うちには魔女がいる(連載17)


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矢代羽衣子さんの『うちには魔女がいる』は平成二十六年度日本大学芸術学部奨励賞を受賞した文芸学科の卒業制作作品です。多くの方々に読んでいただきたいと思います。



矢代羽衣子

うちには魔女がいる(連載17) 


       月よつれてはゆかないで

    
十月になると、空気が急に冷たくよそよそしくなる。このあいだまで夏の日差しに目を細めていたというのに、ひしひしと近づく一年の終わりを想像して、何となく胸が苦しくなった。
終わりの気配は苦手だ。買い物の一番最後に行くスーパーも、鮮やかな夕焼けに落ちた一滴の夜がじわりじわりと広がって行く様も、友達と別れるときの「また明日」も、切なくて切なくて仕方ないのだ。だから朝がくるたびにほっとする。

本当なら月見団子を用意するべきなのだろうが、どうせなら美味しい方がいいよね、と魔女と頷きあい、結局小豆を炊いて白玉を茹でた。
昼間からじっくりと弱火で煮た小豆は、日持ちしないのを承知で砂糖をずいぶんと少なめにした。魔女の目を盗んでスプーンに一掬い。口に運ぶと、やさしくて甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐって、おなかの底があったかくなった。市販品のあまーい餡子も良いが、やはり私は、赤い小鍋でことことゆっくり炊かれた小豆に恋している。
湯が沸騰して、小さな気泡がぽこぽこと上がってくる。食べごろになった白玉が、水面に上がってくるのを見計らい掬い上げる。熱湯からあげたばかりの白玉はふっくらつやつやしていて、まるで赤ん坊のようだ。どことなく加護欲をそそられる。まあ、それでも結局、おいしく食べてしまうのだけれど。



日が暮れて街が寝静まった頃、淹れたてのあたたかいカフェオレとブランケットを持って外に出た。十五夜が十月十五日のことだと思っていたのは一体いくつまでだっただろうか。まあるい満月の光が、夜の街を鈍く照らしている。
月見のお供は、さきほど茹でた白玉と餡子に、スーパーで買ってきたアイスクリームを添えた魔女お手製の白玉パフェだ。
昼間は曇っていたのにうまいこと雲は晴れたらしく、大きな満月が音もなくただ悠然と夜空に佇んでいた。まるで空に大きな穴でも開いたみたいだ。その光景はきれいというよりもむしろ、私にどこかとりとめのない恐怖を植え付けた。視線が縫い付けられたまま、離せない。

私の家は古くて大きな一軒家だ。隣の家ともそれなりに距離があるからそんなに気を使わなくてもいいはずなのに、私も魔女も声を潜めて内緒話のように言葉をかわした。街の寝息が聞こえてきそうな夜だからだろうか、自分の呼吸音がやけに耳に大きく響いた。
お互いの吐息のような声を聞きながら、いつもより少しだけ深い話をした。きっと月が見ていたからだ。

月明かりに気をとられて、気が付くとぼうっとしてしまう。自分の輪郭がどんどん曖昧になって、夜に融けていってしまいそうだ。思わず手のひらを確認すると、夜の色に染まった皮膚はそれでもちゃんとそこに形があって、ほっと息をついた。
急に心細くなって、少しぬるくなったカフェオレを飲んで、白玉と餡子を掬ってぱくんと食べた。
早く明日が来ればいい。やわらかい弾力とほのかな甘みを舌で転がして飲み込むと、少しだけ体の輪郭が戻ってきた気がした。


※肖像写真は本人の許可を得て撮影・掲載しています。無断転用は固くお断りいたします。