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随想 空即空(連載42) #ドストエフスキー清水正ブログ#

清水正

  内村鑑三は「愛する者の失せし時」で次のように書いている。

 

  余の失いしものを思う毎に、余をして常に断腸後悔殆ど堪ゆる能わざらしむるものあり。彼が世に存せし間余は彼の愛に慣れ、時には不興を以て彼の微笑に報い、彼の真意を解せずして彼の余に対する苦慮を増加し、時には彼を呵斥し、甚しきに至りては彼の病中余の援助を乞うに当て――仮令数月間の看護の為めに余の身も精神も疲れたるにもせよ――荒らかなる言葉を以て彼に答え彼の乞に応ぜざりし事ありたり。彼は渾て柔和に渾て忠実なるに、我は幾度か冷酷にして不実なりき。これを思いて余は地に恥じ天に恥じ、報ゆべきの彼は失せ、宥を乞うの人はなく、余は悔い能わざるの後悔に苦められ、無間地獄の火の中に我と我身を責め立てたり。(31)

 

 内村鑑三は愛する妻の死後、〈断腸後悔〉〈悔い能わざるの後悔〉に苦しめられる。宮沢賢治中原中也にはこの類の〈後悔〉は見られない。愛する者を失った、深い悲しみを悲しみのままに受け止め、賢治はひとりの修羅となり、中也は自殺できない業を背負って奉仕者になろうとする。彼らの唯一の救いはその悲しみを詩うことだけにあったようにさえ思える。しかし鑑三の悲しみは、悔い能わざる断腸後悔と深く結びついて、彼を〈無間地獄の火の中〉へと責め立てる。この断腸後悔と自責の念が、鑑三を神へと向かわせたのであろうか。鑑三は病床にあった妻とのやりとりを具体的に描いているわけではないが、書かれた限りにおいても、鑑三が妻の死後、断腸後悔の念に駆られた事情は察することができる。鑑三は精神的肉体的疲労によって十分に心のこもった看病に徹することができず、理不尽な癇癪を起こしたり、妻の必死の願いをも無視したことがあったのだろう。後悔先に立たず、もはや死せし妻に報いることもできず、許しを乞うこともできない。

 鑑三の内には賢治と同様〈ひとりの修羅〉が取り憑いても不思議ではない。鑑三は中也と同様〈奉仕の心〉にもなっている。違いは、鑑三は修羅のままに、奉仕の心になろうとしていることだ。鑑三は〈無間地獄の火の中〉で焼き殺されることを願わなかった。鑑三は〈断腸後悔〉の無間地獄からの救済をキリスト教の神に求めた。はてして〈救済〉はあり得るのか。

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清水正

 『銀河鉄道の夜』には様々な謎が仕掛けられている。ジョバンニは父の帰りをひたすら待っている勤労少年の如くに描かれているが、実は父殺し願望を潜めた少年であり、いじめっ子のザネリはその秘密を握っていた少年で、彼はジョバンニの分身でもあった。しかしジョバンニ自身は自分の深層に父殺し願望が潜んでいることなどまったく自覚せず、ザネリがいつも自分をばかにする理由を認識することはできなかった。ジョバンニが街灯の灯りを利用して機関車ごっこをする場面は、父を殺した少年ジョバンニが〈父〉(機関車)に成り代わって演じる恐るべき場面であるが、ジョバンニはもとより読者もまたそのことに気づかなかった。『銀河鉄道の夜』に限らず、宮沢賢治の童話の大半はその秘められた数々の謎が解明されないままに素朴な読み方がされてきた。わたしは四十歳から五十歳にいたる十年間にわたって、文字通り毎日、賢治童話を批評し続けたが、天才賢治の〈一人遊び〉につきあっていたようなものである。

