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連載3
清水正の『悪霊』論
坂下将人
・清水正『『悪霊』論 ドストエフスキーの作品世界』 (1990)
本書は清水が執筆した『悪霊』論の「第一部」である。清水が執筆した『悪霊』論は三部(『『悪霊』論 ドストエフスキーの作品世界』、『ドストエフスキー『悪霊』の世界』、『『悪霊』の謎―ドストエフスキー文学の深層―』)から構成される。『悪霊』が1915年に森田草平によって重訳されてから1990年に清水が『悪霊』論を上梓するまでの間、『悪霊』について体系的に論証した研究業績は国内には存在しなかった。清水の『悪霊』論は、日本国内における『悪霊』研究の嚆矢である。従って、清水が『悪霊』論を執筆しなければ、『悪霊』の持つ「価値」は日本国内において理解されなかった。
本書はニコライ、キリーロフ、シャートフだけでなく、ステパン、ピョートル、シガリョフ等の登場人物達にも照明を当て、「父殺しの文学」として『悪霊』を捉える手法で、ステパン(「父」)とピョートル(「子」)の関係を中心に『悪霊』を論じている。清水はピョートルを本作品の「主人公」とし、ピョートルを中心に、登場人物達一人一人に対する考察を緻密に行い、テクストを「解読」し、作品世界を浮き彫りにしている。ピョートルの持つ「秘密」を看破・解明し、作品内においてピョートルの果たす重要性を指摘した、ピョートルに対する清水の一連の考察は、本書における最大の「美点」である。
従来の研究では『悪霊』の主人公は「ニコライ」として考えられ続けてきたが、清水の考察によって、以後『悪霊』の主人公を「ピョートル」として定義する考察も登場した。従って本書は、従来の『悪霊』の先行研究において重要視されてこなかったピョートル、ステパン、シガリョフ等の主要登場人物達に対する考察の出発点となった。また本書は、作品及び登場人物を「性的側面」から連関構造的に考察しており、「性的側面」からのアプローチがなされた最初の研究業績ともなった。
なお、本書は『清水正・ドストエフスキー論全集6 『悪霊』の世界』に収められている (注6 )。
注
6 『清水正・ドストエフスキー論全集6 『悪霊』の世界』 D文学研究会 2012 p.3-p.177、p.596-p.597。
坂下将人(プロフィール)
日本大学大学院芸術学研究科博士後期課程修了。ドストエフスキー研究家。日大芸術学部文芸学科非常勤講師。論文・エッセイに「『悪霊』における「豆」」(「江古田文学」107号)、「ф・м・ドストエフスキー研究の泰斗」(「ドストエフスキー曼陀羅」特別号)、「清水正著『ウラ読みドストエフスキー』を読む」(『ドストエフスキー曼陀羅』)、「ф・м・ドストエフスキー『悪霊』──「鳩」に関する一考察」(「藝文攷」27号)、「ф・м・ドストエフスキー『悪霊』──先行研究一」(「清水正研究」2号)その他。