ネット版「Д文学通信」10号(通算1440号)岩崎純一「絶対的一者、総合芸術、総合感覚をめぐる東西・男女の哲人の苦闘 ──ニーチェ、松原寛、巫女の対比を中心に──」(連載6)

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ネット版「Д文学通信」10号(通算1440号)           2021年11月15日

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「Д文学通信」   ドストエフスキー&宮沢賢 治:研究情報ミニコミ

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連載 第6回

絶対的一者、総合芸術、総合感覚をめぐる東西・男女の哲人の苦闘

──ニーチェ、松原寛、巫女の対比を中心に──」

 

岩崎純一日大芸術学部非常勤講師)

 

二、哲人たちの哲学の根底

 

清水正少年の苦闘 ドストエフスキーニーチェを選んだ日芸の哲人にとっての自我、学問、母、女性

 

 ところで、ニーチェ森鷗外、松原寛、私に共通していた自我の葛藤様態と母・女性たちの包容力の影響という点は、清水正先生も共通だったようである。

 キリスト教信仰は別だが、先生は十四歳にして、アインシュタイン相対性理論との出会いを機に目の前が真っ白になった。これは、「絶対者」との出会いでもあり、かつ「絶対者」の無限の相対化作業の開始の瞬間でもあった。

 何より、清水先生本人が、「絶対者として育てられたわたし」(『日藝ライブラリー』No.3 四〇頁―四一頁)を書いている。超越存在の神としての「絶対者」の無限の相対化を家庭内の「絶対者」(三人の兄が亡くなったことで事実上の長男となった清水先生)が担うことになったのである。

 清水先生も難産であったためか、私と同様、得体の知れぬ悪夢の鮮やかな映像の中から、うっすらと自我が発生している。

 

 おそらく難産の後遺症のひとつにしかすぎないのかもしれないが、幼少時から無数の光の粒子が闇の無限宇宙を流動している光景を見つづけていたことは、わたしの宇宙観や宗教観に強い影響を与えているに違いない。わたしは幼少の頃から無限、永遠、神を鮮やかな光景、映像としてとらえている。

(「絶対者として育てられたわたし」 『日藝ライブラリー』No.3 四十一頁)

 

 私は、このような鋭敏な五感の直覚体験を、本稿後方で論じた「共感覚」の観点から研究してきた。冒頭に挙げたゲスト講師としての「人間の知覚と芸術について」の講義とは、このような幼少期の共感覚を中心とする知覚体験の講義であった。私は、脳神経学上の話と神への共通感覚・統覚体験の話を混ぜて展開したが、その部分はほとんど学生の関心を引かなかった。

また、清水先生と私とで、両親との関係は全く同様とはいかないが、先生は結局のところ母親から愛されて育ったとしか言えない。それは、次の文章によく表れている。

 

 (清水先生の亡き三人の兄の死への)悲しみに最も溺れる母の精いっぱいをわたしは感じ続けて生きてきた。母はわたしの師匠であり、文学の母である。わたしは「おっぱい教」の教祖である。要するに母親教の教祖であり、使徒なのである。死ぬ時に母親の乳房をくわえて往生できれば最大の幸福であると思っている。

(「江古田ケ原戦場」 同 八―九頁)

 

 わたしは母を中心にしてものごとを考えていた。母の論理と常識は今でも通用する。いわば物理的時空を超越したものとしてある。しかも論理と常識を支えるパッションがある。これは命の迸りであり、単なる観念的知性によるものではない。わたしのドストエフスキー論を支えている根源的な力は母によって与えられた。わたしの論理的思考、弁証法的思弁は別に何の苦労もなく展開し続ける。ベットに身を横たえ、両目を閉じれば脳内原稿はパソコン入力の五、六倍のスピードで次から次へのはてしなく紡ぎでてくる。もし優秀な速記者がいれば一冊ぐらいの本は一日で書き上げられるかもしれない。わたしに三人のプラトーンと一人のヨハネと一人の巫女があれば、わが地上世界での精神王国は成就するであろう。

 母がわたしに与えた天賦の才能は存分に発揮されなければならない。ある日、沈黙の父がわたしの内部に立ち上がる。父は三人の息子を失い、彼の転職(植木職人)に介入して、生き延びた三人の子供のためにサラリーマンに無理矢理に転職させた妻を癌で失った。清水家は誰がどのように見ても嬶天下であり、母や専制君主であり、霊的能力を授かった巫女でもあった。清水家の人々は母の直感と霊感のもとに動いた。

