岡兼吾の女好きを知り尽くしているのに、おせいをあなどって向井と酔いつぶれてしまったりする。ゆき子は富岡と離れるくらいなら、〈腐れ縁〉の泥沼を這いずり回る途を選んでしまう、まさにどうしようもない女なのである。泣いて、わめいて、悶えて、開き直って…を繰り返して、ゆき子は性懲りもなく富岡を追っていくのである。

　　十時ごろ、ゆき子は後味の悪い思いで、戸外へ出たが、富岡は疲れているからと言って、ゆき子を送っては来なかった。ゆき子も疲れていた。くたくたに疲れて、空気を抜かれたような躯を、ぶらぶらと無意識に駅へ運んでいる。ゆき子は、いかに生きてゆくべきかを考え、穴の中におちこむような孤独を味っていた。このまま身動きがならないとなれば、思い切って、伊庭のところへ行き、当分は大日向教の事務でもとろうかと思った。（339〈四十五〉）

　ゆき子はしぶとい女で、弱気になってへこたれる女ではない。どんなに疲れ果てても、生き続ける意志を喪失することはない。ゆき子はここで伊庭のところへでも厄介になろうと考える。『浮雲』で伊庭杉夫の占める位置は、ゆき子にとっては安全な港みたいな役割をはたしている。静岡の実家から上京して伊庭家に下宿し、神田のタイピスト学校に通っていた三年間、おそらくゆき子は伊庭に躯を提供する代償として下宿代を無償に、さらに学校の授業料も負担してもらっていた可能性が強い。伊庭はゆき子にとって最低限の生活を保証してくれる存在であり、さらに性的欲求を満たしてくれる存在でもあった。