 さて、ここで内村鑑三の「愛する者の死せし時」に関連して、宮沢賢治の場合を考えてみよう。賢治は『銀河鉄道の夜』においてはカムパネルラが突然姿を消した後のジョバンニを次のように描いている「ジョバンニはまるで鉄砲玉のやうに立ちあがりました。そして誰にも聞えないやうに窓の外へからだを乗り出して力いっぱいはげしく胸をうって叫びそれからもう咽喉いっぱい泣きだしました。もうそこらが一ぺんにまっくらになったやうに思ひました」と。賢治は〈愛する者〉トシが亡くなった後の悲しみを「いかりのにがさまた青さ/四月の気層のひかりの底を/唾し はぎしりゆききする/おれはひとりの修羅なのだ/ まことのことばはうしなわれ/雲はちぎれてそらをとぶ/ああかがやきの四月の底を/はぎしり燃えてゆききする/おれはひとりの修羅なのだ」(「春と修羅」)と詩っている。

 わが子文也を亡くした中原中也は「春日狂想」で「愛するものが死んだ時には、/自殺しなけあなりません。/ 愛するものが死んだ時には、/それより他に、方法がない。/ けれどもそれでも、業が深くて、/なほもながらふことともったら、/ 奉仕の気持に、なることなんです。/奉仕の気持に、なることなんです。/ 愛するものは、死んだのですから、/たしかにそれは、死んだのですから、/ もはやどうにも、ならぬのですから、/そのもののために、そのもののために、/ 奉仕の気持に、ならなけあならない。/奉仕の気持に、ならなけあならない。」と詩っている。

 わたしは『銀河鉄道の夜』をドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に関連付けて批評したが、当時最も関心のあったのは息子イリューシャを亡くした父親スネギリョフの残された者の悲しみであった。狂気に陥るか、それとも自殺して果てるか――スネギリョフの悲しみは何によっても慰められることはない。確かに、信仰によってさえ慰められぬ悲しみがある。わたしは当時、授業でスネギリョフの悲しみを巨大な流氷の発する静かな音に例えて口にしたことがある。たまたまわたしはNHKの番組で流氷の発する、静かで透明な音を聴いて、大いなる悲しみは、大げさに嘆いたり、喚いたり、叫んだりするものとは違うことを実感した。巨大な固まりである流氷の発する透明感あふれる〈音〉が、わたし自身の〈残された者〉の悲しみと静かに重なったのである。

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銀河鉄道の夜』の謎

 ドストエフスキー文学の愛好者、研究者は多いが、ドストエフスキーの宗教観に関して真っ向から反対する者は皆無に近い。ドストエフスキーは偉大な小説家で、彼ほど作品世界で人間を深く探求した者はいない。このドストエフスキーの異様なほどに深い人間洞察が、謂わばキリスト教の教義そのものから逸脱してしまうことになる。にも拘わらず、ドストエフスキー自身がそのことを明晰に認識していないところが面白い。ロジオン・ラスコーリニコフ、ニコライ・スタヴローギン、フョードル・カラマーゾフ、イヴァン・カラマーゾフといった屈強な人神論者たちが神に反抗の狼煙をあげても、畢竟彼らは神を打ち倒すことはできない。それは彼ら登場人物はもとより、彼らの生みの親ドストエフスキーキリスト教圏内を俯瞰する眼差しを持っていなかったことに起因する。

 わたしは宮沢賢治の作品に触れて、ドストエフスキーの宗教観世界観を内包する精神世界の広大さを感じたが、しかし宮沢賢治といえども彼独自のユートピア世界の建立に成功したとは言えない。賢治の『銀河鉄道の夜』においてはキリスト教的な来世観、世界観が独自の表現を獲得している。銀河鉄道の列車の窓からカムパネルラはコールサック(石炭袋)の暗黒の彼方に開けた天上の世界(みんなが集まっている本当の美しい世界)を視ることができる。しかし、ジョバンニはどんなに目をこすってみても、その美しい天上の世界をのぞき見ることができない。ジョバンニは突然車内から姿を消したカムパネルラの後を追うことができない。ジョバンニは愛する者を失った癒し難い悲しみを抱えて、ひとり再び地上の世界へと舞い戻る。ジョバンニは牧場主から入手した牛乳瓶を抱えて母の待つ家へと急ぐ途中、同級生の一人から、カムパネルラが川に溺れたザネリを助けるべく、川に飛び込んでそのまま行方不明になっていると聞いて、現場に駆けつける。この現場にカムパネルラの父親が居て、彼は懐中時計を取り出すと、もう四十五分たったからだめです、と息子カムパネルラの死を確信したような言葉を発する。

