荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載11)

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清水正の著作   D文学研究会発行本


偏愛的漫画家論(連載11)
神田森莉
1Q94ホラー漫画に何が起こったか?(その④)

荒岡 保志漫画評論家

書斎での荒岡保志  撮影・清水正

続いて、1995年4月、2冊目の作品集「怪奇ミイラ少女」は、リイド社から発行される。

タイトル作品の「怪奇ミイラ少女」を始め、「猫目の少女リコ」、「イモ虫少女まどか」、「少女蛾」など、1994年にリイド社「恐怖の館DX」に発表された8作品を収録する第二作品集であるが、全作品を通してメタモルフォセスが主題になっている。ただし、これは偶然であろう、神田森莉が単行本を通して主題を統一するなどという気のきいたことをするわけがない。

猫になる少女、カメラになる少女、イモ虫になる少女、鶏になる少女、蛇になる先生、蛾になる少女などが続々と登場する作品集だが、神田森莉は、メタモルフォセスというより、その変身する過程のグロテスクな造形が描きたかったのだろうと容易に想像できる。

どの作品も甲乙つけ難い秀作なのだが、この作品集のタイトルになった「怪奇ミイラ少女」について掘り下げてみよう。やはり、少女がミイラになるストーリーではあるが、ただ、この作品はメタモルフォセスには当て嵌まらない。

主人公は水泳の選手「リエ」。長身、グラマラス、ブロンドの美女である。この冒頭の登場シーンだけで、この作品の犠牲者は決定される。
恋人は勝久、やはり水泳選手で、長身、目の下睫毛の長いハンサムボーイである。

ある日、校舎の裏を掘る建設業者が、土の中に眠るミイラを発掘する。
それを傍らで見ていたリエは、そのミイラの胸元に光る十字架のペンダントを目敏く見つけ、建設業者の隙を見て盗むことに成功する。
そして、建設業者の責任者が現場に戻ったときには、何とミイラの姿も消えていたのであった。

次の日、リエのクラスに転校生が現れる。マリーというハーフのブロンド美女である。
有り勝ちなストーリー展開、というか、あまりにもストレートで潔い展開である。やはりスプラッターは分かりやすさが肝だ。

ミイラより盗んだ十字架のペンダントにご満悦のリエであるが、良く見ると、十字架の裏側に「愛するマリーへ」と記されていることに気づく。
そして女子ロッカールームにミイラは現れる。

逃げるリエは、男子のロッカールームに駆け込み、勝久に助けを求める。追うミイラは二人を追い詰め、包帯を取る。そこには紛れも無いマリーがいる。
どうやらマリーは妖術使いの汚名を着せられ、200年前に生きたまま埋められたらしい。父は磔に、恋人も拷問を受け処刑されたという。その十字架は「私の愛そのもの」だから返して欲しいとマリーは涙する。
しかし、リエは何と十字架を返すことを拒否、怒るマリーは手にしていたツルハシを振り下ろすが、リエは無常にも恋人の勝久を差し出す。
ツルハシで頭を割られる勝久は、脳みそをぼたぼたと床に落としリエを向き、「愛していたのに」と呟いて果てる。リエは、「あんたなんか愛してない、かっこいいから一緒に歩くのに良かっただけ」と切り捨てるのだった。マリーは、「愛をふみにじる人間のクズ」とリエを罵り、更にツルハシを振り上げる。ミイラの方がよっぽどまともで血が通っている。
リエは踝をツルハシで打ち抜かれ、首を回され骨折、脊髄まで遮断される。

そして、ミイラのように包帯で全身を巻かれたリエは、意識のあるままマリーの変わりに校舎の裏に生き埋めにされるのだ。

この後、マリーはどうしたのであろう。十字架のペンダントが戻ったのだから、再び安らかな眠りについたか。しかしながら、自分が埋められていた安眠の場所はリエに譲ってしまったわけであるから、逆にリエの代わりに学園生活を過ごして青春を謳歌しているのだろうか。ラストにもう一ひねり、その辺りのマリーを窺わせると一層ユーモラスであったろうに、と考える。

同じく1995年9月、神田森莉3冊目の作品集はぶんか社より発行される「37564学園」である。


タイトル作品の「37564学園」、「37564ハイスクール」を始め、「君が腐っている」、「まま母ビン詰め地獄」など、1994年から1995年に「ホラーM」に発表された6作品からなる作品集であるが、この作品集は、前2作品集を圧倒するスーパースプラッター描写で、何か一皮剥けたようなド級の迫力で迫るものがある。

