随想 空即空(連載36) #ドストエフスキー&清水正ブログ# 清水正

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清水正

 

内村鑑三正宗白鳥──信仰をめぐって──

白鳥は「内村全集を読む」(新潮社版・正宗白鳥全集第九巻)の中で次のように書いている。

 

 (略)青年時代から老年期の今迄、反抗されて来た氏の経歴を考えると、必ずしも氏一人が正しくて、他が間違っているとは思われない。氏は「角筈の聖人」ではない。それは氏の全集一巻を読んだだけでもよく分かる。氏の神経質と我執とは行と行の間にあらわれ出ている。氏はバンヤンやダンテにも劣らないような、死の恐怖生の恐怖に迫られて神を求めているのである。ストリンドベルヒが晩年内村氏の英文の「懺悔録」を読んで、異邦人も神を求めるためにかくも苦しむかと何かに書いていたように「人の宗教は彼れの経験以上に達する能はず」と氏が云っているように、氏の身を切るような経験が、氏の学問以上に氏の著作に生命を与えているには相違ないが、しかし、この全集を読んで私が遺憾に思うのは、氏がこのさまざまな苦しい経験をもっと尊重して、そこに人間の姿自己の真の心の影をよく見詰めなかったかということである。初めから、神の愛だの救いだの永生だのを前に置いて、いやでも応でも自分の身を其処へ託して安易を得ようとしているように思われる。氏の神経質や恐怖心は懐疑の悩みに堪えかねて、よく底を見詰めない先に、急いで神というものにしがみついて「もう大丈夫だ\/」と、独りで安んじているようである。基礎に手堅いところがない。この頃の氏はそうでもあるまいが、全集第一巻に収められている著作に現われている氏は、浮世の痛い苦悩を美文調で書いて自から訴え自から慰めて甘えているような所が多い。(53)

 白鳥はこのエッセイでも青春期に鑑三に心酔したことを正直に語っている。が、それだけではすまされないところに白鳥のむ鑑三に対する特別の思いが潜んでいる。白鳥が鑑三の語ること、書くことに全面的に肯くことができれば、棄教することもなかったであろう。白鳥は白鳥なりの納得しがたい懐疑をキリスト教の神に抱き続けていたのであろう。そしてこの懐疑は鑑三の書いたものに関しても向けられる。白鳥は一度は洗礼を受けた身であるから、鑑三の信仰を頭から否定するようなことはしない。否、むしろ鑑三の信仰に関して最大の理解者であったかも知れない。白鳥は鑑三の絶対的と思われる信仰に彼独自の懐疑の眼差しを向けている。鑑三が抑えに押さえ込んだ〈懐疑〉を白鳥は見逃さない。おそらく鑑三はひとに自ら押さえ込んだキリスト教に対する〈懐疑〉を指摘されても動じることはなかっただろう。鑑三は鑑三なりに自らの〈懐疑〉を深く抱え込んだ上で、キリスト教の神に帰依している。これを棄教した白鳥に言わせれば、たとえ神に帰依しても、本当の慰めなど得られはしないのだ、ということになる。

    それにしても、ここに引用した最後の言葉「浮世の痛い苦悩を美文調で書いて自から訴え自から慰めて甘えているような所が多い」は辛辣である。こういう言葉は、発した白鳥自身が責任を取らなければならない言葉であり、もちろん白鳥はその覚悟をもってこの文章を書いているであろう。鑑三も自分自身の心に忠実に語っている。それを批評する白鳥もまた誰に遠慮することもなく正直に自分の胸の内を吐露している。これはキリスト教信仰を巡っての鑑三と白鳥の真剣勝負である。謂わば決着のつかない真剣勝負であり、拱手傍観の読者が安易な判定をするべきではない。〈不信と懐疑〉を胸懐に抱いた信仰があり、信仰を前提にした〈不信と懐疑〉もある。前者に鑑三が、後者に白鳥が位置しているが、二人ともにキリスト教をリングにして対峙している姿にも見える。白鳥が勝利を収めるには、彼の槍が鑑三の心臓部を突き刺さなければならないが、白鳥の持つ槍は鑑三の心臓部を突き刺すには寸法が足りない。二人で斬り合いでもしてくれれば、お互いの短所が露呈したはずだが、二人はリング上で見つめ合っているばかりで、それ以上に踏み込むことはなかった。

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清水正研究」No.1が坂下ゼミから刊行されましたので紹介します。

令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ

発行日 2021年12月3日

発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1

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