清水正の『悪霊』論 坂下将人 連載4

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     清水正ドストエフスキー「悪霊」の世界』(Д文学研究会 1990年7月 限定100部非売品)


連載4

清水正の『悪霊』論

坂下将人

清水正ドストエフスキー『悪霊』の世界』(鳥影社) (1990)

 本書は清水が執筆した『悪霊』論の「第二部」である。本書は『悪霊』の世界を「心理学」的及び「神話学」的側面から解読する。ドストエフスキーは「正教会」を信奉する「正教徒」である。しかし従来の『悪霊』研究は、「キリスト教」の理解に基づく考察と検証を怠ってきた。従って、「神学」的及び「神話学」的側面から『悪霊』を分析する本書には重要な意義が存在する。

 前作では「父殺しの文学」として『悪霊』を捉え、ステパン(父)とピョートル(子)の関係に光が当てられていたのに対し、本書は「母殺しの文学」として『悪霊』を捉え、ワルワーラ(母)とニコライ(子)の関係に光が当てられている。ステパン及びピョートルの考察も引き続き行われており、特に作品のエピグラフに付された「プーシキンの詩」と「ルカ福音書」の関係性を「因果関係」として解釈する清水の考察は、「プーシキンの詩」と「ルカ福音書」の関係性を「対立」として解釈した江川の考察を「深化」・「前進」させ、原題Бесыの研究進展に大きく寄与した。

 また清水は、本書においてグロスマンが解読した『悪霊』の作品世界における日付の誤りを指摘し、世界ではじめて正確な『悪霊』の作品世界の日付を解明した。

 さらに清水は、『『悪霊』論 ドストエフスキーの作品世界』に引き続き、「告白」、「ステパン氏の最後の放浪」をはじめ、『悪霊』を研究する上で特に重要な場面に対する考察を重点的かつ精力的に行っている。

 なお、本書は『清水正ドストエフスキー論全集6 『悪霊』の世界』に収められている。


坂下将人(プロフィール)

日本大学大学院芸術学研究科博士後期課程修了。ドストエフスキー研究家。日大芸術学部文芸学科非常勤講師。論文・エッセイに「『悪霊』における「豆」」(「江古田文学」107号)、「ф・м・ドストエフスキー研究の泰斗」(「ドストエフスキー曼陀羅」特別号)、「清水正著『ウラ読みドストエフスキー』を読む」(『ドストエフスキー曼陀羅』)、「ф・м・ドストエフスキー『悪霊』──「鳩」に関する一考察」(「藝文攷」27号)、「ф・м・ドストエフスキー『悪霊』──先行研究一」(「清水正研究」2号)その他。