ここで紹介するのはタイトル作品の「37564学園」だが、「夜12時になると講堂のキリストが涙を流す」という噂のある通称「37564学園」が舞台の、やや宗教色のある作品である。

主人公は「デメ」、そのニックネームの通り、バセドー病よろしく、眼球が極端に突出した日野漫画のような少女である。丸顔で小柄、神田漫画に登場するいじめられっ子の容姿でもある。唯一の親友「真白は、優しいおとなしめの眼鏡少女である。

ある日、興味本位で噂を確かめに、深夜に講堂に侵入した少女が惨殺死体で発見される。首、手、脚、胴、腰と、文字通り5体バラバラに切断され、まるで昆虫採集の標本のように講堂の壁に打ち付けられていたのだ。
これも神田漫画の特徴と言えるのだが、グラマラスな胸は大抵裂かれるか、抉られる。また、性器についても、やはり打ち抜かれるか、裂かれるなどの仕打ちを受けることが多い。サディスト神田森莉は、実は女性を憎んでいるのかとさえ感じさせる徹底振りである。

学園のセクシークィーン「里都美」はこう公言する、「犯人はデメ、美人を妬んで殺した」と。長身、グラマラス、ブロンド美女の里都美である。神田漫画のセオリー通り、もう次の犠牲者は選出されたということだ。

ある夜、音楽室で仲間と飲む里都美であるが、噂のある12時が近づいたため、仲間は気味悪がってみんな帰ってしまう。そして、一人残された里都美の前に、キリストは現れる。
キリストは、「みんな天国、しあわせしあわせ!」と唱えながら、里都美の口に大量の爆竹を咥えさせて発火し爆破、口のまわりから顎にかけて肉は削げ落ちる里都美に、更に容赦なく鋸で脚を切り落とす。
翌朝、手、脚を切断された里都美が、血まみれで講堂の鐘に吊るされているのが発見される。

続いての犠牲者は、良家のお嬢様で和服が似合う美女「咲衣」である。
生物室の掃除をしていた真白が、その亡骸を発見してしまうのだが、それは、やはり手、脚を切り落とされ、皮を剥がされ、まるで人体模型のように内臓を露出した、変わり果てた咲衣の姿であった。
やはり、その股座を太い棒が貫通し、それは露出され、丸出しになっている子宮にしっかりと収まっている。

「犯人はデメだ」という噂が立つ。真白は勿論デメを庇うが、あの事件以来、デメに変化があることに気づく。少しづつではあるが、デメが綺麗になっているような気がするのだ。

そして、オカルト研究部の、秀才でやはり美女の「魔由子」が立ち上がる。
魔由子は、犯人はキリストであり、今晩自分が調べると公言する。勿論、次の犠牲者になるわけだが、ここで、魔由子を必要以上に睨み付けるデメがいる。そのことに真白も気づき、嫌な予感が過ぎる。

深夜12時、講堂の魔由子の前に、再びキリストは現れる。「みんな天国、しあわせしあわせ!」と、いつも通り唱える。
その時、「その声はデメちゃんね、デメちゃん、もうやめて!!」と、突如祭壇に隠れていた真白が姿を見せる。キリストが仮面を外すと、そこには紛れもないデメの姿があった。デメは言う、「美人の肉を食べると美人になる」と。どうやら、胡散臭い奇書で読んだ内容を実践していたらしい。
そして鉈を振りかざして魔由子を襲おうとするデメを、真白は止めようとするが、そこで真白は眼鏡を落としてしまう。すると、眼鏡を外した真白は、魔由子にも劣らない美女で、「美人なら食う!!」と、デメは真白にも鉈を振り下ろすのだった。
眼鏡を外したら美人だった、というシュチュエーションなどは、さすがの少女漫画でももはや化石である。神田森莉の勇気を評したい。

デメは、真白の首を切り落とし、怯む魔由子の頭を鉈で割る。そして真白の頭を大きな鍋で煮込み、「友情に乾杯」と頭の皮を剥ぎ、脳みそを食べる。「甘くて美味しい」と、デメは言う。

学園では、また違う噂が立つ。それは、「この頃デメが綺麗になった」という噂である。確かに、デメは飛び出していた眼球も引っ込み、肌もツルツルで、冒頭に登場したデメとは別人のように綺麗になっている。
「もっとたくさんの人を食べて綺麗になりたい。だって私は女の子なんだもの」と、デメは微笑む。

