荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載58)

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荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載58)
山松ゆうきち
誰も書けなかった山松ゆうきち
だがないや〜初期山松漫画に見る敗者の哲学(その②)

●代表作?「2年D組シリーズ がんばれ番長」〜男の純情、上杉治登場!

ウィキペディアだけではなく、山松ゆうきちの各作品集にあるプロフィールを見ると、必ず代表作として挙げられているのが、この「2年D組シリーズ」である。
このシリーズは、1974年に朝日ソノラマサンコミックスから発行された「2年D組シリーズ がんばれ番長」を初めに、サンコミックス版に収録できなかった4エピソードを収録したほぼ完全版で、1977年に二見書房のサラ文庫から発行された「2年D組」、そしてサラ文庫版とほぼ同内容で、1980年にけいせい出版から発行された「2年D組上杉治」の3冊が出版されている。
上杉治は、「花澤高等学校」の番長である。いつも、ひ弱そうな子分を二人連れ、学園を闊歩する。身体は大きく、親父顔、頭は弱いが体力が自慢、ただし、家族思いの優しい少年である。母と、まだ幼い妹、3人で暮らす貧乏長屋生活も、番長のアルバイト代(強請り、集り)に頼るところが多いのだ。

ヒロインは白木寒子。成績優秀、長い黒髪、色白の美女、お嬢様と、ここまではありがちなヒロイン像である。ただし、そんな人形のようなヒロインが山松漫画に登場する訳がない。お嬢様は、10年間に渡って群青色のパンティを履き続け、学園の裏の倉庫で担任の教師に抱かれる。お嬢様とは言え、糞もするし小便を垂れるのだ。

あんちゃん。番長の実の兄貴であるが、随分前に貧乏な家族を捨て行方知らずのままであった。帰って来たあんちゃんは、身なりも良く、羽振りもよさそうであったが、番長は、家族を捨てたあんちゃんを決して許さない。ヤクザに身を落としたあんちゃんは、組の金を横領し、危ない橋を渡っている。あんちゃんは、「金が入ったら親子4人楽しく暮らそうぜ」と言い残し、番長の前から消えるのだ。

通称ブスタンク、吉沢京子。番長に引けを取らない大きな身体のブス女。腕力も半端ではなく、番長も敵わない。その実は、大企業の社長の娘でお嬢様なのだが、妾を何人も囲い、何でも金で解決しようとする父、若い愛人とまぐわう母に辟易しているのだ。
そんな環境は、ブスタンクをより極悪に追い込む。その中で、自分に向かって来るのは番長だけであった。やられてもやられても、番長は、ブスタンクに挑むのだ。

この「2年D組シリーズ」で特筆すべきは、やはり番長のキャラクターに尽きる。高校2年生で学園の番長という設定だが、どうも番長の通う「花澤高等学校」は普通校のようだ。要すれば、番長という存在が認められているのか、どうかも不明である。ブスタンクは別として、他に不良は一切登場しないだ。すなわち、自称「番長」である可能性は高い。
確かに、他校の生徒を強請ったり、番長と決闘したりもするが、それも、この「2年D組シリーズ」の中ではエピソードの一つに過ぎない。

この番長は、体力はある。喧嘩が強いかと言えば、それはそうでもない。テストはいつも0点で、成績は常にビリである。二人のひ弱な子分以外、多分人望もない。
だから番長なのだ。2年D組上杉治のアイディンティティは、番長であることしかないのだ。本当は小心者で繊細、頭は悪いが気持ちの優しい少年なのだ。そして、好きな女の子の前では固まってしまうほど純情なのである。

また、この「2年D組シリーズ」には、番外編とでも言うか、アナザーストーリーが存在する。タイトルを「美しい青春」と銘打ったこのストーリーは、サンコミックス版のみに収録されている傑作短編作品であるが、番長が登場するのは冒頭の3ページのみ、という構成から、後のサラ文庫版、けいせい出版版から外されたのだろう。

