小林リズムの紙のむだづかい(連載41)

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紙のむだづかい(連載41)


小林リズム

【貧乏だったね、先が見えなかったね】

「あたしはトマトだった!」「えー、あたしは苺だったかなぁ…」
という会話で盛り上がっている主婦たちをみて、なんの話だろうと思ったら“妊娠中に無性に食べたくなったもの”についてだった。猛烈に食べたくなって2パックまるまる食べつくしたわよー、なんていう会話をBGMにして、妊娠中に同じものばかり食べて出産された子どもはトマトがトラウマになったりしないのかなぁ、などとぼんやり考えていたら、ふと母のことを思い出した。

 私の両親は、私が母のお腹にできたことをきっかけに結婚した、いわゆるデキ婚というやつで、そのとき母は23歳、父は31歳だった。父は大学卒業後にフリーライターという名の無職でふらふらしていた時期があり、基本的にお金に縁のない人だった。バブル真っ盛りにも関わらず、まるで恩恵を受けなかったこの夫婦はかくして貧乏だった。その貧乏っぷりを表したエピソードがある。
 妊娠中、今の私とたいして年も変わらない母が、無性にメロンが食べたくなって父に頼んだそうだ。妊娠中の妻が「メロンが食べたい」と言っているそのささやかな願いを叶えてやりたい…と思たのか思わなかったのかは定かでないが、とにかくお金のない父は、メロンを買うことができず、病院にいる母にメロンパンを買ってきたらしい。母はそれが衝撃的だったらしく、20年以上経った今でも、ときどき恨みがましく言う。
「昔ね、お父さんにメロンが食べたいって言ったのに、お金がないからメロンパンを買ってきたの―」
 確かにメロンとメロンパンじゃ違いすぎる。メロンを食べたいという人にメロンパンをあげたってちっとも喜ばないどころか、食べたいとすら思わないよなぁと思う。そもそもメロンパンに、メロンってどれくらい含まれているんだろう。もしかして見た目だけメロン風なだけだったりして。でも私はそのメロン話が好きだったりする。お金のない若い夫婦なんて、最高に切なくて涙が出る。六畳一間の狭いボロアパートに、カーテンも買えない薄汚れた窓から差し込む陽射し…。を勝手にイメージすると、映画のワンシーンみたいで、やるせなくて可哀想で素敵だと思う。

 お金はどこかから湧いてくるものでもないし、子どもが産まれたら果てしなくかかってしまうし、ただでさえ貧乏なのに私までできてしまって不安だったと思う。そんな現実を前に、いったいどんなふうに折り合いをつけたのかと不思議だ。子どもができたという事実と、そのために諦めなければならない数々のこと。私はあと数年でそれを受け入れることができるようになるとは到底思えない。でも、現実を受け入れることと諦めることはイコールじゃないのだ、たぶん。時を経て越えてきた壁を振り返ると、きっと辛かったり苦しかったりしたことさえ優しい思い出みたいにラッピングされてしまって、「あの頃は苦しかったよね」なんて言い合えるのかもしれない。
 私もいつか若さと勢いだけを武器にして彷徨っているこの日々を、涙ぐみそうになるくらい懐かしむ日がくるんだろうか…。…いや、別の意味で涙ぐみそう。冷静に想像してみたらわりと深刻的な状態で、普通に号泣できそうでやめたのだった。