荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載7)

ここをクリックしてください エデンの南   清水正の林芙美子『浮雲』論連載    清水正研究室  
清水正の著作   D文学研究会発行本
十月五日は早めに大学を退出して、午後八時半過ぎに柏の居酒屋「水郷」で荒岡保志さんと会う。この日は彼が清水ブログで連載中の偏愛的漫画家や、「僕の小規模な生活」の福満しげゆき、「シグルイ」の山口貴由について話す。一番盛り上がったのはホラー漫画家の神田森莉(カンダモリ)で、この漫画家は今、作品を発表していないし、刊行された単行本を入手するのも困難になっているが、ぜひ浮上させなければいけない、ということで意見が一致。私が読んだ神田森莉の作品は、まさに 復讐するは愛にあり を実現していた。彼は、つげ義春日野日出志、そして神田森莉と言ってもいいくらいの漫画家である。次回は神田森莉発掘人とも言うべき荒岡保志の神田論を掲載する。場を我孫子の「なごみ」に代えて漫画の話は続くが、左手に座っていた青山成吾さんは大の堀辰雄ファンで、話の合間に「風立ちぬ、いざ生きめやも」などとつぶやき、「風立ちぬ」を読んだ時の感想をぼつぼつと語り始める。この日は私の親戚にもあたる立原道造について話す。「なごみ」は小説や映画に詳しいひとたちが集まってなかなかいい感じの店である。帰り際に荒岡さんと女将さんの記念写真を撮る。つげ義春の「ゲンセンカン主人」の最終場面をねらったのだが・・・・・・・・

 筧雅行  荒岡保志  清水正  青山成吾

 荒岡保志と女将さん

偏愛的漫画家論(連載6)
日野日出志へのファンレター
荒岡 保志漫画評論家

日野日出志は、血縁関係にとことん拘り、この三部作を描いた。
「地獄の子守唄」では少年時代の自身の怪奇嗜好を中心に、「地獄変」では、その延長上で怪奇嗜好に成らざるを得なくなる呪われた血縁関係を、そして「赤い蛇」では、血縁関係からは決して誰も逃れる事はできないという強い思いを描いた。

自叙伝とはいえ、当然相当なデフォルメは施されているわけで、日野日出志ご本人が「全部フィクション」だと言って退ける場面もあった。ただ、こうして主要登場人物を並べて分析していくと、強ちフィクションと言い切れないものが残ることに気付く。
そして、日野日出志の血縁関係への思いは強く、「地獄変」でも、「赤い蛇」でも、死を持ってしても断ち切れないものだ、と描いている。世界の終末に辿り着く血の海、地獄でも再び家族は揃うものなのだ。「地獄変」で家族をすべて破壊する。家族は死に、自分は生きる。それでも血縁関係は断ち切れなかったのだ。

それこそ、文字通り血を吐き、命をすり減らし、この自叙伝三部作の「赤い蛇」を描き上げた日野日出志は、血便、激しい嘔吐により倒れ、入院することになる。
地獄変」で漫画を描くことを辞めると決意し、描き切れなかったものを最後に「赤い蛇」で一気に認め、日野日出志は「今度こそ、本当に辞められる」と思ったそうだ。

ただ、病院のベッドで点滴を受けながら、浮かぶのは漫画作品ではなく、妻と子供たちの顔である。家族を守るつもりだったが、逆に家族に守られていたことに気が付く。
「このまま死ぬわけには行かない、今度こそ、本当の意味で家族を守らなければ」と薄れる意識の中で誓う。

なかなか100パーセントの燃焼と言うのは難しいと感じる日野日出志は、勿論それからも作品を描き続け、現在に至るわけであるが、これも妙な巡り合わせと言うか、日本漫画に空前のホラーブームが訪れ、そこで主役となるのは「水木しげる」でも「つのだじろう」でも「楳図かずお」でもない、ましてや「古賀新一」でもなく、それは日野日出志ご本人であった。
そして、今までにないカテゴリーのホラー漫画専門誌を、大手出版社が挙って出版するようになるのだ。