神田漫画のほとんどはハッピー・エンドである。ただし、本当にハッピーかどうかは別であるが。

この作品集「37564学園」には、両脚を切断されながらサッカーにかける青春を描くスポーツドラマ「37564ハイスクール」、前述した傑作「美々子 神様になります!!」に進化を遂げるだろう、監禁、拘束、人体実験を主題にするも実は純愛ドラマ「恐怖ウジ虫少女」など読み応えのある作品が目白押しで収録されている。

「37564学園」から、もう一作品だけ紹介しよう。「ドクロ蝶666の恐怖」、相変わらずのスーパースプラッター振りであるが、神田漫画にしては珍しいホラーファンタンタジーに仕上がっている。

主人公は元気な高校生「博美」、新聞部の部員で、部長はハンサムな「弘樹」、部員はお洒落な「美奈子」、博美曰くただの馬鹿男である「淳司」の4人である。因みに、この4人は2カップルで、博美と弘樹、美奈子と淳司は恋人同士という設定となっている。

この学園に事件が起きている。校舎の屋上から親友を突き落とす者、恋人をカッターナイフで切り刻んでしまう者、すべてが、香水の研究に没頭する父を持つ「小八重」の持ってくる香水「666」を嗅いだ後に起こっている。
屋上から突き落とされた少女は、そのまま学園の門の槍のような鉄柵に突き刺さり、槍は子宮から局部まで突きぬけ、ピューと血が噴出す。カッターで切られる少女は、その豊満な胸から割られ、腹部を刻まれ、内臓を引きずり出される。香水を嗅いだ者が正気を失い、犯行を犯すというエピソードにしては随分と念入りなことである。

早速、博美は小八重を取材する。小八重は、長い黒髪、神田漫画お得意の、美しい長身でグラマラスな美女である。この作品では、謎の女、という位置づけで、決して被害者にはなりえないが。
勿論、香水「666」と事件の因果関係は否定する小八重であるが、「疑うなら、香水研究所に取材に来れば」と提案、新聞部4人で小八重の自宅兼研究所に取材に行くことになる。

香水研究所で、小八重の父を紹介され、その香水「666」の秘密は明かされる、それは、生きている蝶を磨り潰したエキスをベースにした香水だった。製造過程はグロテスクだが、仕上がる香水の香りは素晴らしく、新聞部員は皆納得するのだったが、博美だけはどうも腑に落ちないと感じる。以前、学園で少しだけ香った「666」と、僅かだが香りが違うと思ったからだ。

その晩は、新聞部全員、小八重の自宅に一泊する。
その夜、小八重は博美一人をお茶に誘う。そこで、小八重は、博美に抱きつき、「私を愛してくれれば生かしといてあげる」と言うが、博美が、「私には弘樹という恋人がいる」と慌てて拒否をすると、「今のは冗談」と、小八重は笑いながら部屋を出る。
「私を愛してくれれば生かしといてあげる」という言葉にも引っかかりがあり、博美は「まだ何かあるのではないか」と単独で研究室に侵入する。そこで博美が見た物は、夥しい数の、羽にドクロの模様がある蝶である。その蝶に、恐る恐る触れようとすると、何と、蝶は博美の手首に噛み付き、血を吸うのだった。ドクロ模様の蝶は吸血蝶だったのだ。
その時、研究室のドアが開く。博美はとっさに姿を隠す。入ってきたのは小八重の父である。

場面は変わる。書斎に美奈子と淳司の姿がある。抱擁し、唇を吸う二人の前に小八重が現れる。小八重は、その巨大な胸を露にしているが、それより、何と背中から大きな蝶の羽が生えていた。そして、その羽にあるのはドクロの模様である。
小八重は、自分の口をまるで触手のように伸ばし、美奈子に鼻に吸い付き、鼻をもぎ取る。そして淳司の肛門から内臓を吸い取ると、二人に、香水「666」を振り掛ける。
案の定、二人は大喧嘩になり、淳司は、書斎に飾ってあった日本刀を振り下ろし、美奈子の両腕を切り落とす。「痛い〜!痛い〜!」と美奈子は悶絶、更に淳司は美奈子の両脚を切り落とす。そして、淳司は、「一番憎いところを突き刺してやる」と、美奈子の性器に日本刀をズボズボと刺して行く。
神田森莉は、女性性器を「一番憎いところ」と表現しているわけだ。当然、豊満な胸も憎いところの一つなのだろう。前述しているが、その部分は必ずと言っていいほど破壊を受けている。