 『銀河鉄道の夜』は多くの謎を抱えた作品であるが、わたしは『宮沢賢治ドストエフスキー』(一九八九年 創樹社)で父親が口にした〈四十五分〉、ジョバンニが町外れの牧場に取りに行った配達されなかった〈牛乳〉、ジョバンニが家で食した〈トマトとパン〉の象徴的意味などを解読した。〈四十五〉は数秘術的減算すると〈九〉となり、この数字はキリストが十字架上で息を引き取った時間(午後三時、これは古代ユダヤで九時を示す)を意味する。すなわちカムパネルラは死んでも死なない永遠の命をキリストとして描かれている。ジョバンニは宇宙の彼方(本当の美しい天上の野原)に死んでも生きているカムパネルラを幻視している。配達されなかった〈牛乳〉は、すでに死んでいる母親を復活蘇生させる秘薬であり、ジョバンニ(ヨハネ)がこれを入手できれば死者を蘇生させる力を得たことになる。〈トマトとパン〉はキリストの血と体を意味している。すなわち『銀河鉄道の夜』はジョバンニ(ヨハネ)が〈キリスト〉になるその過程を描いた童話であるが、しかし、この作品はジョバンニが母の待っている家に向かう途中で未完のままに幕を下ろしている。

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随想 空即空(連載39) #ドストエフスキー&清水正ブログ# 清水正 内村鑑三と正宗白鳥──信仰をめぐって──

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内村鑑三正宗白鳥──信仰をめぐって──

 白鳥は一度洗礼を受けたにも拘わらず棄教した。鑑三は愛する者が死んで、深く嘆き、深く悲しみ、神に対して不信と懐疑を抱いたにも拘わらず、なぜ棄教しなかったのか。棄教した白鳥と信仰を保持した鑑三との違いはどこにあるのか。鑑三は不信と懐疑を超えて、神への信仰を捨てなかった。まさに鑑三は日本のヨブと呼ばれるに相応しい信仰者と言える。わたしは『ヨブ記』を読んで、ヨブの〈わが魂の震え〉を以てなす神への抗議の言葉に、まさにわたしもまた激しく〈わが魂〉を震わせた。しかし、わたしは『ヨブ記』が前提としている神を初めから認めていない。ヨブの信じる正義は神を前提にしているが、わたしにはその前提がそもそもない。悪魔と相談してヨブの信仰を試みること自体が、すでに神が正義と無関係の存在であることを明白にしているので、こういった神に正義を求めること自体が筋違いということになる。

 イヴァン・カラマーゾフの場合も基本はヨブと同じで、彼は神にこの地上世界における正義・公平・真理の体現者を求めている。イヴァンの言う〈справедливоть〉(正義・公平・真理)は人間にのみ通用する概念であって人間以外のいかなる生物にも適用されない。キリスト教も仏教も〈殺すなかれ〉と説いているが、人間の食料として屠殺される動物を全く問題にしていない。肉食動物が草食動物を殺して食することは謂わば〈自然の摂理〉であってそこにいかなる善悪観念も紛れ込むことはない。人間も自然の内にあり、この摂理に従って生きている。

 ドストエフスキーは『悪霊』のニコライ・タヴローギンにおいて〈善悪観念〉が摩滅した人間の典型を描いたが、しかしこのニコライもまたキリスト教の圏内から解放されることはなかった。『悪霊』で最も無神論的な人物はピョートル・ヴェルホヴェーンスキーであるが、この表面上は秘密革命結社の首魁で、実は二重スパイであった彼の虚無の精神世界に最も率直に〈キリスト〉の言葉が響くというこの逆説が理解できないと、ピョートルはいつまでたっても〈ニコライの猿〉の似非衣装を脱ぐことはできない。

