清水正の『浮雲』放浪記(連載155)

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批評家清水正の『ドストエフスキー論全集』完遂に向けて
清水正VS中村文昭〈ネジ式螺旋〉対談 ドストエフスキーin21世紀(全12回)。
ドストエフスキートルストイチェーホフ宮沢賢治暗黒舞踏、キリスト、母性などを巡って詩人と批評家が縦横無尽に語り尽くした世紀の対談。
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https://youtu.be/KqOcdfu3ldI ドストエフスキーの『罪と罰
http://www.youtube.com/watch?v=1GaA-9vEkPg&feature=plcp 『ドラえもん』とつげ義春の『チーコ』
https://youtu.be/s1FZuQ_1-v4 畑中純の魅力
https://www.youtube.com/watch?v=GdMbou5qjf4罪と罰』とペテルブルク(1)

https://www.youtube.com/watch?v=29HLtkMxsuU 『罪と罰』とペテルブルク(2)
https://www.youtube.com/watch?v=Mp4x3yatAYQ 林芙美子の『浮雲』とドストエフスキーの『悪霊』を語る
https://www.youtube.com/watch?v=Z0YrGaLIVMQ 宮沢賢治オツベルと象』を語る
https://www.youtube.com/watch?v=0yMAJnOP9Ys D文学研究会主催・第1回清水正講演会「『ドラえもん』から『オイディプス王』へードストエフスキー文学と関連付けてー」【清水正チャンネル】
https://www.youtube.com/watch?v=iSDfadm-FtQ 清水正・此経啓助・山崎行太郎小林秀雄ドストエフスキー(1)【清水正チャンネル】
https://www.youtube.com/watch?v=QWrGsU9GUwI  宮沢賢治『まなづるとダァリヤ』(1)【清水正チャンネル】
https://www.youtube.com/watch?v=VBM9dGFjUEE 林芙美子浮雲」とドストエフスキー「悪霊」を巡って(1)【清水正チャンネル】
https://www.youtube.com/watch?v=S9IRnfeZR3U 〇(まる)型ロボット漫画の系譜―タンク・タンクロー、丸出だめ夫ドラえもんを巡って(1)【清水正チャンネル】
https://www.youtube.com/watch?v=jU7_XFtK7Ew ドストエフスキー『悪霊』と林芙美子浮雲』を語る(1)【清水正チャンネル】
https://www.youtube.com/watch?v=xM0F93Fr6Pw シリーズ漫画を語る(1)「原作と作画(1)」【清水正チャンネル】 清水正日野日出志犬木加奈子

https://www.youtube.com/watch?v=-0sbsCLVUNY 宮沢賢治銀河鉄道の夜」の深層(1)【清水正チャンネル】
https://www.youtube.com/watch?v=Xpe5P2oQC4sシリーズ漫画を語る(2)「『あしたのジョー』を巡って(1)」【清水正チャンネル】
清水正『世界文学の中のドラえもん』『日野日出志を読む』清水正への原稿・講演依頼は  http://www.ebookjapan.jp/ebj/title/190266.html

ここをクリックしてください。清水正研究室http://shimi-masa.com/

デヴィ夫人のブログで取り上げられています。ぜひご覧ください。
http://ameblo.jp/dewisukarno/entry-12055568875.html

清水正研究室」のブログで林芙美子の作品批評に関しては[林芙美子の文学(連載170)林芙美子の『浮雲』について(168)]までを発表してあるが、その後に執筆したものを「清水正の『浮雲』放浪記」として本ブログで連載することにした。〈放浪記〉としたことでかなり自由に書けることがいいと思っている。



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 清水正の『浮雲』放浪記(連載155)
 平成☆年2月15日



〈四十六〉を読む

  遠い山の中で、獣の唸り声を聴いているような祈祷の声がなかったら、この玄関は、田舎の病院にでもいるような錯覚をおこす。大津しもが、ゆき子を眼にとめると、すっと立って来て、
 「よくいらっしゃいました。教師さま、お待ち兼ねでございました」と、言いながら、下駄箱から、新しいスリッパを出して揃えてくれた。
  大津しもは、昔からそこに坐っている人間のように、落ちついたものごしで、固い表情をしている。
 「どう? お馴れになって?」
  ゆき子はスリッパをはきながら尋ねた。
  しもは、持参金つきの娘のような、妙な気位をみせて、そのことには返事もしないで、「どうぞ、こちらへ」と、ゆき子を廊下の奥へ案内した。三尺の狭い暗い廊下をつっ切って、曲折れになった部屋の前へ来ると、しもは廊下へ手をついて、
 「教師さま、おゆきさまがお見えでございます」と言った。
  ゆき子は、ばかばかしい気がした。部屋の中では、「うおっ」と伊庭が返事をしている。(340〈四十六〉)
 『浮雲』という小説をゆき子と富岡兼吾の二人の〈腐れ縁〉にだけ焦点を当てていても、