大陸書房「ホラーハウス」、マガジンボックス「パンドラ」、秋田書店サスペリア」、同じく秋田書店「学園ミステリー」、ぶんか社「ホラーM」、同じくぶんか社「スーパーホラー」、朝日ソノラマ「恐怖体験コミック」、前述の「サスペンス&ホラー」、リイド社「恐怖の館」、蒼馬社「オール怪談」、同じく蒼馬社「恐怖の快楽」、角川書店「ザ・ホラー」、さくら出版「あなたの知らない世界」、ホラー漫画というカテゴリーで、これだけの専門誌出版されていたわけだから、主役の日野日出志は、今までの繁忙期をはるかに越え、想像を絶する多忙な時期に突入する。書き下ろし長編こそはないものの、年間四十作に及ぶ読み切り作品を精力的に発表し続けることになる。

ただし、当然一人でそれだけの作品にペン入れをする事は困難というか非現実的で、この頃の作品は明らかにお弟子さんが描かれたのだろうと推測できるものが多い。
絵柄もペン・タッチも全く別人なのである。

こういう言い方をすると大変申し訳ないが、あの「赤い蛇」を描き上げ倒れた時、病室のベッドで、ホラー漫画家日野日出志は一つの死を迎えたのだろうと思う。
ここまで何度も試行錯誤し、果敢にチャレンジするも結局商業漫画家になり切れず、やはり本当に自分の描きたいものを追求し続けた地獄絵師は、「地獄変」、「赤い蛇」という二大傑作を書き下ろし、妻と二人の子供に新たな血縁関係を残してある意味の死を迎えたのだ。

そしてカルトホラー漫画家は、本当の意味での流行漫画家へと転生するのであった。

還暦を越えられてまだまだ健在、ご自慢の居合い抜きの腕も衰える事なく、現在は大阪芸術大学で教鞭を執っていらっしゃるということであるが、近年、何かのインタビューで、また「蔵六の奇病」のような漫画を描きたい、とおっしゃっていたのを読んだ。
私から、否、全国の、カルト漫画家日野日出志フリークから申し上げる、「是非、また「蔵六の奇病」のような漫画を読みたい」と。

最後に、ホラー漫画ではありませんが、1985年にご自身が監督された「ギニーピック2血肉の華」はなかなかの力作でした。あの「宮崎 勤幼女連続誘拐殺人事件」でいきなり脚光を浴びましたカルト映画です。
勿論本丸ではありませんが、今から思えば、世の中に「スプラッター」というカテゴリーがない頃から、日野日出志先生はスプラッター漫画を描いていたのだと思います。

文中に使用した日野日出志先生のお言葉ですが、後書き、コラム、インタビューから抜粋したものがほとんどですが、一部、想像で付加したものもございます。ご容赦下さい。

1994年から1996年にぶんか社の「ホラーM」に発表された「Mコレクション」のシリーズ、日野漫画の集大成!「地獄変」、「赤い蛇」ほどのインパクトはありませんが、より細かいディティールが楽しめ、日野漫画フリークとしてはたまらない一作でした。機会に恵まれれば、その後の流行ホラー漫画家日野日出志についても書きたいと思います。
また、「Mコレクション」の最終話「悪魔の招待状」では、地獄絵師で狂人のセルフイメージを破って、とうとう素顔を公表されましたね。また、今までは、漫画の中の日野日出志先生が、読者に向かって死を宣告する件でしたのに、今回は、漫画の登場人物の少年から漫画家であり制作者であるご本人に向かって「お前は完全に頭が狂ってる!」と逆宣告される件は受けました。

冒頭で、この「日野日出志論」は、「漫画家論」であると同時に、一読者からの「ファンレター」である、と書きました。読みづらい部分も多々あったと思いますが、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

荒岡 保志(アラオカ ヤスシ)、漫画評論家。1961年7月23日、東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。獅子座、血液型O型。私立桐朋学園高等学校卒業、青山学院大学経済学部中退。
現在、千葉県我孫子市在住。執筆活動と同時に、広告代理店を経営する実業家でもある。
漫画評論家デビューは、2006年、D文学研究会発行の研究情報誌「D文学通信」1104号に発表された「偏愛的漫画家論 山田花子論」である。その後、「児嶋 都論」、「東陽片岡論」、「泉 昌之論」、「華 倫変論」、「ねこぢる論」、「山野 一論」などを同誌に連載する。