小林リズムの紙のむだづかい(連載40)

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紙のむだづかい(連載40)


小林リズム

【初めてでしょうか、歓迎しますよ】

 ファーストキスは、18歳の6月、場所は有楽町だった。親不孝にも父の日だったような気がする。やたらとスポットライトが当たった芝生の上で「付き合ってください」と言われた。確か私はそのときも酔っぱらっていたし、だけど嬉しくて「喜んで!」と居酒屋の接客のようなリアクションをしてしまったのだった。すると突然顔が迫ってきて仰天した。ていうか、笑わずにはいられなかった。相手の迫ってくる顔にびっくりしている自分が滑稽で、真剣そうな感じの相手も滑稽で、その滑稽さが愛しくておかしかった。笑い上戸だったのかもしれない。「え。待って」とか言ったような気がするけれど、そのままぱぱっと奪われてしまった。もちろん、レモンの味なんてするはずもなく、ぼんやりした頭のなかで、こんなもんかーと思ったのだった。こんなもんかーと思ったら、なぜだか泣けたのだった。やっぱり、泣き上戸だったのかもしれない。

 何事にしても「初めて」を大事にしていたい私にとって、初体験のものは見境なく嬉しい。初めて食べる物も、初めて行く場所も、初めて会う人も、どれもすごくフレッシュで新しくてドキドキする。だからなのか、在学中に経験したアルバイトも、飲食店に、ブライダルや歯科助手、イベント、営業などまるで統一感がなく初めて尽くしだ。そのどれもが長続きしなかったのは、初めてのものに対する過大な期待が叶わなかったのと、面倒なのと、飽き性なのが原因だと思う。
 初めての合コンに対してもそうだった。巷で騒がれている合コンは、うきうきキャピキャピルンルンしていて若さを謳歌している感じがする。浅はかで刹那的で価値があるように思えて、私はものすごく期待していた。そのなかでもよく少女漫画に出てくるような「乗り気でないけど強引に誘われてやってきた青年」とか「部屋の隅でひっそりと一人で飲んでいる憂いを帯びた瞳の人」を想像してしまって、実際に体験してみて現実とのあまりにものギャップにがっかりした。やたらと盛り上がろうと頑張っている人たちに囲まれて、やたらと盛り上がろうと頑張っている自分がいて、なんだかもう面倒くさくて疲れ果てた。無制限に青春を謳歌するというよりは、謳歌したくて頑張るような感じだったのだと思う。「オレたち今、青春してるぜ!」とか「ワタシたち若い今を楽しんでる!」みたいな、青春のマイワールドに入り込む自分に酔いしれている人が多かった。もちろん私も含めて。そしてそれは期待していた「あのとき青春だったね…」と数年後に目を細めてきゅうっと胸が鳴るような類のものではなかった。

 それにしても初めての体験なんて、なんでもかんでもそんなに急いでするものじゃないよなぁ。…と、初めての無職を経験してみて思う。そのタイミングが本当に最良だったのか、本当に必要なものなのか、もう少し経ってからでもいいのではないか、きちんと見極めないといけない。そんなふうに思ったのだけど、現実の初めてというものは、いつでも唐突にやってくる気がするし、自覚したり考えているヒマもないのかもしれない。あぁ、そっか。だから初めてに価値があるんだ。準備して初めてを味わうよりも、予想だにしない初めてがやってくるほうが、スリルがあって面白いのかもしれない。いきなりの無職なんて、その極地だと思う。エキサイティングで刺激的な毎日はそこから始まる。さぁ、今日から何もかも捨てていきなり無職になろう!…などと足を引っぱってみたりして。