荒岡保志の偏愛的漫画家論(番外編)左近士諒試論Ⅱ

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荒岡保志の偏愛的漫画家論(番外編)
左近士諒試論Ⅱ
「ナニワ極道伝 殺てもうたれや!」
左近士諒の描く極道の世界、仁義、暴力、そして純愛〜

●極道漫画なら俺に任せろ!〜左近士諒試論Ⅱ、初めに

左近士先生の作品には、極道を取り扱ったものが多い。

前回、「左近士諒試論」でもご紹介差し上げたが、1997年に、奥田瑛二を主演に迎え、東映より劇場公開された「恋極道」、2002年に、Vシネマの帝王竹内力を主演に迎え、オリジナルビデオとして映像化された「示談屋 竜次」も、左近士先生の漫画が原作である。
伝説の広島極道大西政寛を描いた「実録 激烈ヤクザ伝 仁義なき戦い外伝 悪魔のキューピー大西政寛 悪魔誕生編」、「血塗れ二丁拳銃編」、「キューピーの最後編」の3部作、そして今回ご紹介する「ナニワ極道伝 殺てもうたれや!」など、左近士先生の描く極道漫画は幅広い。

穏やかな左近士先生の横顔からは、極道のごの字も想像できない。掲載誌の読者層に合わせた結果なのだろうが、少なくとも、「ナニワ極道伝 殺てもうたれや!」を読んだ印象で言わせて頂くと、左近士先生は、極道に精通している、極道を描き切っている、と言って差し支えないだろう。

「殺てもうたれや!」は、1997年に、双葉社「アクションコミックス」より全2巻で発行された、約450ページの長編漫画である。「アクションコミックス」という事なので、掲載誌は、素直に同社の「週刊漫画アクション」であろう。言うまでもなく青年漫画誌の草分け的存在の「週刊漫画アクション」は、モンキー・パンチの「ルパン三世」、小島剛夕の「子連れ狼」、はるき悦己の「じゃりん子チエ」など、日本漫画史に燦然と輝く名作漫画を排出してきた名門漫画誌であったが、2003年に一度は休刊に追い込まれた経緯がある。ただし、今現在は、月間2回刊行の青年漫画誌として復刊している。

前回ご紹介した「走れイダテンキング!」から十余年、やや荒削りな印象の「走れイダテンキング!」であったが、この「殺てもうたれや!」では左近士諒の画風が完成を見ていると言っていい。元々画力のある左近士先生であったが、格段に進化している事が分かるのだ。

それは、ペンタッチに素直に現れている。描き込んではいるのだが、すっきりと無駄がない。キャラクターの表情も豊かになり、表現に奥行きがある。「走れイダテンキング!」に登場するキャラクターたちはやや一辺倒であったが、この「殺てもうたれや!」では、猛烈な個性を主張している、言わば命が吹き込まれている。左近士先生ご本人からは想像ができない力強さで描かれているのだ。


●原作は山之内幸夫、元山口組の顧問弁護士なのだ!

原作者の山之内幸夫は、1990年に勃発した「山波抗争」、五代目山口組と波谷組の抗争事件に携わった山口組の顧問弁護士という経歴の持ち主である。
1989年に、三浦友和主演で映画化された大ヒット映画「悲しきヒットマン」、その後の一連のシリーズも山之内幸夫の原作であり、左近士先生と組んだ「恋極道」も氏の原作である。1994年に、役所広司主演の「大阪極道戦争 しのいだれ」、1996年に、原田芳雄主演の「鬼火」、役所広司主演の「シャブ極道」、1997年に、永島敏行主演の「売春暴力団」、1998年に、竹内力主演の「チャカ」、2005年に、北村一輝主演の「濡れた赤い糸」など、山之内作品の映画化は数多い。

また、2000年に、竹内力主演の人気シリーズ「難波金融伝 ミナミの帝王 劇場版 プライド」、2002年に、高橋克典主演の「新仁義なき戦い/謀殺」などの監修を担当し、1996年に、竹内力主演の「難波金融伝 ミナミの帝王 劇場版 詐欺師の運命」、同じく「先物取引の蟻地獄」、1998年に、三池崇史監督の「岸和田少年愚連隊 望郷」、2002年に、同じく三池崇史監督の「実録・安藤昇侠伝 烈火」、2002年に、高橋克典主演の「竜二」などに出演もしている。もはや、日本の極道、任侠映画には欠かせない存在となっているのだ。

この「殺てもうたれや!」で特筆すべきは、極道の存在が比較的身近に描かれているところだろう。さすがに山口組顧問弁護士だっただけの事はある、山之内幸夫は、極道の、人間臭い部分を掘り下げているのだ。

極道、任侠というと、どうしても「仁義なき戦い」に代表されるヤクザ映画を連想してしまうが、山之内幸夫にとって、極道は気の良い隣人なのだ。その為に、山之内幸夫の作品は、代表作「悲しきヒットマン」にしろ、左近士先生と組んだ「恋極道」にしろ、描かれる極道たちは、感情も豊かで、流れる血潮、呼吸が伝わって来るのである。


●義理、人情、仁義、そして非常な極道の世界

仕事をしくじったヒットマン田坂は、逃亡先の東京で、女子大生のお嬢様ちなみと出会う。初めは戸惑いながらも、一本気だが不器用な極道田坂に、優しい、世間知らずのお嬢様ちなみは次第に惹かれていく。
そして、田坂の必死な懇願の末、二人で、陰謀の巣食う街大阪へ向かう事になるのだ。