ゆき子という女の実質に迫ることはできない。今、わたしの脳裡に蘇ってくるのは定と石田の関係である。定は石田の男根まで切り落として自分の所有欲を満足させるが、定は石田とだけ関係していたのではない。定は中京商業高校の校長大宮とも金目当てで関わっていた。大宮は事件が発覚するまで定に石田という男がいたことにまったく気づいていなかった。大宮にしてみれば、自分が面倒みなければと思っていた女にすっかり騙されていた。供述書を読むと、定は大宮を常日頃から尊敬していると口にしている。おそらく大宮はその言葉にたぶらかされた。定は口では尊敬していると言っていた大宮を社会的に抹殺した。定は自分が誘惑すれば、その誘惑の罠にすぐにかかってしまう大宮を心の底から尊敬などできはしなかっただろう。定は大宮を利用したにすぎない。が、定がそのことをどれくらい的確に認識していたかは分からない。大宮は定の心の奥底に分析的眼差しを注ぐようなタイプの男ではなかった。結果として大宮は、殺人犯定との関係が露わになったことによって、今まで築いてきた信用や権威を完璧に喪失し、社会的に葬られてしまった。事件後の定がどのように生きたかは、それなりに資料や映像が残っているので知ることができるが、はたして大宮の後半生はどうだったのだろうか。大宮の妻や子供、親族の者たちの苦悩は計り知れない者がある。これは殺された石田の残された家族たちにも言える。一人の殺人者が、どれだけのひとを不幸の渦に巻き込んでしまうか。加害者に照明を与える場合に、闇の底へと姿を消していく被害者の側にも思いを寄せなければならない。今、わたしが注意を向けたいのは、大宮一人だけではない。定の供述書を読んで、わたしが興味を抱いた人物は、定が最初に預けられた●であった。●は妻も子もある身で、すぐに定と肉体関係を持つ仲になっている。この●のことに関して、定は多くを語っていないが、この●と定の関係は、伊庭とゆき子の関係を彷彿とさせる。
 ゆき子と富岡の執拗な〈腐れ縁〉のドラマにあって、ゆき子と伊庭の関係に強い関心を払う読者は少ないだろうが、わたしはその少ない読者の中の一人である。十九歳から二十二歳までの三年間、伊庭の妻の目をくぐりぬけて躯の関係を続けてきたゆき子のしたたかさを甘く見ることはできない。その恐るべきしたたかさが端的に現れている場面を再度引用してみよう。ゆき子が〈富岡〉の子供を堕胎しようという気持ちを固めたある日のことを作者は次のように書いている。

  日がたつにつれ、ゆき子は富岡へ対して憎しみが濃くなり、あのような薄情な男の子供を産んでなるものかといった、恨みっぽい気持ちになり、ゆき子は思いきって、伊庭に何もかも打ちあけてみた。身軽にさえなれば、何としても働いて返済するつもりだった。伊庭は、ゆき子の告白を聞いて、いっそ、そのような覚悟ができているのならば、金を出してやるが、身軽になったら、教団へ来て仕事を手伝ってくれないかと言った。自分には、仕事の途中だから、他人よりも、気心の判った腹心の秘書が欲しいのだと言った。
  二三日して、伊庭は一万円の金を持って来てくれた。(319〜320〈四十〉)

 ゆき子は近所の婦人科医を尋ね、堕胎には五六千円の金がかかることを知る。富岡は、子供は欲しいからぜひ産んでくれなどと言いながら、具体的な援助を何一つしようとしない。ゆき子は富岡に対する憎しみと当てつけもあって、作者によると「伊庭に何もかも打ちあけてみた」。まず、叙述の問題から入っていう。ゆき子が打ちあけた〈何もかも〉の具体的内容をどのように受け止めるかである。〈四十〉章の初めから読み進んでくれば、ゆき子が何をどのように打ち明けたかは容易に察しがつく。富岡の子供を身ごもったこと、富岡はどうしても産んでくれと口では言っているが内心では違うこと、堕胎しようと思っているがその費用がないこと、金を貸してくれれば働いて絶対に返すこと……などである。この時、伊庭がどういう心持ちであったか。何もかも打ち明けられ、かつて肉体関係のあった女に頼られた男が悪い気持ちを抱くはずはない。伊庭は金を出すことを約束し、彼の腹心となることもすすめる。ゆき子は伊庭に〈告白〉することで願ったり叶ったりの保証を獲得する。
 ゆき子が伊庭に何もかも打ちあけたことは、富岡を裏切ったことを意味する。富岡が約束を守らない、ろくでもない男だとしても、ここでゆき子が堕胎費と生活費のために伊庭に身と心を売ったことは明白で、弁解しようはない。ゆき子はこの時、富岡を裏切って伊庭と〈契約〉を取り交わしたのである。伊庭はゆき子が、彼の〈腹心の秘書〉となることを条件にとりあえず〈一万円〉の金を渡したのである。ゆき子がこの〈一万円〉を受け取った時に契約は成立したのである。〈腹心の秘書〉になるとは、身も心も伊庭に捧げることを意味する。が、すでに読者は知っている、ゆき子がこの〈契約〉を破棄して、再びろくでなしの富岡との〈腐れ縁〉に戻ってしまうことを。作者はゆき子と富岡の関係について「お互いに逢っている時だけの、だましあう二人の供述心理は、お互いにその深い原因にはふれたくない、芯はえぐりたくない、甘さだけに溺れているとも言える」(319〈四十〉)と書いていた。ゆき子は大日向教の実質主宰者とその〈腹心の秘書〉という現実的な関係を持続することができず、再び〈ーー甘さだけに溺れている〉富岡との関係に戻っていく。
 伊庭が、ゆき子との〈契約〉を確固たるものにしたいのであれば、まずは〈だましあう二人の供述心理〉を徹底的に瓦解させる必要がある。ゆき子の〈だまし〉を徹底して暴き、ゆき子の裸身をさらすこと、さらに伊庭自らも本気で〈だまし〉から脱却しなければならない。