清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載7)

江古田文学」82号(特集 ドストエフスキーin21世紀)に掲載した「ドストエフスキー論」自筆年譜を連載する。

清水正の「ドストエフスキー論」自筆年譜(連載7)

一九九一年(平成3年)42歳
Д文学研究会の機関誌として「Д文学通信」の発行を開始する。
○「創刊にあたって」 :「Д文学通信」No.1(1月1日 Д文学研究会)
○「『悪霊』の日付解明」 :「Д文学通信」No.4(1月5日 Д文学研究会)
○「〈書評〉ベローフ『「罪と罰」注解』 :「週間読書人」No.1865(1月7日 読書人)
○「『悪霊』とその周辺(1)──《征服者》リーザと忠実な騎士──」 :「Д文学通信」No.5(1月8日 Д文学研究会)
  ●湾岸戦争勃発(1月17日)
○「『悪霊』とその周辺(2)──『罪と罰』の聖痴女──」 :「Д文学通信」No.6(1月18日 Д文学研究会)
○「『悪霊』とその周辺──リーザの罪と罰 :「江古田文学」19号(1月20日 江古田文学会) 
○「『悪霊』とその周辺(3)──マリヤ・レビャートキナの神=自然──」「マリヤ・レビャートキナの聖母=大地信仰」 :「Д文学通信」No.7(1月25日 Д文学研究会)
○「『悪霊』とその周辺(4)──狂女マリヤの透視と「汚れた霊」──」 :「Д文学通信」No.8(2月7日 Д文学研究会)
○「『悪霊』とその周辺(5)──マリヤ殺害者フェージカ──」 :「Д文学通信」No.9(2月16日 Д文学研究会)
○「日本で刊行された『悪霊』(蔵書から紹介する)」 :「Д文学通信」No.10(2月27日 Д文学研究会)
○「『悪霊』とその周辺(6)──太母対聖母の勝利者へ向けて」 :「Д文学通信」No.10(2月27日 Д文学研究会)
○「“幻の本”『青年』後編──邦語訳ドストエフスキー全集をめぐって──」 :「Д文学通信」No.12(3月20日 Д文学研究会)
○「賢治童話を読む(連載2)『注文の多い料理店』をめぐって」 :「Д文学通信」No.12(3月20日 Д文学研究会)
 ※「紳士とラスコーリニコフの非凡人」の項あり。
○「賢治童話を読む(連載4)『注文の多い料理店』をめぐって」 :「Д文学通信」No.14(3月30日 Д文学研究会)
 ※「「紙くづ」顔の紳士とルージン」の項あり。
○「賢治童話を読む(連載11)『注文の多い料理店』をめぐって」 :「Д文学通信」No.21(4月25日 Д文学研究会)
 ※「紙くづ顔と虚無とジャーナリズム」の項で、ピョートル・ステパノヴィチの虚無に触れる。
○「『悪霊』について──神話学的心理学的側面からの考察」 :「ドストエーフスキイ広場」1号(5月1日 ドストエーフスキイの会)
○「賢治童話を読む(連載13)『注文の多い料理店』をめぐって」 :「Д文学通信」No.23(5月10日 Д文学研究会)
 ※「若い二人の紳士の神話学的側面」の項で、ニコライと太母ヴァルヴァーラについて論じる。
○「『悪霊』とその周辺」 :「江古田文学」20号(6月30日 江古田文学会
 ※「『罪と罰』の聖痴女」(「Д文学通信」No.6)と「『悪霊』の作者アントン君をめぐって」(「ドストエフスキー研究」10号)の二論考を再録。
○「『となりのトトロ』の授業をめぐって──大学教育・学生の反応・宮沢賢治ドストエフスキーなど──」 :「Д文学通信」No.38(7月29日 D文学研究会
○「賢治童話を読む(連載27)『銀河鉄道の夜』をめぐって〔14〕」 :「Д文学通信」No.39(7月30日 Д文学研究会)
 ※「ジョバンニ少年の試練──『銀河鉄道の夜』と『分身』(1)」の項あり。
○「賢治童話を読む(連載28)『銀河鉄道の夜』をめぐって〔15〕」 :「Д文学通信」No.40(7月31日 Д文学研究会)
 ※「恐るべき夜──『銀河鉄道の夜』と『分身』(2)」の項あり。
○「『少年たち』を観て」 :「Д文学通信」No.45(8月26日 Д文学研究会)
 ※『少年たち』は『カラマーゾフの兄弟』の主に第四部第十編「少年たち」を映画化した作品。監督はレニータ・グリゴリエワ/ユーリー・グリゴリエフ。
○「臨死体験 側頭葉シルビウス裂 神との対話 側頭葉てんかん ドストエフスキー 宮沢賢治 :「Д文学通信」No.46(8月27日 D文学研究会
◎『宮沢賢治を読む 「注文の多い料理店の世界』 (9月20日 Д文学研究会)A5判・並製一九八頁 限定五十部・非売品
 ※「一五 「紙くづ」顔の紳士とルージン」「紙くづ顔と虚無とジャーナリズム」所収。
◎『宮沢賢治を読む 「注文の多い料理店の世界』 (10月10日 鳥影社)A5判・並製一九八頁 定価二〇〇〇円
 ※Д文学研究会版『宮沢賢治を読む 「注文の多い料理店の世界』の新装版。
◎『ドストエフスキー罪と罰」の世界』 (11月27日 鳥影社)A5判・上製四六三頁 定価三九〇〇円
 ※創林社版『ドストエフスキー罪と罰」の世界』の新装・改訂版。
○「『ドストエフスキー罪と罰」の世界』が鳥影社より刊行されたので紹介します」 :「Д文学通信」No.57(11月28日 Д文学研究会)
◎『ドストエフスキー「白痴」の世界』 (11月30日 鳥影社)
 ※「第Ⅰ部『白痴』の世界」(『白痴』へ向けて──純粋の結末──」「ムイシュキンは境(Граница)を超えてやって来」「ИДИОТ・新しい物語」「ホルバインのキリスト像をめぐって」「復活したキリストの無力」「ムイシュキンの魔」「ナスターシャ・フィリッポヴナの肖像」「レーベジェフの肖像」「トーツキイのプチジョー」「ムイシュキンの多義性──異人論の地平から──」)「第Ⅱ部『アンナ・カレーニナ』の世界 アンナの跳躍と死をめぐって──死と復活の秘儀──」(「第八章 ラスコーリニコフのあれとアンナの跳躍」「第九章 跳躍の軌跡・アンナとゴリャートキン」「第十三章 ゴリャートキンの発狂とアンナの死ぬ・自由と復活」「第十五章 ラスコーリニコフの復活とアンナの死」「第十六章 アンナの死とイッポリートの「死」」「第十七章 もう一人のアンナ=ナスターシャ・フィリッポヴナ」「第十八章 神の使徒・ひげぼうぼうの百姓とムイシュキン公爵」)所収。
【『ドストエフスキー罪と罰」の世界』とほぼ同時期に刊行した著作である。本書には先に私家版で刊行した『死と復活の秘儀──「白痴」の世界』(一九八七年十月一日 Д文学研究会)に収録した『白痴』論と『死と復活の秘儀──「アンナ・カレー ニナ」と「銀河鉄道の夜」の世界── 』(一九八八年十一月十五日 Д文学研究会)に収録した『アンナ・カレーニナ』論とで構成した。私家版二著は各限定五十部でほとんど人の自に触れていない。刊行したのはいいが、それを人に読んでもらうという気持ちにはあまりならなかった。ただ新人に捧げるという気持ちだけが強かった。
 トルストイの作品では『アンナ・カレーニナ』だけが批評意欲をそそった。『戦争と平和』は論じるには大きすぎるとでも感じたのだろうか。いや、ドストエフスキー以外にこういった巨大な作家を相手にすると命がいくつあっても足りないと思ったからだ。トルストイのオリジナル版九十巻全集は入手できなかったがリプリント版は研究室Dに置いてある。大学に出勤すると否応なしにこの全集の背表紙が目に飛び込んでくる。学問とか研究は本当にきりがない。時聞がいくらあっても足りない。時間と相談しながらの研究などたかが知れているとはつくづく思っているが、限りある時間の中でやれるところまでやろうという気持ちが失せたことはない。
 トルストイは『アンナ・カレー ニナ』で「死」のところだけ見出しをつけている。トルストイは死に対して極度の恐怖を抱き続けていた。死を恐れている者が〈復活〉を信じているわけもない。トルストイの『復活』は題名に反して〈復活〉の内実に肉薄しているようには思えなかった。】(「自著をたどって」より)
ソ連崩壊(12月25日)
○「『白痴』(ムイシュキン)の足どり」 :「ドストエフスキー研究」11号(12月25日 日本大学芸術学部文芸学科・清水正ゼミ)
○「ナスターシャ・フィリポヴナ・バラシコワの履歴」 :「ドストエフスキー研究」11号(12月25日 日本大学芸術学部文芸学科・清水正ゼミ)
○「賢治童話を読む(連載44)『オツベルと象』をめぐって〔12〕」(「ヨブの嘆きからイヴァン・カラマーゾフの反逆へ──不条理な“事実にとどまる”ことをめぐって──」) :「Д文学通信」No.68(12月29日)

