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紙のむだづかい(連載68)
小林リズム
「志望理由は何ですか?」
「えーと…。恋に、落ちたんです、この学校に」
17歳の冬。大学の推薦入試の面接でそう答えたら、面接官は笑いもせずに一瞬黙った。ウケを狙っていた私としては予想外で、「うわ、間違えた?やばい…」という気持ちだったのだけど、面接官は目を合わせずに私に「あなた変ってよく言われませんか?」と聞いてきたのだった。そして「変な人、この学校にいっぱいいますよ」と言われたのだ。
私が日芸に行こうと決めたのは、学校のパンフレットを開いた最初のページに“普通じゃない、が、普通です”と書かれたキャッチコピーを見たときだった。田舎の片隅で、めちゃくちゃ「ふつう」の女子高生として過ごしていた私は、ふつうじゃないことに対する憧れがあった。学校帰りに寄るところといえばスーパーで、派手な遊びをするわけでもなく、恋愛を楽しむわけでもなく、部活には週に一度だけ出て、たまの休日にカラオケに行く。「ふつう」の女子高生より退屈なくらいだ。大学にはいくんだろうなぁとぼんやりと考えてはいたけど、何をしたいとか、どうなりたいとか、まったく考えていなかったし、誇れる成績でもなかった。
そんなふうに無気力で過ごしていた高校2年生のとき、たまたま手にした本の著者が日芸出身で、私はこの学校の存在を知った。なぜだかピンときた。だからパンフレットを取り寄せた。この学校に入るんだろうな、と思った。それから、たぶんそれまでの人生で初めて自主的に勉強をした。生まれて初めて検定を受け、内申書を考えて作文コンクールみたいなのにも送った。学校の成績もあがったし、検定も受かったし、コンクールも入選した。面白いくらいにすいすいと物事が運んでびっくりだった。友達と放課後の図書室で勉強することや、入試への不安を語りながらも大学生活を想像するのが楽しかった。はじめて自分で選択して生きているという実感があった。
無計画な私は、母の勧めにも従わず、ほかの大学の一切を視野に入れていなかった。母は私でも入れそうな大学のパンフレットを集め、滑り止めを受けろと言っていたけれど受ける気なんてなかった。「日芸落ちたら浪人するー」なんて簡単に言っていたから、本当に推薦入試で受かってよかったと思う。
まったく面接官にウケなかった志望理由の「恋に落ちた」は、今考えてみてもやっぱりこの表現で正解だったと思う。あのときの怖いもの知らずさと、執念と、一途さは高校生ならではのピュアな恋。私は確かに日芸に恋をしたのだ。
さて、ひとつの恋を卒業した私は、次の恋に進める相手を探すのに手こずっている。一度「これしかない!」と覚悟を決めれば、案外物事は面白いくらいにスムーズに運ぶのかもしれない。まるで運命みたいに。