清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載6)

江古田文学」82号(特集 ドストエフスキーin21世紀)に掲載した「ドストエフスキー論」自筆年譜を連載する。

清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載6)


一九八九年(昭和64年・平成1年)40歳
○「〈自作を語る〉『宮沢賢治ドストエフスキー』」 :「呼夢便り」No.1(4月25日 呼夢書房)
◎『宮沢賢治ドストエフスキー──「銀河鉄道の夜」と「カラマーゾフの兄弟」における死と復活の秘儀』(5月20日 創樹社) 四六判・上製二六六頁 定価一八八〇円
 ※「『銀河鉄道の夜』──ジョバンニをめぐって」「幻想第四次空間の旅──ほんとうの神を求めて──」「『銀河鉄道の夜』の象徴的世界」「『銀河鉄道の夜』と『カラマーゾフの兄弟』」「『銀河鉄道の夜』から『カラマーゾフの兄弟』へ」「スロヴォエルソフ=スネギリョフの《内部》」「思いこみとソーニャの踏み越え」所収。
宮沢賢治が保阪嘉内などの影響もあってトルストイを読んでいたことは確実だし、年譜にも十七歳頃ロシア文学を読んだことが記されている。トルストイは自分が生まれ育ったヤーナヤ・ポリャーナで農民の教育にあたったことはよく知られている。宮沢賢治がそれを真似て羅須地人協会を設立したことも明らかだ。『ポラーノの広場』の主人公レオーノキューストはレオ(トルストイの名前はレフでこれはすなわちライオン)のキュー スト(これは〈九の人〉〈キリスト〉である。こういった点に関しては、拙著『宮沢賢治・童話の謎──「ポラーノの広場」をめぐって──』(一九九三年五月十二日 鳥影社)で詳細に論じたが、いずれにせよ宮沢賢治トルストイに強く影響されていたことは彼の人生、作品を通しても明らかだ。
 問題は宮沢賢治ドストエフスキーを読んでいたかどうかということである。今のところ宮沢賢治ドストエフスキーを読んでいたという実証的な次元での証拠はあがっていない。本書でわたしが指摘したことは『銀河鉄道の夜』と『カラマーゾフの兄弟』における内容の次元での共通性である。ジョバンニはロシア語ではイヴァンである。ジョバンニ少年とイヴァン・カラマーゾフの〈思想〉はその表出度においては比較にならないが、内容においては深く密接に繋がっている。詳細に関しては拙著にまかせるが、重要なことは『銀河鉄道の夜』と『カラマー ゾフの兄弟』が同じような問題を扱っていたということである。実証的なアプローチは必要だが、それだけにこだわって読み手の側の想像力を押さえるようなことがあってはならない。】(「自著をたどって」より)
 ●中国天安門事件(6月4日)
ベルリンの壁崩壊(11月10日)
●元ルーマニア大統領チャウシェスク夫妻公開処刑(12月25日)