「美しい青春」は、番長の同級生でバスケット部のエースの少年と、悪性の子宮癌により余命がいくばくもないガールフレンドの、愛と死を賭した逃避行を描いた作品で、高校生同士の迸る青春を、山松漫画独特のねっとり感で表現した傑作である。もちろん、最悪の結末が待っているのだが、この真っ直ぐさは、何よりも山松ゆうきちの真っ直ぐさである。

最後に。この「2年D組シリーズ」は、「嗚呼!!花の応援団」で一世を風靡したどおくまんの、もう一つの代表作である「熱笑!!花沢高校」のモデル作品で間違いないだろう。小心者の、「熱笑!!花沢高校」の主人公力勝男は、キャラクターが上杉治とダブり、通学する高校も「花澤高等学校」と「花沢高校」が被る。
どおくまんも、青林堂「月刊ガロ」出身の漫画家の一人である。山松漫画にインスパイアされた可能性は高い。


●初期山松漫画の傑作「こえたご大将」〜男の純情、再び

サンコミックス版の「2年D組シリーズ がんばれ番長」には、「皆殺しのばあんか」、「こえたご大将」、「記念日」の、初期山松漫画の傑作3編が収録されている。かたわの少年の、歪んだ青春をストレートに描いた「皆殺しのばあんか」も捨て切れないが、ここでは、頭の弱い男の純情を描いた、山松ゆうきちご本人もお気に入りという「こえたご大将」をご紹介しよう。

時代は昭和30年代、場所は鳥取県倉吉郡、山松ゆうきちの生まれ故郷である。

女子高等学校の校門で、毎日校門に立ち、生徒に「おはようございます」の挨拶を繰り返す青年がいる。頭が弱く、町では有名な長嶋茂男である。茂男は、この女子高に勤務する英語を教える美人教師がお目当てなのだ。

茂男は、放課後に先生の下へ行き、立派な人間になるにはどうすれば良いかと問う。先生は、考えといてあげる、と受け流すが、あまりにもしつこい茂男に、学校のトイレの汲み取りを提案する。町の衛生局がなかなか来てくれず、学校のトイレは、常時汚物で溢れんばかりだったのだ。一挙両得である、その時は先生もそう考えたのだ。

「しぇんしぇ、わしりっぱになれたらお嫁さんもらえるかいの!」、茂男は言う。真っ直ぐな茂男にとって、この発言は告白、プロポーズである。

そんな茂男のことである。翌日から、茂男は一生懸命こえたごを担ぐ。その働きぶりは、校長先生も評価するほどである。溢れんばかりだったトイレも、見る見る綺麗になって行く。先生が上手くいったと思ったのも束の間、茂男の熱心な働きに、トイレの汚物はすっかりなくなってしまったのだ。

それでも、こえたごを担ぐ茂男は働き続ける。トイレに入る生徒を見ると、すぐに駆けつけ、その便器の真下に桶を差し出す。先生がトイレに入っても、便器の下に桶が待ち構えている。これでは用が足せない。

悪気はないのだ。茂男は一生懸命なだけである。先生も、それを理解しているので、それ以上は強く言えなかった。ただし、これではトイレは使用できない。生徒も先生も、一日中トイレを我慢するようになる。

そんなある日、吉報は訪れる。町では、衛生局の職員が不足しているらしく、茂男を職員として雇用したいと申し入れて来たのだ。渡りに船である、これから茂男は、衛生局の職員として、この女子高を訪問することになるのだ。

茂男は、先生が結婚した時には泣いたが、今でも一生懸命仕事に従事していると言う。

確かに、頭は弱いかも知れない。もちろん、器用な訳もない。その分、茂男は純真だ。何事にも真っ直ぐである。
結局、茂男の真っ直ぐな恋は実ることがなかった。先生が結婚して泣いた。こえたごを担いだのも、全ては先生の為だった。茂男には、理由は何も分からないだろう。ただ、ただ、純情であったのだ。