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内村鑑三正宗白鳥──信仰をめぐって──

 鑑三はダンテの地獄篇を読んで三十三夜ほとんど眠れぬほどの恐怖を覚えるが、白鳥は地獄篇を読んで少しも恐ろしさを感じない。同じ作品を読んでも鑑三と白鳥は対極的な反応を示している。これは感受性の問題ではない。鑑三が神経質なほど敏感鋭利な感受性を持っていたことは彼の著作を読めば分かるが、地獄篇に少しも恐怖を感じなかった白鳥の感受性が鈍かったわけではない。知的興味が優先すれば、恐怖よりは知的刺激を受けるのは当然であって、むしろ鑑三の反応の方が異質であるように思える。しかし二人の地獄篇読後の対極的反応が鑑三のキリスト教信仰と白鳥の棄教を考える上で貴重なヒントを与えてくれる。罪意識や死の恐怖感がなければ、そもそも信仰心を抱くことはない。罪を赦してもらいたい、死の恐怖から救われたい、そういった強烈な願いがなければ、ひとはキリスト教に近づくこともないだろう。

    白鳥が鑑三の講演や著作に心酔したのは「如何に生きるべきか」という自らの問いに対して、なんらかの答えを予感したのかも知れないし、またそれ以上に鑑三の熱気に当てられたのかも知れない。鑑三の熱い語り口や、熱情溢れる文章は、青年白鳥の魂を鷲掴みしたとしても別に不思議ではない。白鳥の著作を読んでも、彼が特別な〈罪意識〉に襲われていた事例を発見することはできないが、鑑三の場合はそれなりに、つまり読者が想像力を逞しくすれば彼の〈罪意識〉をそれなりに感受することができる。

 白鳥は『内村鑑三』その他のエッセイにおいて、何度も繰り返し鑑三に心酔していたことを書いている。白鳥は青春期に心酔できる人物に出会えたが、わたしの場合、白鳥における鑑三のような存在はない。ドストエフスキーの文学はわたしの生涯を決定したようなものだが、それはあくまでも文学作品であってドストエフスキーという人物ではない。それにわたしはドストエフスキーの文学に真剣に取り組んだがそれは心酔とは違う。ドストエフスキーは十七歳の時に兄ミハイル宛の書簡に「人間とは謎である。その謎を解き明かすために一生を費やすことは決して無駄なことではない」と書き送っている。まさにドストエフスキーの文学は「人間とは何か」を巡って徹底的な検証が試みられている。わたしはそのドストエフスキーの文学作品の世界に踏み込むことによってわたしなりに「人間とは何か」を追究し続けている。わたしはドストエフスキーの文学の凄さをわたしなりに理解しているが、だからと言って彼の文学の前に跪拝しているわけではない。

 ドストエフスキーとわたしの決定的な違いは、彼にはロシア正教という否定し難い絶対的地盤があり、わたしにはそれがないということである。ドストエフスキーは生涯、神の問題について悩み続けた小説家である。が、わたしはキリスト教の神に関して不信や疑問を呈することはあっても、その存在について悩んだことはない。わたしはイヴァン・カラマーゾフの神に対する疑問や抗議をよく理解できるが、神の創造した世界への入場を拒んで狂気に陥る彼を受け入れることはできない。ドストエフスキーの人神論者たちや無神論者たちは、キリスト教の父なる神やキリストの呪縛から解放されていない。父フョードルに「神は存在するか」と問われて「存在する」と答えるアリーシャも、「存在しない」と答えるイヴァンも、彼らの主語主体である〈私〉(ロシア語のЯ)は神の存在を前提とした〈Я〉であって、彼らの口にする肯定も否定も、予め神の存在を前提にしているので、要するに神の内にあるのである。ドストエフスキーほどのディオニュソス的小説家であっても、この神の領域から解放されることはなかった。ここにベルジャーエフのように既存のキリスト教の教義を深めたドストエフスキーを見るか、それともキリスト教の呪縛から解放されなかったドストエフスキーを見るかによって、ドストエフスキーの文学の見方は謂わば極端に異なることになる。