一九九〇年(平成2年)41歳
○「ムイシュキン公爵の多義性──異人論の地平から」 :「江古田文学」17号(1月20日 江古田文学会

◎『「悪霊」論──ドストエフスキーの作品世界』 (1月20日 Д文学研究会)A5判・上製二一三頁 定価三八〇〇円
 ※「Ⅰ」(「政治的季節の『悪霊』」「罪の感覚」「『悪霊』の主人公」「平凡社版『悪霊』」「人物の表記法」「『悪霊』というタイトル」「『悪霊』の人物たち」「悪鬼どもとムイシュキン公爵」「ムイシュキン公爵の危険性」)「Ⅱ」(「ステパン先生の肖像画」「ステパンの精神的血縁者」「『悪霊』と『ステパンチゴォ村しその住人』」「『失意の学徒』と少年ニコライ」「ステパン先生の都落ち」「ステパン先生とエララーシュ」「ステパン先生とヴァルヴァーラ夫人」「「学問の受難者」の理想主義」「私生児性と浮遊物的存在」「ステパン先生の警鐘」「企業心の魔」「「自分自身の労働」と「旧ロシア的たわごと」「ステパン先生の講義内容」「ステパン先生の“神”」「ステパン先生の劇詩における汎神論的《生の饗宴》」「内在神と超越神」)「Ⅲ」(「ベリンスキーとゴーゴリの往復書簡をめぐって」「四〇年代のドストエフスキー・師ベリンスキーとの関係」「革命家ドストエフスキー」「師ベリンスキーの影響と愛憎劇」「初期作品に対するベリンスキーの批評」「ロシアとロシアの民衆をめぐって」「ロシアの民衆と貴族」)「Ⅳ」(シャートフの思想と肖像をめぐって」「シャートフとドストエフスキーの“転向”」)「Ⅴ」(キリーロフの思想と肖像をめぐって」「人神思想──ラスコーリニコフ、イッポリートからキリーロフへ」「永久調和の瞬間」「キリーロフの“死”をめぐって」)「Ⅵ」(「シガリョフ理論をめぐって」)「Ⅶ」(政治的陰謀家ピョートルの肖像──父親ステパンとの関係において」「ペテン師ピョートルの“思想”」「社会主義批判とピョートルの表層的役割」「天才的な使嗾者ピョートル」「シャートフ殺害と憎悪の哲学」「謎を秘めた政治的人間の役割」「美を愛するニヒリストの同家と陰謀」「政治的道化師ピョートルの陰謀と破綻」)「Ⅷ」(「ピョートルの“秘密”」「秘密工作員ピョートル」「スパイの典型」「虚無の演技者」)「Ⅸ」(偶像化されすぎたニコライ・スタヴローギン」)所収。
【二十歳の頃はキリーロフの人神思想やピョートルの革命思想、シャートフの〈ロシアの神〉、そしてニコライ・スタヴローギンの虚無を中心に書き進めていったが、二十年ぶりに読む『悪霊』はずいぶんと違った印象を持った。ステパン先生やニコライの母親ヴァルヴーラ夫人が大きな比重をもって迫ってきたし、舞台となったスクヴァレーシニキが興味深かった。】(「自著をたどって」より)
○「死と復活の秘儀『白痴』の世界(3)」 :「江古田文学」17号(1月20日 江古田文学会
○「〈書評〉中村健之介『ドストエフスキー人物事典』」 :「図書新聞」No.693(6月23日 図書新聞社)
◎『「悪霊」論──ドストエフスキーの作品世界』 (7月18日 鳥影社)A5判・上製二一三頁 定価二八〇〇円
 ※Д文学研究会版『「悪霊」論──ドストエフスキーの作品世界』の新装版
◎『ドストエフスキー「悪霊」の世界』 (7月25日 Д文学研究会)A5判・並製三九八頁 限定百部 定価二八〇〇円
 ※「ニコライ・スタヴローギンの肖像」「ニコライの精神分裂」「ニコライの暴挙・スキャンダル」「息子ニコライと太母ヴァルヴァーラ」「ひき裂かれた自己」「仮面(にせ―自己)としてのニコライの虚無」「分裂病質者ニコライの不安と恐怖」「太母に対する第一次反抗」「太母に対する第二次反抗」「太母殺しの挫折の唯一性の奪回へ向けて」「ニコライの帰郷と呪縛霊ヴァルヴァーラ」「美男子ニコライ」「ニコライの狭量と倨傲」「ニコライの現在時と空虚な内的自己」「太母と息子ニコライの対決」「敗残者ニコライの茶番劇」「ペテルブルクでのニコライ」「アントン君のニコライ観」「ニコライの堕落と虚偽」「ニコライの耐える意志」「買いかぶられすぎたニコライ」「ニコライの卑小さ」「なまぬるき者ニコライ」「ニコライとスヴィドリガイロフ」「罪の感覚」「ニコライの病理的傾向(サド・マゾ)」「善悪観念の磨滅」「マトリョーシャの現出・ニコライの悔恨」「ニコライとヴァルヴァーラ」「アントン君の注釈」「描かれざる少女陵辱・セックス」「ニコライとマトリョーシャ」