拘留所の中、自分の眼球に指を突っ込み、掻き毟る田坂は、そのまま医務室に運ばれるが、そこで盗んだ注射針を腕に刺して吸い込み、今度はトイレを血塗れにする。内臓破裂かと、拘留所から警察病院に輸送される田坂は、看護婦を襲い、見事に脱獄は成功する。
テンポの良い脱獄シーンから始まる「殺てもうたれや!」は、冒頭からバイオレンス、ピカレスク満載だ。読者は、骨太の極道漫画を期待するだろう。

それが、田坂が組長に連絡を取ってから、この極道は迷走する事になる。田坂は、組長に、もう一度ヒットマンをやらせて欲しいと申し出るのだが、既に組は手打ちが済んでおり、組員が脱獄したという事実は、組に取っても不都合極まりない。要すれば、組に取って、田坂は厄介者となっているのだ。

田坂のキャラクターが、「殺てもうたれや!」のストーリーの要である。機関車のように力強く、闘牛のように真っ直ぐ、その真っ直ぐさが災いしてやや短気で不器用、更に意外とお人よし、というキャラクターである。また、サブキャラクターながらこの組長もいい味を出している。義理、人情、仁義も重要なのだろうが、やはり組が第一、自分も第一、すぐに保身に入る小心者である。極道を率いる組とは言え、社会の秩序の中で運営されているのだ。
この辺りに、山之内幸夫らしさが出ている。極道とは言え血の通った人間なのである。

そして、もう一人の主役、お嬢様のちなみは、いきなり目の前に現れた極道に戸惑いながらも、どんどん惹かれて行く。厳粛な家庭に育ったお嬢様には、真っ直ぐな田坂は今までに出会った事がない男性であった。大阪まで同行するのは、一つは、田坂を放ってはおけない母性本能から、もう一つは、ちなみを縛る厳粛な家庭への当て付けでもあった。


●「殺てもうたれや!」は、ドジな極道とお嬢様の青春ロードムービーだ!

紆余曲折後、大阪で、組長からもう一仕事、ヒットマンとして使命を与えられる田坂。女装してまでターゲットに迫るのだが、これもやはり不発で終わり、組長の怒りを買った田坂は、組から破門されるはめになる。

組から破門を受けた田坂は、その狂犬ぶりを発揮し、借金の取立てから麻薬の密売、賭場荒らしまで、あらゆる悪事に手を染め、今度は大阪で追われる身となる。田坂との破天荒な逃避行に慣れたちなみは、次第に極道の女らしく変貌を遂げるが、行方不明の自分を探す両親の姿を見てから、田坂と両親との狭間の中で追い詰められて行く。

田坂を愛しながらも、犯罪を繰り返す田坂に着いて行けない部分がある事も隠せないちなみである。その葛藤から、自殺未遂まで起こしてしまうが、田坂の必死の看護がちなみを死の底から救うのだ。田坂にとっても、ちなみはかけがえのない存在なのである。

お嬢様に過ぎなかったちなみが、田坂と一緒に居ると、どんどん逞しくなって行く。一瞬、田坂を抱擁する母親の様相も見せる。可愛いだけの女ではない、お嬢様からいい女として花開くちなみを、左近士先生は見事に描き切っているのだ。
そして、このロードムービーには、悲しくも壮絶な終末が待っている。


●左近士先生の描く美しい男たち!〜左近士諒試論Ⅱ、最後に

「殺てもうたれや!」の3年前、1994年にリイド社「SPコミック」から発行された「THE HEAVY」の主人公元横綱仁王丸にも共通するが、左近士先生の描く男は、とにかく骨太である。田坂といい、仁王丸といい、目的に向かってまっしぐらに突き進む、ダンプカーのような、ブルドーザーのような男たちである。もちろん原作付であるから、原作の設定がそうであるだけかと言うと、それは違うのだ。

凛々しい眉、睨み付けるような瞳、全てのキャラクターに共通するのは、その灼熱の眼力である。そして、彼らには情がある。これも、左近士先生の漫画の魅力なのだ。

漫画家でもある青山宏美が原作を担当した「THE HEAVY」は、リイド社の「コミックジャックポット」に掲載された、タイトル通りのボクシング漫画であるが、残念な事に、ストーリーの佳境で中断されている。

八百長が蔓延る相撲会に嫌気がさし、横綱を返上してボクシングの道へ進む仁王丸のスポーツ根性漫画「THE HEAVY」は、登場するライバルも魅力的で、グイグイ読ませる力強い傑作である。中断されたのは、「コミックジャックポット」の廃刊に伴った為なのか、その辺りの経緯も一切不明である。

最後に。左近士先生の漫画は、どの作品も、コマ割りのメリハリ、臨場感、スピード感で、あっという間に完読してしまう印象だ。アングルが映画的でダイナミックなところも、それに拍車をかけているのだろう。エンターティメントに徹底した職人、それも左近士諒である。

荒岡 保志(アラオカ ヤスシ)のプロフィール
漫画評論家。1961年7月23日、東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。獅子座、血液型O型。私立桐朋学園高等学校卒業、青山学院大学経済学部中退。 現在、千葉県我孫子市在住。執筆活動と同時に、広告代理店を経営する実業家でもある。漫画評論家デビューは、2006年、D文学研究会発行の研究情報誌「D文学通信」1104号に発表された「偏愛的漫画家論 山田花子論」である。その後、「児嶋 都論」、「東陽片岡論」、「泉 昌之論」、「華 倫変論」、「ねこぢる論」、「山野 一論」などを同誌に連載する。