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清水正研究」No.1が坂下ゼミから刊行されましたので紹介します。

令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ

発行日 2021年12月3日

発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1

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表紙

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目次

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随想 空即空(連載37) #ドストエフスキー&清水正ブログ# 清水正 内村鑑三と正宗白鳥──信仰をめぐって──

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清水正

 

内村鑑三正宗白鳥──信仰をめぐって──

 白鳥は鑑三について「氏はバンヤンやダンテにも劣らないような、死の恐怖生の恐怖に迫られて神を求めているのである」と書いている。ひとは何故に神を求めるのか。白鳥はその原因の一つに〈死の恐怖〉があることを指摘する。これは白鳥の洗礼と棄教を考える上でも見逃せない事実である。白鳥は「現代つれづれ草」(新潮社版・正宗白鳥全集第十一巻)の中で次のように書いている。

 

 私は幼い頃、祖母に育てられたので、祖母の口から、来世の恐怖現世の恐怖を教えられた。それは柔かい頭脳に刻み込まれている。八寒地獄血の池針の山などが、死のかなたに存在して、自分を待っているように思われたりした。ところが、長い間の人生経験学問修行をして来た今日の私が、祖母から受けついだ来世観から脱却していないのを感じている。文字通り言葉通りに感じているのを如何ともし難いのである。青年時代に神田の青年会館で内村鑑三先生からダンテに関する講演を聴いたことがあったが、先生は、ダンテの「神聖喜曲」地獄篇をケリーの英訳に依って、日に一回づゝ熟読したことを熱演された。そして、その地獄のもろもろの光景の恐ろしさに戦慄して、三十三夜殆んど眠れないほどで、家人を心配させたと述懐された。その恐怖から脱却するためのキリスト信仰であり、キリストに縋って、この永遠の恐怖から救済されたと云うのが、内村先生の信仰経路の心核なのである。

  私もそのつもりで、ダンテを読んだ。地獄篇を読んだ。どんなに恐ろしい思いをさゝれるのかと予想しながら読んだのだが、私に取っては、少しも恐ろしくなかった。一章々々が面白いばかりであった。それよりも、幼時に祖母から教えられた地獄ばなしが、恐怖感を伴って、いつまでも私の頭から払拭されないのである。

  私は夜半暗闇のなかに目醒めた時に、或は、暁の光に目を開いた時に、忘れていた大切な事を思出す如くに、をりをり祖母伝授の、来世の地獄話を思出すのである。(338~339)

 

 三つ子の魂百までと云われるように、幼年期の体験はその人の一生を支配する。白鳥にとって祖母から教えられた〈八寒地獄血の池針の山〉の生々しい地獄図は幼い頭脳に刻印され、生涯そこから逃れられないトラウマとなった。こういったトラウマは後に身につけた自然科学的な思考、合理的な思考によっても克服することができない。ひとは何故にキリスト教に救いを求めるのか。キリスト教信徒でない者にとってこれは大いなる疑問であるが、鑑三や白鳥にとって〈死の恐怖〉が大きな要因になっていたことは確かなようである。

 鑑三には〈罪の意識〉も根深くあったようだが、白鳥においてはまず何よりも〈死の恐怖〉から救われたいという気持ちが強く働いたようである。わたしの場合、幼年期に仏教的な地獄観など一度も聞かされたことはないので、死後の地獄など微塵のリアリティも持っていない。地獄も天国も教えを説く上での方便と思っているので、そういう教義に洗脳されるようなことはない。鑑三や白鳥のような時代を代表するような知識人が、こういった死の恐怖や罪意識に苦しんでいること自体が不思議である。幼児期に刻印されたトラウマと宗教的洗脳の恐ろしさを改めて感じるばかりである。

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内村鑑三正宗白鳥──信仰をめぐって──

白鳥は「内村全集を読む」(新潮社版・正宗白鳥全集第九巻)の中で次のように書いている。

 