一九九二年(平成4年)43歳
○「賢治童話を読む(54)第Ⅱ部『オツベルと象』をめぐって〔1〕」(「罪と永生──『ヨブ記』と『カラマーゾフの兄弟』における“死んだ子供”をめぐって──」) :「Д文学通信」No.83(1月30日 Д文学研究会)
◎『宮沢賢治の宇宙──『銀河鉄道の夜』の謎──』 (7月7日 Д文学研究会)A5判・並製二三三頁 限定五十部・私家版 非売品
 ※「二〇章 ジョバンニ少年の試練──『銀河鉄道の夜』と『分身』(1)──」「二一章 恐るべき夜──『銀河鉄道の夜』と『分身』(2)──」「二四章 〈キリスト〉を体現した少年カムパネルラとジョバンニ少年の使命にまつわる諸問題」所収。
◎『宮沢賢治の宇宙──「銀河鉄道の夜」の謎──』 (9月7日 鳥影社)A5判・並製二三三頁 定価二八〇〇円
 ※Д文学研究会版『宮沢賢治の宇宙──「銀河鉄道の夜」の謎──』の新装版。
◎『宮沢賢治の神秘──「オツベルと象」をめぐって──』 (10月27日 鳥影社)A5判・上製五三三頁 定価六八〇〇円
 ※「第Ⅰ部二三章 ヨブの嘆きからイヴァン・カラマーゾフの反逆へ──不条理な〈事実にとどまる〉ことをめぐって──」「第Ⅱ部一章 罪と永生──『ヨブ記録』と『カラマーゾフの兄弟』における〈死んだ子供〉をめぐって──」所収。
 
