サハリン日記(3)

サハリン日記(3)

平成24年9月13日(木曜)
六時十五分起床。七時過ぎ水道の水が一滴も出ない。七時半食堂。九時十五分リューバ迎えにくる。バスでサハリン駅。九時五十分電車発車。一時間でドリンスク(落合)着。バスで白鳥湖。スタロドヴスコエ(栄浜)へ。宮沢賢治が行った海岸。リューバ「こんな汚い海岸で食事しますか」この一言で牧場のミルク採取場に向かう。ここの売店でアイス購入。昼食をとる場所探す。人っ子ひとりいない草原の林脇の道で停車。リューバ、お弁当の中身をみて「信じられない。ピローシキ、トンカツ……こんなもの食べられない」と大騒ぎ。結局、近くのレストランへ向かう。最初の店につくと「ストレスがたまって店を間違えた」。さらに走って別のレストランへ。


バス内でリューバは旅行会社の女社長に激しい口調で抗議していた。「インテリゲンチャを汚い海岸で食事させるわけにはいかない。あんなお弁当は信じられない」……自分を尊敬しているので、すぐに抗議してなおさせるそうだ。朝はたくさん食べ、昼は半分、夜五時過ぎにはいっさい食べない、それで体型を保っている。年齢は秘密。アラビア人と結婚、相手にはカナダに妻があったとか。四年前に離婚。理由は相手の激しい嫉妬。理性に従って生きる個人主義者。相手に女がいてもわからなければオッケー。わかったら別れる。しかし理性は情欲に従うこともわかっているらしい。英語と日本語に堪能。現在はアラビア人の恋人がいてアラビア語を勉強中とか。相手はアメリカでの生活を望んでいるが、アメリカに行く気持ちはまったくない。ロシアの男にはまったく惹かれないとか。


ロシアのビールには汚いものが含まれている。ビール、ウォッカまったく飲まない。ワインを少々。大学時代はずっと最優秀。授業料は払ったことなく、学生時代に他の学生に日本語、英語を教えていた。ロシアの教授の給料は安く、自分の仕事に誇りを持っているものには耐えられない。個人教授の収入がなければステイタスを保ことはできない。自分はおしゃれ、宝石が好きで、チョコレートやお菓子には目がない。将来はアラビア人と結婚して専業主婦になりたい。仕事のできない男は生きている価値もない。


アンナ・カレーニナ」は読んでいるらしく、なぜアンナは両親の悲しみも考えずに死んだのかと質問。それに答えるには最低三時間が必要と言っておいた。「アンナとリューバの共通は美しいことだ。美はひとを破滅させるし、自分自身も破滅させるのだ」と言ったら黙っていた。「エララーシ」を説明したロシア語を見せたら、やはり専門用語らしくわからない単語があるようだ。あんがいそっけなく返した。


レストランで食事。マーケットでおみやげ。チョコとかウォツカ。おみやげ店で小さなマトリョーシカなど。リューバ「こんなやすいマトリョーシカなんか買うの信じられない」「サングラスがよく似合う。四十二歳くらいに見えた」とか。五時、札幌ホテルに到着。リューバとはあさって九時ホテルロビー。少し休んでから三人でマーケットへ買い出し。野菜の和え物。サーモン。黒パン、ビール、赤いワインなど。部屋でパーテイ。日本時間十時過ぎ解散。<宮沢賢治のサハリン>を追って栄浜まで来たが、ガイドのリューバの誇り溢れる言葉の数々に圧倒され、賢治よりはリューバとの一日になった。夢の中にまでリューバが現れた。


ホテルのロビーにその姿を現したリューバさん。リューバはリュボーフィ(Любовь=愛)の愛称。

列車はドリンスクへ停車。まさに何もない駅。サハリンスクから乗車する際にはパスポートの提示が必要だった。車内ではリューバが窪田さん相手にほぼ一時間日本語で精力的に話していた。さしさわりがありすぎて発表できないのが残念。彼女は日本の埼玉県に住んで、日本全国を旅した経験があり、話題が豊富。

わたしが坐った席から撮影したリューバと運転手。リューバが運転手と話すのはごくわずか、大半の時間は、後部座席のわれわれに振り向いた姿勢で話す。リューバ語録のキーワードの一つは<尊敬>。「自分を尊敬できないひとはだめ。自分を尊敬しなければだれも尊敬してくれません」

白鳥湖に到着。濃霧に包まれ、視界は悪かったが抒情豊かな自然の光景に魅入られた。が、リューバは「霧が濃くて体に悪い。湿度が高いのはだめですね」と言って車から降りる気配さえ見せなかった。この頃からリューバ観察の方が面白くなってきた。自分の生き方に自信満々の誇り高きロシア女性、まさにドストエフスキーの作品の中に登場させてもおかしくない人物だ。

栄浜に向かう。海岸に着いてすぐに「こんな汚い海岸で食事しますか」のリューバの一言で、アッという間に栄浜を通過。車を降りて写真撮影する暇もなかった。仕方なく、車窓から撮影。

車窓から見る栄浜の風景

牧場の土産物売り場の前で記念撮影。ここでアイスを購入。

昼食を車の中でとることに決め、その場所を探す。黄色い花をつけた草原の道を進み、林の脇の道に車を止め、いざ食事という段になって健康食に厳しいリューバの一言「こんなもの食べられません」で弁当を食べないことになる。三人ともリューバの言葉に妙に納得、レストランへと向かうことになる。

バイキング形式のレストラン。わたしたちは三人でビール一本。おいしい食事に満足。

レストランを後にして、土産物売り場に向かう。

店の前にイクラなど魚ものを売っているおばちゃん。生ものは危険という先入観があり、何も買わなかった。

ロシア風マーケット。ここでウォットカやチョコレートなど購入。

この店にはさまざまなマトリョーシカが置かれていた。リューバがすすめる高価なマトリョーシカを買わずにいたら、「そんな安いものを買うの信じられない」ときつい一言。
リューバ一色の濃い一日が終わり、ホテルに戻るとどっと疲れが出たが、書評を頼まれていた亀山郁夫さんの『謎とき「悪霊」』を読む。