 (略)青年時代から老年期の今迄、反抗されて来た氏の経歴を考えると、必ずしも氏一人が正しくて、他が間違っているとは思われない。氏は「角筈の聖人」ではない。それは氏の全集一巻を読んだだけでもよく分かる。氏の神経質と我執とは行と行の間にあらわれ出ている。氏はバンヤンやダンテにも劣らないような、死の恐怖生の恐怖に迫られて神を求めているのである。ストリンドベルヒが晩年内村氏の英文の「懺悔録」を読んで、異邦人も神を求めるためにかくも苦しむかと何かに書いていたように「人の宗教は彼れの経験以上に達する能はず」と氏が云っているように、氏の身を切るような経験が、氏の学問以上に氏の著作に生命を与えているには相違ないが、しかし、この全集を読んで私が遺憾に思うのは、氏がこのさまざまな苦しい経験をもっと尊重して、そこに人間の姿自己の真の心の影をよく見詰めなかったかということである。初めから、神の愛だの救いだの永生だのを前に置いて、いやでも応でも自分の身を其処へ託して安易を得ようとしているように思われる。氏の神経質や恐怖心は懐疑の悩みに堪えかねて、よく底を見詰めない先に、急いで神というものにしがみついて「もう大丈夫だ\/」と、独りで安んじているようである。基礎に手堅いところがない。この頃の氏はそうでもあるまいが、全集第一巻に収められている著作に現われている氏は、浮世の痛い苦悩を美文調で書いて自から訴え自から慰めて甘えているような所が多い。(53)

 白鳥はこのエッセイでも青春期に鑑三に心酔したことを正直に語っている。が、それだけではすまされないところに白鳥のむ鑑三に対する特別の思いが潜んでいる。白鳥が鑑三の語ること、書くことに全面的に肯くことができれば、棄教することもなかったであろう。白鳥は白鳥なりの納得しがたい懐疑をキリスト教の神に抱き続けていたのであろう。そしてこの懐疑は鑑三の書いたものに関しても向けられる。白鳥は一度は洗礼を受けた身であるから、鑑三の信仰を頭から否定するようなことはしない。否、むしろ鑑三の信仰に関して最大の理解者であったかも知れない。白鳥は鑑三の絶対的と思われる信仰に彼独自の懐疑の眼差しを向けている。鑑三が抑えに押さえ込んだ〈懐疑〉を白鳥は見逃さない。おそらく鑑三はひとに自ら押さえ込んだキリスト教に対する〈懐疑〉を指摘されても動じることはなかっただろう。鑑三は鑑三なりに自らの〈懐疑〉を深く抱え込んだ上で、キリスト教の神に帰依している。これを棄教した白鳥に言わせれば、たとえ神に帰依しても、本当の慰めなど得られはしないのだ、ということになる。

    それにしても、ここに引用した最後の言葉「浮世の痛い苦悩を美文調で書いて自から訴え自から慰めて甘えているような所が多い」は辛辣である。こういう言葉は、発した白鳥自身が責任を取らなければならない言葉であり、もちろん白鳥はその覚悟をもってこの文章を書いているであろう。鑑三も自分自身の心に忠実に語っている。それを批評する白鳥もまた誰に遠慮することもなく正直に自分の胸の内を吐露している。これはキリスト教信仰を巡っての鑑三と白鳥の真剣勝負である。謂わば決着のつかない真剣勝負であり、拱手傍観の読者が安易な判定をするべきではない。〈不信と懐疑〉を胸懐に抱いた信仰があり、信仰を前提にした〈不信と懐疑〉もある。前者に鑑三が、後者に白鳥が位置しているが、二人ともにキリスト教をリングにして対峙している姿にも見える。白鳥が勝利を収めるには、彼の槍が鑑三の心臓部を突き刺さなければならないが、白鳥の持つ槍は鑑三の心臓部を突き刺すには寸法が足りない。二人で斬り合いでもしてくれれば、お互いの短所が露呈したはずだが、二人はリング上で見つめ合っているばかりで、それ以上に踏み込むことはなかった。

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発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

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