香水「666」の効力が消え、淳司は我に帰る。ただ、自分が美奈子を惨殺してしまった記憶だけは残り、「美奈子ゴメン!」と、淳司は手にしていた日本刀で自分の腹部を貫き、果てる。

研究室に身を潜める博美。再びドアが開き、今度は小八重が入ってくる。小八重は、「エサを持ってきた」と言う。暫くして、二人とも研究室を出る。
恐る恐る博美が見ると、そこには、美奈子と淳司の切り刻まれた死体が吊るされ、あのドクロ模様の蝶が纏わり、血を吸っているのであった。

博美は慌てて寝ている弘樹を起こし、研究室に連れていくのだが、そこで小八重と父に見つかってしまう。

父は語る。「自分と、妻は、愛情を増幅させる香水の研究をしていた。世界中の蝶を集め、エキスを抽出する過程で妻は発狂し、蝶と過ごすようになる。そして、妊娠していた妻から、妻の命と引き換えに生まれてきたのは蝶の羽を持つ赤ん坊だった」と。そして、「小八重とドクロ蝶のために苦労して解剖用の死体を集めてきた、ただ、ドクロ蝶のエキスは、人間を凶暴化し、本音を言わせる成分が入っていることには気がつかなかった」と続ける。
父は、香水「666」の瓶を開け、博美と弘樹に振り掛ける。途端、弘樹の態度は一変し、「本当は博美のことなんか好きじゃない、とっくに飽きていた」と、博美の髪を引っ張り小八重に突き出す。「こんな女、エサにしていいぞ」と。
そして弘樹は、自分を咎める父を殴り倒す。倒れた父にあっという間にドクロ蝶が群がり、父はドクロ蝶のエサになってしまう。「許さない、どんな化け物より、お前の方が醜い」と小八重は弘樹を襲うが、逃げる弘樹は落ちていた日本刀を取り、小八重の首を刎ねる。
そして、香水「666」の効き目も切れた弘樹は、「香水がなくても同じだ、僕たちは末期だった」と博美に言い残し、研究所を去るのだった。

研究所から出た弘樹が、何か気配を感じて振り返ると、何と、小八重の首だけが空中を舞っている。慌てて逃げる弘樹だったが、庭に埋めてある侵入避けの罠に嵌り、脚を切断されてしまう。
弘樹は、もれなく小八重に血を吸われ、果てる。

そこに、博美が小八重の首の切断された身体を抱えてくる。小八重は、「普通の人間だったら死んでいた」と、胴に首を乗せると、バターが溶けるように元通りに繋がる。そして、博美に向き直り、「私と一緒に香水を作ろう、本来の愛情を増幅させる香水を」と提案する。博美は応える、「恋の初めての頃のドキドキがいつまでも続く香水を作ろう」、そして、「いまの私たちのように」と唇を合わせる。

これは、結構小綺麗にまとまった作品であると評価できる。ストーリーを抄訳して書いているので、細かいところまで書けなかったが、例えば、新聞部員が初めて小八重の父を紹介された場面で、この香水の研究を産業スパイから守るために、庭には動物用の罠が仕掛けてあるため入らないこと、とか、ストーリー展開に関わるワードがしっかりと押さえられている。

導入も、実は二つの殺人事件から始まり、一段落して新聞部の紹介に入いるという、かなり映画的な手法をとっている。また、結論的にはやはり怖いのは人間、という一貫した神田漫画であるのだが、この「ドクロ蝶666の恐怖」は、怪物、妖怪物としても楽しめる。
スクリーミング・マッド・ジョージ辺りが映像化すればかなり上質なホラー映画になるだろうが、日本国内に於いてもカルトな神田漫画が、海を越えてマッド・ジョージの手元に届くことがあるとは思えない。
余談になるが、日野日出志の「地獄変」をマッド・ジョージが映像化するという噂があったが、その後どうされたのだろう。映画化権を獲得するために、マッド・ジョージは日野日出志に会いに来日までしているはずであるが。

この作品ではレズビアンを扱っているが、神田漫画に性倒錯は頻繁に登場する。サディズムマゾヒズムまで入れてしまうと頻繁どころか全面的に性倒錯漫画になってしまうか。また、性倒錯とはやや相違があるが、近親相姦も神田森莉のお気に入りの性行為である。父子家庭、少女漫画育ちの神田森莉に擦り込まれた性癖の現れなのだろう、その辺りはまとめて後述しよう。

そして、この「ドクロ蝶666の恐怖」も、やはりハッピー・エンドである。しかも、ラストだけを見ると、まるっきりラブ・ストーリーのエンディングである。