小林リズムの紙のむだづかい(連載83)

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紙のむだづかい(連載83)
小林リズム

【思い切り「わたしを見て」と叫びたい 鳩が近寄る5時のホームで】

 「アイスコーヒーください」
「かしこまりました。ミルクとお砂糖はおひとつずつでよろしいですか?」
「えっと…つけなくていいです」
 缶コーヒーは甘ったるくて好きじゃない。だからお店でコーヒーを頼むときもミルクや砂糖は入れない。そうやって飲むのが一番好きだし、これからもそうだと思う。だけど、どうしても「コーヒーを、ブラックで」と頼めない。同じように紅茶も「レモンとミルクおつけしますか?」と聞かれて「ストレートで」とかっこよくお願いできない。「いや…つけなくていいです」と言ってしまう。かわりに店員さんが「ブラックですね」とか「じゃあストレートですね」と言ってくれて「そうですね、ハイ」と答える。何気なくさらっと、スマートに頼めるような淑女には程遠い。

 人には似合うことと似合わないことがある。分相応と分不相応なこともある。私にとってのブラックコーヒーはまさに“似合わない”というそれで、「お砂糖もミルクもつけないでコーヒー頼んじゃうワタシって大人」という気持ちがまがりなりにもあるから、余計に自意識が肥大化してしまって素直に頼めないのだった。「この子、コーヒーをブラックで頼んでる自分に酔ってるのかな」と、1ミリでも感じさせてしまいたくない。一日に何人もがブラックで頼むコーヒーに、店員さんはいちいち気にしていないのは頭ではわかっているのに、どうしても自分がそうやって頼むことを許せないのだ。
 だからなのか。友達が「紅茶を。ストレートで」とこともなげに頼んでいるのを見て、かっこいいなぁと羨望の眼差しを向けてしまった。当たり前のように自然と言うから、言葉につっかえたりどもったりしない。もちろん、ストレートで頼んでいることへの自意識にさいなまれている様子なんてまったくない。こじらせきっている私が同じように頼もうとしても「す…ストレート、で、飲もうかな」とひどくわかりにくくなってしまって、店員さんに聞き返されることになる。「はい?いらないですか?」と言われて「あ、ハイ、つけなくていいです」と結局いつものパターンになる。

 こんなだから、もう少しで発車しそうな電車にも乗り込むことができない。遅刻しそうになっていても、大事な用事があっても、走って乗り込もうとして目の前でドアが閉まったときのことを考えると、恥ずかしくていたたまれなくなる。
 この間、そんな自分の弱さを律してギリギリの満員電車にはじめて乗り込んでみた。目の前でドアが閉まることもなく運よく乗り込めたのだけど、かわりに肩にかけていたバッグが少しだけ扉に挟まれてしまった。一生懸命にひっぱればスポッと抜けそうなのだけど、抜けなかったときのことを想像すると、それができない。「あの子、ドアにバッグはさまれたんだ。それで一生懸命に頑張って抜こうとしてるけど、とれないんだ。クスクス」みたいに思われるより、挟まってしまった側の扉が開く駅まで乗るほうを選んでしまう。結局ギリギリで乗り込んだ電車もむなしく、降りるはずの駅の次の次の駅で降りることになって、大幅に時間を無駄にしてしまう。私はいったい何がしたかったんだろうと途方に暮れる。
 自意識が過剰な人を見ると、自分を見ているようで恥ずかしくなる。「お願いだから、やめて」と懇願したくなる。地下鉄の電車内で窓に映った自分の髪型を指先で整えている青年は、自分の自意識に忠実で周りを気にしていないからカワイイ。厄介なのは、こじらせてしまった場合だ。若い女の子が窓に映った自分をときどきチラ見する。ちょっと目に力を入れてみたり、軽く微笑んでみたり首をかしげてみたりする。その瞬間、窓越しに目が合ってしまったときの恥かしさといったら。べつに、自分の顔の研究をしていたワケじゃないよね、ちょっと思い出し笑いとか、してただけだよね…とフォローしてあげたい思いに駆られ、見ず知らずの人にそれができるはずもなく、スマホを取り出しネットに夢中になっている体を装ってやり過ごすしかないのだった。