うちには魔女がいる(連載6)


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矢代羽衣子さんの『うちには魔女がいる』は平成二十六年度日本大学芸術学部奨励賞を受賞した文芸学科の卒業制作作品です。多くの方々に読んでいただきたいと思います。



矢代羽衣子

うちには魔女がいる(連載6) 


  ひとりっ子戦争


フォークとフォークが交差して、お互いハッと我に返る。
皿の上に鎮座する梨は、あと一切れ。
今まで「最後のひとつ」を何の疑問も遠慮もなく、あたりまえのように与えられてきたひとりっ子が、ふたり。
小学生のひとりっ子と大学生のひとりっ子は、そこで初めて自分以外の「最後のひとつ」に手を伸ばす相手を認識し、フォークを構えたまま途方に暮れるのだった。


はるなは、私の十二歳年下のはとこである。融くんと姉さんの一人娘。太陽の陽に奏でると書いて、陽奏。
はとこと言ってもピンと来ないが、これを日曜の食卓でお馴染みの、日本一有名な大家族「サザエさん」に置き換えると非常に分かりやすい。
祖父は波平さんで、魔女はワカメちゃん。父はマスオさんといった所か。融くんがノリスケおじさん。ひとみちゃんはタイ子さん。そして私とはるなは、簡単に言ってしまえばそう、タラちゃんとイクラちゃんの関係なのだ。

はるなが生まれたのは、私が中学一年生のときだった。
ずっと一人っ子で、仲のいい友人の兄弟なんかもみんなある程度大きかったから、こんな間近で赤ちゃんを見るのは初めてだ。ひとみちゃんの腕の中で無表情のまま目をきょろきょろさせるまんまるでやわらかそうな生き物は、融くんによく似ていた。
生まれたばかりの頃はどこもかしこもくにゃくにゃで、触るのさえ怖かったのに、あっという間に首が座って寝返りをして、ハイハイをして歩けるようになった。あの小さな赤ん坊が、いまではもう小学三年生だ。時の流れが恐ろしい。

会えばウイちゃんウイちゃんと私の後を着いてまわるのは昔からで、両手を広げてしゃがみ込めば素直に駆け寄って腕の中に飛び込んでくる。小学校に上がる時、ランドセルはてっきりはるなが好きなピンク色の物を選ぶと思っていたのに、彼女が両親に強請ったのはキャメル色のランドセル。一緒に雑貨屋に行った際、私が「このランドセルかわいいねぇ」とはしゃいでいたものだった。
ここまで懐かれて、可愛くないわけがない。
歳のわりに趣味がババくさくて、富士山のモチーフが好き。しっかり者かと思いきや案外抜けててどんくさい。よく魔女にイタズラを仕掛けてはぎゃーぎゃー騒いでいる。お風呂好きの温泉好き。たまに一緒にスーパー銭湯に行くと、誰よりも堪能している。
家の中に子どもがひとりいるだけで、家族の空気がぱっと明るくなる。はるなと一緒にいると、面白いことも楽しいことも、一度にたくさんやってくる。


一般的なはとこの距離感より余程親しく、どちらかというと姉妹のような私とはるなだが、ひとつだけ、どうしても衝突しがちなことがある。それが「最後のひとつ」だ。

タマゴボーロの、最後の一個。
剥かれたリンゴの、最後の一切れ。
ポテトチップスの、最後の一枚。

はるなも私もひとりっ子で、食べ物を兄弟と奪い合うような経験もなく、大人たちに食べな食べなと甘やかされてきた子どもだ。カニの殻は全部剥いてもらえたし、魚は身が解された状態で目の前に出された。最後のひとつがもらえなかったことなんて、今まで一度だってない。
だから二人とも当たり前のように最後のひとつに手を伸ばす。そして手と手がぶつかって初めて、ひとりっ子たちは、それを食べようとしている自分以外の存在にハッと気づくのだった。

十二歳も年下の小学生相手に大人気ないのは重々承知だ。分かっているから言わなくて結構。
デザートでショートケーキが出た際、「回収しまぁす」と言って家族全員分のイチゴを次から次へと口に入れていくはるなに、割と本気で「このやろう」と思ってしまったとしても、私は決して悪くない。そして結局イチゴはあげなかった。とても悲しげな顔で魔女に「イチゴ買ってあげようか……?」と聞かれたが、そういう問題じゃない。昔から食べ物の恨みは恐ろしいと言うじゃないか。



大学生になって東京で暮らすようになっても週末はほとんど実家に帰ってきていたから、はるなとは少なくとも週に一度、多いときは二度三度顔を合わせることになる。
上京しても以前と変わらず楽しく賑やかに、時々お菓子を取り合ったりしながらなんだかんだ一緒に過ごしていたが、やはり、どうしても帰れない時というのもあるわけで。

前の週末にどうしても外せない用事が入って二週間ぶりに実家に帰ると、例の如くはるなが遊びにきていた。もはやウチの子と言っても過言ではないのではないだろうか。あまりにも違和感がなさすぎる。
いつものようにはるなと私は横並びで、家族みんなでごはんを食べた。好き嫌いをするはるなをたまにピシャリと叱ったりなんかして、二週間ぶりの実家の時間はゆるやかにおだやかに過ぎて行く。
食事も終わってみんなそれぞれ好きなことをしてまったりしていたら、ふと、いままで大人しく隣に座っていたはるなが、私の太ももに体の半分を倒してきた。もともとスキンシップが多い彼女のことなので、私も特に気にせず、自分の膝に乗っている小さな頭をわしゃわしゃと撫でる。子どもの高い体温がじわっと服越しに広がっていくのが心地良い。
ぐりぐりと頭を擦り付けていたはるなが、ぽつりと、小さな声でこぼした。
「ウイちゃん、ひさしぶりだねえ」
どこか心許ないはるなの言い方に、思わず手が止まった。隠しきれずに滲んだ、寂しそうな響き。胸がきゅんと熱くなって、とうとう私は何も言えなくなってしまった。
二週間。たったの二週間だ。十四日会えなかっただけで、そんな声出しちゃうの。
小っ恥ずかしいやら胸が締めつけられるやらで、「そーだね!」と言って誤魔化すようにはるなの髪の毛をぐしゃぐしゃに撫でてやった。口元がむずむずしてお腹の底がカッと熱くなる。こんなことをされて、可愛くないわけがないじゃないか。

今度、お土産にショートケーキでも買ってこようか。たまには大人らしく、イチゴをあげる日があってもいいかもしれない。

※肖像写真は本人の許可を得て撮影・掲載しています。無断転用は固くお断りいたします。