(「わたしの母と父」 同 三十九頁)

 

 私の母は、清水先生の母と違い、息子が「机の角に頭を強打」(三八頁)するほど叩いたことはなく、また仕事でも家庭の方針でも父の上に君臨したことなどなかった。清水先生の寡黙な父と異なり、我が家では父もよく話す。しかし、清水先生が母を巫女と認定し、その直覚と霊感を信じている点は、私と全く同じである。母の悲しみが自分に乗り移っているという感覚は、概ね私にも当てはまることなのである。

 ところで清水先生は、「母がわたしに与えた天賦の才能は存分に発揮されなければならない」と書いている。実はこれは、私ばかりでなく、ニーチェも松原寛も自らに課した使命であったと思う。私は先にニーチェと松原寛の学業・学歴エリート性について触れておいた。私の場合は、学業の天才であって学歴に乏しいパターンだが、清水先生は「猛勉強した松原寛と、勉強した記憶のないわたし」(『日藝ライブラリー』No.3 二一―二三頁)を書いて、もはや無学を主張する姿勢を貫いている。

 ところが、巫女である母が自分に与えたものは「天賦の才能」だと書いている。母の巫女性に触れる場面、母胎回帰した場面でのみ、自分の才を誇ることができるのである。私はこれを読んで、助かったと感じたほどである。私も先に自らの自我の格闘と学業の経歴、大学内でのディオニュソス的闘争とを誇り高く書いておいたが、これらは全て、私自身を母胎に戻してから、安心しながら大真面目に書いていることである。馬鹿にしてもらうと困るといったものである。

 私はニーチェや松原寛や清水先生や私自身を、母なる巫女性が乗り移った哲人だと思っているが、その意味が分からない人には分からず、分かる人には分かるだろう。

そして、清水先生は父の死の前に、自身の息子の死を父と共に見届けることになる。ここに、「祈り」としての清水先生の文芸評論スタイルが完成するのである。

 一点のみ、清水先生について不思議なことと言えば、結婚していることである。こればかりは、「哲人は非婚である」、あるいは「哲人は結婚と離婚とを繰り返す」という法則から外れている。ショーペンハウアーキルケゴールニーチェハイデガーも、森鷗外西田幾多郎も松原寛も、少なくとも今の私も、見事に法則を守っている。しかし、今一度先生の「松原寛との運命的な邂逅」(『日藝ライブラリー』No.3)の全てを読めば、今や全く気にするべきところでないことは分かるだろう。

執筆者プロフィール

岩崎純一(いわさき じゅんいち)

1982年生。東京大学教養学部中退。財団事務局長。日大芸術学部非常勤講師。その傍ら共感覚研究、和歌詠進・解読、作曲、人口言語「岩崎式言語体系」開発など(岩崎純一学術研究所)。自身の共感覚、超音波知覚などの特殊知覚が科学者に実験・研究され、自らも知覚と芸術との関係など学際的な講義を行う。著書に『音に色が見える世界』(PHP新書)など。バレエ曲に『夕麗』、『丹頂の舞』。著作物リポジトリ「岩崎純一総合アーカイブ」をスタッフと展開中。

 

ネット版「Д文学通信」編集・発行人:清水正                             発行所:【Д文学研究会】

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2021年9月21日のズームによる特別講義

四時限目

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動画撮影は2021年9月8日・伊藤景

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「松原寛と日藝百年」展示会の模様を動画でご案内します。

日大芸術学部芸術資料館にて開催中

2021年10月19日~11月12日まで

https://youtu.be/S2Z_fARjQUI松原寛と日藝百年」展示会場動画

https://youtu.be/k2hMvVeYGgs松原寛と日藝百年」日藝百年を物語る発行物
https://youtu.be/Eq7lKBAm-hA松原寛と日藝百年」松原寛先生之像と柳原義達について
https://youtu.be/lbyMw5b4imM松原寛と日藝百年」松原寛の遺稿ノート
https://youtu.be/m8NmsUT32bc松原寛と日藝百年」松原寛の生原稿
https://youtu.be/4VI05JELNTs松原寛と日藝百年」松原寛の著作

 

日本大学芸術学部芸術資料館で「松原寛と日藝百年」の展示会が開催されています。 

 

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