「凌辱後の足どり」「神殺しの秘儀」「ニコライの鏡像・マトリョーシャとヴァルヴァーラ」「赤い蜘蛛」「「赤い蜘蛛」と「巨大ないやらしい蜘蛛」」「「赤い蜘蛛」と太母ヴァルヴァーラ」「“神”を試みる実験」「
黄金時代の夢」「楽園からの失墜」「またしても「赤い蜘蛛」の現出」「ニコライの実験と分裂・未だ信仰は遠く」「新しい犯罪」「アントン君による告白の解剖」「チーホンによる告白の解剖から」「ニコライに赦罪は可能か」「チーホン対ニコライ」「チーホンの肖像・聖と俗の混交」「チーホンとポルフィーリイ」「罪と回心」「回心と死と天国」「回心の不可能と懐疑」「チーホンの語られざる罪」「宗教的経験の諸相(回心をめぐって)」「ニコライと分身・悪霊」「ニコライとチーホンの“傲慢”」「スピノザの神をめぐって」「スピノザドストエフスキーの人神論者達」「神=自然の認識と信仰」「死の勝利と復活・スピノザとイッポリート」「スピノザの反キリスト教的性格とニコライ」「人神キリスト・スピノザとキリーロフ」「スピノザの神の認識と信仰」「スピノザからサド侯爵の閨房哲学へ」「道楽者ニコライ」「悪徳の栄え―サド侯爵の悪徳漢とドストエフスキーの人神論者たち」「サド文学の危険性(楽天性)」「サド侯爵の想像力の質(神=自然との一体化)」「無垢と怪物性―アリョーシャ・ヴァルコフスキーをめぐって」「悪の哲学者・ヴァルルコフスキー公爵」「「気紛れ」と「恥さらし」」「秘中の秘」「悪の哲学と実践―サド侯爵とワルコフスキー公爵」「地下男の誕生」「悪の語り手」「屈辱の快感―サディストになりそこなったマゾヒスト」「自然の法則の二義性」「自然の神」と虚無の戯れ」「醜悪な恥ずべき犯罪・地下男とニコライ」「嫌悪を抱かせる穴蔵男」「地下男が想定した読者」「神=自然への挑戦と甘え」「オルゴールの釘」「神の試みから回心へむけて」「ステパン先生の放浪―街道と百姓」「百姓の指示―ハートヴォからウスチェヴォへ、そしてスパーソフへ」「ソフィヤとの出会いと福音書」「名前にこめられた意味」「ルカ福音書(ゲラサの豚)と『悪霊』」「「ひとりの男」とイエス―汚れた霊と神性の顕現」「豚の死と生き延びたレギオン」「奇蹟―悪鬼追放の一大イベント」「奇蹟―おびえとメシア待望」「未だ来ぬイエス」「ステパン先生の回心」「太母ヴァルヴァーラの呑み込み」「太母とソフィヤ」「神話学的・心理学的側面からの考察」「『悪霊』の日付をめぐって―数・曜日の神秘的運命性」「ニコライの運命にまとわりつく三、六、九」「一八七〇年八月、九月、十月の旧ロシア暦表」「『悪霊』の足取り」「ステパン先生の遍歴の足取り」「『悪霊』のモデル表」「『悪霊』の三角関係図」「あとがき」)所収。
 【二十歳の頃には何か巨大な存在に見えていたニコライ・スタヴローギンが色褪せてきた。こんな青年のどこに魅力があるのか、といった感じである。結局彼は母親ヴァルヴァーラの呪縛から解き放たれなかった息子であり、一口でいえばマザコンの甘ちゃんなのではないか。要するに本書は、ニコライ・スタヴローギンの神格化から離れた地点で終始冷静に分析した。キリーロフもシャートフも、もはやわたしの魂を捕らえることはできなかった。『悪霊』にニコライ・スタヴローギンを登場させる必要はなかった、というのが一番の思いである。二十歳の頃には何か巨大な存在に見えていたニコライ・スタヴローギンが色褪せてきた。こんな青年のどこに魅力があるのか、といった感じである。結局彼は母親ヴァルヴァーラの呪縛から解き放たれなかった息子であり、一口でいえばマザコンの甘ちゃんなのではないか。要するに本書は、ニコライ・スタヴローギンの神格化から離れた地点で終始冷静に分析した。キリーロフもシャートフも、もはやわたしの魂を捕らえることはできなかった。『悪霊』にニコライ・スタヴローギンを登場させる必要はなかった、というのが一番の思いである。
 この本にはニコライ・スタヴローギンの深層心理学的側面からの分析、ステパンとニコライのホモセクシャルな関係など登場人物たちの意外な性的つながり、世界で初めての日付解明など、自分で言うのもなんだが画期的な発見や謎解きがなされている。】(「自著をたどって」より)
◎『ドストエフスキー「悪霊」の世界』 (9月10日 鳥影社)A5判・並製三九九頁 定価二八〇〇円
 ※Д文学研究会版『ドストエフスキー「悪霊」の世界』の新装版。
○「『悪霊』の作者アントン君をめぐって」ドストエフスキー研究」10号(12月25日 日本大学芸術学部文芸学科・清水正ゼミ)