一九九三年(平成5年)44歳
○「誰よりも拍手を、そして私だけが拍手をしなかった──ユーリー・リュビーモフ演出『罪と罰』を観る」 :「Д文学通信」No.174(4月1日 Д文学研究会)
◎『宮沢賢治・童話の謎──『ポラーノの広場』をめぐって──』 (5月12日 鳥影社)A5判・上製四七一頁 定価四八〇〇円
 ※「第Ⅰ部『ポラーノの広場』・謎と神秘」(「三章 非・小役人的なレオーノキューストとイーハトーヴォ──ドストエフスキーの初期作品の役人たちとの関連において──」)「第Ⅱ部『ポラーノの広場』・解体と再構築」(「六章 組織の中の小役人と組織の中の〈ぼんぼん〉──ドストエフスキーの初期作品の人物たちとの関連において──」「九章 レオーノキューストとロザーロ──ラスコルニコフとソーニャとの関連において──」「一三章 夢想家と怪物デステゥパーゴ──ドストエフスキーの人物との関連において──」)「第Ⅲ部『ポラーノの広場』・レオーノキューストの現実」(「ドストエフスキーが見るレーヴイン(トルストイ)」)所収。
◎『「悪霊」の謎──ドストエフスキー文学の深層』 (8月28日 鳥影社)A5判・上製二一一頁 定価二八〇〇円
 ※「第一章 リーザの罪と罰」(「江古田文学」19号)「第二章 《征服者》リーザと忠実な騎士マヴリーキー」(「Д文学通信」No.5 )「第三章 『罪と罰』の聖痴女」(「Д文学通信」No.6/「江古田文学」20号)「第四章 マリヤ・レビャートキナの神=自然」(「Д文学通信」No.7)「第五章 マリヤ・レビャートキナの聖母=大地信仰」(「Д文学通信」No.7)「第六章 狂女マリヤの透視と「汚れた霊」」(「Д文学通信」No.8)「第七章 マリヤ殺害者フェージカ」(「Д文学通信」No.9)「第八章 〈太母〉対〈聖母〉の勝利者に向けて」(「Д文学通信」No.10)「第九章 『悪霊』の作者アントン君をめぐって」(「ドストエフスキー研究」10号/「江古田文学」20号)所収。
【『悪霊』論の第三部である。『悪霊』は国家から派遣されたスパイであるアントン・Гが、自由主義者ステパン先生のところにもぐりこんで情報を収集して書き上げたスクヴァレー シニキにおける革命運動顛末記である、というのがわたしの説である。ステパン先生はホモであり、彼はニコライ・スタヴロー ギンが十歳ぐらいのときにそういった関係を取り結んだと考えられる。
 とうぜんアントンはステパンとホモの関係を取り結ぶことでステパンの絶大な信頼を獲得していた。アントンとステパンのホモ関係およびアントンのスパイであることを疑っていたのは、市井のスパイと言われていたリプーチンのみである。
 ピョートル・ヴェルホヴェーンスキーが単なる五人組という秘密革命結社の主魁などと思っていたのでは話にならない。彼こそは革命家およびそのひよっこどもをポクロフ祭までに当局に一皿盛りにして進呈することを約束してスクヴァレーシニキに乗り込んできた二重スパイなのである。市井のスパイであるリプーチン、二重スパイのピョートル・ヴェルホヴェーンスキー 、そして国家から派遣されたスパイであるアントン・Г……この小説にはスパイ用語が満載されている。ドストエフスキーは死ぬまで国家から監視されていた元政治犯であったという噂もある。その作家の書いた小説である。そこにはいろいろな謎が仕掛けられており、そうそう簡単には全貌が露出しないように予め仕組まれている。当時の検閲官の厳しい目を逃れるために考えられ得るすべての手法を駆使したはずである。】(「自著をたどって」より)