小林リズムの紙のむだづかい(連載23)

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画・кёко

紙のむだづかい(連載23)


小林リズム

【無職の心意気】


 駅前を歩いていたら、眼鏡をかけた若い女性がにこにこしながら私のほうに近づいてきた。「あのー、ちょっとお聞きしたいんですけど…」なんだろう、道でも聞かれるのかな、えー、ここらへんの道わからないしどうしよう…と思ったのもつかの間
「あなたの夢ってなんですか?」
と尋ねられたのだった。予想外の問いに、思わず言葉を詰まらせてしまう。夢?って、目標とか?3年後どうなっていたいとか?それとも人生におけるテーマみたいなやつ?なんだろう、あたし、何になりたいんだろう…。
「あなたが胸の奥に秘めている、希望とかでいいんですよ」
黙っている私を前に、眼鏡の彼女は微笑みながら促す。夢、夢、夢…。こんなふうに聞かれると、なんだかスゴイようなことを言わないといけない気持ちになってしまって、余計に答えられなくなる。何も言えない私を前に彼女は小さな冊子を差し出して言った。
「わたし、○○という団体のものなんですけど…」
宗教の勧誘だった。びびってしまい、つっけんどんに「いや、いいです、すみません」と答えるも、彼女は差し出した冊子を引こうとしない。そして
「夢、ないんですね。これ、きっとあなたのお力になれると思いますよ」
と、大きくうなずきながら笑いかけてくるのだった。

 どうして宗教の勧誘をしている人は、みんな一様にして幸せそうな顔をしているんだろう。母性に満ち溢れたような慈悲深い表情に、余裕すら感じる。「わたしはこれで幸せになりました。だからあなたもこれで救われると思います」単純な善意で優しく人に教え諭そうとしている。だから、感覚的に気持ち悪いな、と思ってしまった。そして彼女が持っているであろう夢を思って、少し悔しくなった。

 家に帰ると、インドだかネパールだかを放浪している弟から葉書が届いていた。
そこには「社会人おめでとう。これから責任のある行動をしなくてはいけないと思うので、ただただ幸運を祈ります」と書いてあった。
その、ただただ祈られた幸運は、あっさりと砕け散って、わたしは今、無職でいる。子どもの頃、七夕の短冊に「ケーキ屋さんになれますように」と書いていた。それからしばらくして、夢はお花屋さんに変わった。大学生になってからは「玉の輿」とか「安定した収入」とか「共働きでもいいから余裕ある生活」とか、とても夢とは言えないものに変わっていった。
 あのとき、宗教勧誘の人に「夢は世界平和です!」って言えばよかった。「革命を起こします!」とか、なんでもいいから適当に、思い切り楽しそうな顔で返せばよかった。今が楽しければいい、なんて刹那的かもしれないけど、今を楽しんでいる人が熱病のように夢にうなされたりするとは思えない。なんてったって、私は無職だ。夢よりなにより、目の前に直面している問題でいっぱいいっぱいだ。欲しいものは当面の生活費。この予想外に連続する日々を積み重ねて、できあがる世界を見てみたい。そのことに、文句なんて言わせない。