アニメ『TOM THUMB』(NIKOLAY LICHTENFELD and IVAN KOSTIURIN)を観る アニメ版・二十一世紀の黙示録(連載8)

清水正の著作、D文学研究会発行の著作に関する問い合わせは下記のメール shimizumasashi20@gmail.com にお送りください

大学教育人気ブログランキングに参加しています。応援してくださる方は押してください。よろしくお願いします。

アニメ『TOM THUMB』(NIKOLAY LICHTENFELD and IVAN KOSTIURIN)を観る

アニメ版・二十一世紀の黙示録

清水正

連載8


 目的を果たした〈蟷螂〉は巨大な影法師に変身して風の如く空中を飛翔するが、その飛翔は逃亡のようにも見える。この〈不気味な風〉に追われるようにしてTOMもまた必死になって森の闇の中を駆け続ける。いったいTOMは何から逃亡しているのか。TOMを追う得体の知れない巨大なもの、それはあらゆるものを冷酷に何の感情もなく呑み込むもの、つまり〈死〉そのものが具象化された幻影体にさえ見える。最初、その正体は視聴者に隠されているが、やがてそれは風となった幻影体であることが分かってくる。



幻影体はいつの間にか空中から森の中に入り込み、必死に逃げるTOMを背後から襲う。その時の幻影体の、マントをたなびかせたからだ全体には、世界(TOMの箱庭=TOMが創造した世界)の地図が浮き彫りになっている。この恐るべき幻影体は自らが全世界を体現するものとして、巨大な鶏の嘴となってTOMを襲うのである。はたしてTOMの運命は。

 

 〈死〉という怪物は、聖なるキリストをも呑み込んでしまうのだ。ドストエフスキーは『白痴』のイポリート少年の口を通して、十字架から降ろされた〈死せるキリスト〉をさえ呑み込んでしまう〈死〉の恐ろしさを語った。詳細はイポリートの「わが必要欠くべからざる弁明」を読んでもらうしかないが、ここでイポリートはあらゆるものを例外なく呑み込んでしまう〈死〉を、実に巨大な情け容赦もない〈もの言わぬ獣〉、限りなく偉大で尊い存在(キリスト)をも無意味にひっつかみ、粉々に粉砕し、無感情のままにその口中に呑み込んでしまう最新式の〈巨大な機械〉に喩えている。

 イエスは〈ラザロの復活〉という奇跡を起こす前にマルタに向かって「われは甦りなり、命なり、われを信ずるものは、死すとも生くべし。すべて生きてわれを信ずるものは、永遠に死することなし」(Я есмь воскресение и жизнь:верующий в меня,если и умрёт,оживёт.И всякий живущий и верущий в меня не умрёт вовек.)と言っている。ここに引用したのは『罪と罰』(米川正夫訳)からだが、死んで四日もたったラザロを蘇生させた「ヨハネ福音書」のイエスはまさに父なる神に遣われし神の子キリストとして現れている。イエスは〈甦り〉(воскресение)であり〈命〉(жизнь)であるから、彼を信じる者は永遠の命を得ることになる。つまりイエスを信じる者は〈死〉を恐れることはない。信じると同時に彼は死を超越した境位に生きることになる。

 この文脈でTOMを考えると、彼は〈第八の神〉でありながら〈死〉を恐れて必死に逃げ惑っていたことになる。アニメ『TOM THUMB』における人物たちは多義性を孕んだ存在として登場している。TOMはこのアニメにおいて創造神であると同時に、〈斧〉を抱えた木こりたちの後について行った一人の子供でもあるのだ。この二義性を二義性のままにアニメ世界で生きているところにTOMの面白さがある。


 世界地図を図柄にした幻影体は森の中から再び空中へと飛翔し、帰還の途を急ぐが、途中、闇の中に浮かぶ教会堂の扉から無数のコウモリが飛び立つ場面が挿入されている。教会堂の闇の内部には回転する円形の柱に手足を打ち付けられた骸骨や鋭い鋸刃などが浮かびあがる。教会堂はすでに死神の支配下に落ちており、コウモリの飛び立つシーンは、幻影体が〈コウモリ=死神〉でもあったことを強烈に印象づける。

 


 幻影体は電信柱の上を跨ぎ越えながら怪しく跳び続ける。突如、画面に鶏の顔が出現、嘴を大きく開けて雄叫びをあげると、次にそのまん丸の右目が大きくアップされる(鶏と蟷螂は対峙する関係にもあるが、同一的存在でもある)。再び画面には幻影体が現れ、遂に四本の電線に手足をとられ感電死する。両手両足を大きく開いて感電する幻影体のからだはレントゲン撮影されたかのように蟷螂の骨格を白くさらけ出す。すでに何回となく、蟷螂の様々に変容した姿はその正体を暴かれていたとは言え、この電気による磔の場面は圧巻である。因みに、幻影体が電信柱に足を掛けたときの〈電信柱〉の頭頂部(三角形)は〈蟷螂〉の頭そのものに見える。